月報 2010 5月

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特別早天祈祷会に参加して(1)―嬉しくて涙とまらず―


特別早天祈祷会に参加して(1)―嬉しくて涙とまらず―
滝本 聖子

 以前から手束牧師先生に、早天祈祷会の素晴らしさをお聞きしていましたが、私は早起きが苦手な上、朝の六時台というのは、主婦にとって最も忙しい時間帯のため、なかなか参加する事が出来ませんでした。

 そんな時、特別早天祈祷週間が設けられ、しかも全員参加だと聞いて、正直重荷でしたが、「もう言い訳はできないな~」と覚悟を決めて、時間に余裕のある祝日と土曜日の六時からの部にだけ参加するつもりでした。しかし、特別祈祷週間が近づくにつれ、なぜか一週間続けて行ってみたいという気持ちになり、五時からの部に参加できるように早起きさせて下さいと祈りました。

 特別早天祈祷の間、朝弱いはずの私が、辛さも感じず何の苦労もなく起きる事ができ、また毎日早天祈祷会に参加できたことは感謝です。早天祈祷会では、日本民族総福音化運動と一千人教会についてお祈りした後、家族や友人のための執り成しのお祈りをしていました。特に白血病で闘病中の三男については、発病後、毎日「病気が完全に癒されますように」とか、「再発や副作用からお守りください」と祈っていました。

 早天祈祷も三日目になり、いつものように祈っていると、突然神様が「体だけではない。心も守っている」と語りかけてくださいました。その時、私は、今まで三男の体の癒しのことばかり祈り、心の癒しについては祈っていなかったことに気付きました。そういえば、三男が入院中、かなりきつい治療を受けていたにも関わらず、不安や恐怖に襲われる事なく、平安の中で治療を受けられたことや、退院後も毎週の外来受診を楽しみにしている事が思い浮かびました。今でも、入院していた頃の話をすると、「入院中は、楽しい思い出がいっぱいあるなあ」と笑顔で話します。今は、学校に半分ぐらいしか行けず、本来ならクラスの輪に入り辛い気持ちになりそうなものなのに、学校に行ける日は喜んで登校しています。また、入院前は恥ずかしがりやでしたが、退院してからは、積極的に人前で話せるようにもなっています。治療の影響で、大好きだった運動が思うように出来なくなっていますが、出来なくなっていることに注目して落ち込むのではなく、残っている能力に注目し、それを使って今自分がみんなの為に役に立てることは何かを考え、実行していることにも驚いています。三男は体は病気になりましたが、心は健康な時の何倍も強く大きく成長している事に気付きました。次々に三男が神様から受けている恵みが思い浮かび、神様は私が祈り忘れていることでも、溢れるほどの恵みを与えてくださっていることに気付かされ、嬉しくて涙が止まりませんでした。

 特別早天祈祷会で私が得たことは、三男が、問題をがっかりだけに終わらせず、その中にある大きな宝物をすでにつかんでいる事実に気付かされたことです。これからも、できる限り早天祈祷会に参加していきたいと思います。

特別早天祈祷会に参加して(2)―みるみる身体に力が湧いてきた―


特別早天祈祷会に参加して(2)
―みるみる身体に力が湧いてきた―
長谷川 まゆ子

 私が初めて早天祈祷会に参加したのは昨年の九月でした。前日の夜に、なんとなく行こうと思ったのがきっかけでした。でも、私の子供はまだ小さくてとても敏感で、横に寝ている私が起きようとすると、気配を感じて目を覚まし泣いて起きてしまいます。だから、私がそーっと起きて朝早くから家を出るというのは、とても勇気がいることでした。

 案の定初日は、私が家を出てから家中私を探して泣いていたと主人が教えてくれました。子供をほったらかして泣かせてまで行くのはどうなのか?という思いもあったのですが、とりあえず何日か行ってみて、泣くのがあまりにも続くようならやめようと思っていました。しかし、三日を過ぎたころから、一度は起きて「ママは?」と主人に聞くものの泣かずに寝てくれるようになっていました。

 救われて間もない私は、「恵まれる」という感覚がどんなものなのかよくわかりませんでしたが、早天に行った日と寝坊して休んだ日とでは、一日が全く違っていました。

 子供のことを気にしていたけど、やっぱり神様が子供の心も守ってくれたんだと実感することもできました。もっと神様の恵みを感じたいと思い、時々休む日もありましたが一月ごろまで続けていくことができました。しかし熱を出したのがきっかけで、子供がまた私から離れないようになり、早起きして家を出るのが難しくなってしまいました。

 しばらく行かない日が続くと、「私はまだ子供が小さいし、仕方がない」と自分に言い聞かせ、行くのをやめてしまいました。

 特別早天祈祷週間がはじまると聞いた時は、「全員参加」というのが不安でしたが、一日行けば良いということだったので、一日くらいならなんとかなるかという思いで、正直なところ積極的に行きたいと思っているわけではありませんでした。しかし、四月二十六日が近付いてくるにつれて、なんとなく気持ちが前向きになり、義務的にではなく毎日行けるなら行きたいという思いに変えられていきました。

 そして初日の一部に行きました。五時からは人数も少ないかなと思っていたのですが、たくさんの方が来られていたのと、準備が万全に整えられていたことと、雰囲気に感動してしまいました。みるみる体に力が湧いてくるような感覚になり、「絶対毎日行こう」と決心しました。子供のことを前日まで気にしていましたが、不思議と「神様が守ってくれている」という安心感に変わり、すがすがしい気持ちで家に帰りました。

 やっぱり神様は守ってくれていました。必ず私がいないと目を覚ましてしまう子供が一度も起きなかったと、主人が驚いていました。私が子供より先に起きると、一度は起きて「ママは?」と言っていた子供が、全く起きずにスヤスヤと寝ているのは、私たち夫婦にとっては奇跡のようなことでした。一日目から本当に素晴らしい体験をさせていただきました。

 その日セルがあったのですが、セルのメンバーに「特別早天祈祷週間に毎日出席できるように」と祈っていただきました。その祈りのおかげで、私はセルリーダーの秋山功子姉とともに毎日出席できることができました。

 私は、家でも祈ることができるのになぜ早起きして教会に行って祈らないといけないのか、秘かに疑問に思っていました。でも、五月一日の手束主任牧師先生のメッセージでその答えを聞くこともできました。集まって祈るということが何十倍の力があり、聖霊の臨在が厚く、しかも早朝の祈りがよく聞かれるというのなら、早天祈祷会に行きべきだと強く思わされました。

 日本の為に早天で祈っていけば必ず日本が変えられていくということを信じるとともに、自分も神様の子供として成長し、多くの恵みを体験できるよう期待して、日々の早天祈祷会にできる限り参加していこうと決心しています。

特別早天祈祷会に参加して(3)―まるで韓国で見た光景のよう―


特別早天祈祷会に参加して(3)
―まるで韓国で見た光景のよう―
小嶋 弘美


 二〇〇三年に本格的な早天祈祷が始まり、高砂教会に様々な早天の恵みが現されるようになって、願っていた「韓国ミョンソン教会早天祈祷ツアー」が今年の三月に行われました。韓国の国があれほどにまで成長したのはクリスチャンの早天の熱い祈りにある! と言われている早天を是非体験したいと思いつつ参加しました。

 話に聞くのと見るのとでは全く違い、朝の早い時間に大勢の人たちがぞくぞくと集まって来て、国のため、若者のため・・・熱心に祈っていました。それも全員がミョンソン教会の教会員の人だなんて本当に信じられない光景でした。特に特別の早天祈祷週間ということで、オリンピックスタジアム(二万人収容)に教会員が全員集まって祈祷会を行うなんて、それは驚くものでした。

 感動の四日間が過ぎ、日本に帰ってくると、さっそく主が手束主任牧師先生を通して我が高砂教会に新たなチャレンジが与えられました。

「高砂教会も新年度に向けて思いを新たにスタートするために教会員全員参加の特別早天祈祷週間をします!」と。

突然のことでびっくりしましたが、このために韓国ミョンソン教会早天祈祷ツアーがあったのだとすぐに理解することができ、主に感謝しました。でも実際体験したのは主任牧師先生以外には十五名しかおらず、どのようにしてこの恵みを流し出し、教会員全員で行ったらいいのか、実行委員としては大きな課題となりました。

 早天祈祷の恵みは、いろんな所で語られているので、素晴らしいことは誰もがわかっておられると思います。ただ、それぞれの生活のリズムがあって、なかなかチャレンジ出来ない方も多いのではないでしょうか? そこで、この特別早天祈祷週間では、出来るだけ妨げとなっている事を協力しながら取り除き、まずチャレンジし、早天の素晴らしさを体験していただくことを目指しました。通常の早天祈祷会は六時からですが、仕事や家族のお弁当作り等出にくい方の為に、五時からも加えて二部制に。そして送迎の必要な方には車の手配をしたり、朝食の必要な方に、また家の遠い方の為に・・・等、とにかくこの機会に一日でも参加して恵みを知って頂きたいと思わされていろいろ準備しました

 そして、特別早天祈祷週間が始まって驚きました。毎日一〇〇名を超える(祝日や土曜日は一四〇名近く)人たちが来られ、それはまるで韓国で見た光景のようでした。朝の早い時間に聖堂でたくさんの人が集まり、共に讃美を捧げ、御言葉を聞き、日本民族総福音化のため、また一千人教会のために祈れるなんて、とても感動的な早天祈祷会でした。この特別週間だけにとどまらず引き続き毎日の早天祈祷会が祝福されることを願います。

 私自身のことを振り返ってみると、当時七年前、主任牧師先生が強い決意で本格的に早天祈祷会を始められた時、私も参加したいとの思いはありましたが、その頃、高校生の娘と中学の息子がいて部活の朝練習があり、お弁当作りでとても忙しい朝を送っていて、決められた六時に行くことが難しい状況だったのです。でも不思議に無理だとあきらめることなく、どうしたら参加できるか・・と考えたのです。時には五時半頃来て六時前には帰るという時もありましたが、今まで続けて参加することが出来感謝です。

 今思わされる事は、もちろん喜んで参加することが一番ですが、そうでない時もあります。でも、意志をもって参加し続ける事が習慣となり、祝福につながってきていると思います。高砂教会の早天祈祷会が更に祝福され、多くの方がこの恵みを体験されることを願います。

特別早天祈祷会に参加して(4)―願いはすべて叶えられた―


特別早天祈祷会に参加して(4)
―願いはすべて叶えられた―
上原 節子


 私と聖書との出会いは小学校低学年の頃です。特に友だちに誘われたからということもなく、家族にクリスチャンがいるわけでもないのに、日曜日になると一人で教会学校に通っていたのです。今思えば不思議です。右手に献金にするためののお小遣いをぎゅっと握りしめ、子供の足には少し遠い距離も、ただ〝教会に行きたい〟という一心で歩いていました。

 私の両親は夫婦仲が悪く、けんかが絶えませんでした。父の暴力、母の泣き声、日々怯えていた家庭環境。そんな中で、幼いながらも私は教会を一つのよりどころにしていました。教会学校はあるハイツの一室で、外国人のご夫婦が生活されておりました。日曜日になると教会学校として開放されるのです。幸福な家庭の温かさが漂う教会学校の扉を開けると、まるで天国にいるような気がしました。そんなここち良さの中で宣教師の先生がして下さる聖書のお話や、讃美歌。心が満たされ、私は〝神様はいる〟と信じました。そして寝る時には枕元に聖書を置き、よくお祈りをしていました。

 しかし二・三年経ったある日、その宣教師の先生が国に帰られるということで教会学校はなくなりました。同時に自分の中で何かがくずれていくのを感じました。そうして、もとの環境の中〝神様はいなく〟なり、聖書も讃美歌も手にすることはありませんでした。

 そして高校受験。志望校はみごとすべり、入ったところがミッションスクール。そこでは、聖書の授業が好きでいつも熱心に受けていました。しかし心に響く聖書の御言葉がある反面、熱心になる程に目立ってくる聖書の矛盾。納得いかぬまま、結局、キリスト教ってそんなもんなんだと自分なりに答えを出して卒業したのです。

 そして訪れた六年前の高砂教会との出会い、何よりも衝撃を受けたのは手束主任牧師先生の説教でした。それは、今まで私が受けたどんな説教とも異なるものがありました。手束牧師先生のメッセージは、私が聖書に感じていた矛盾をことごとく取り去り、教会に行くたびに手束牧師先生は私のために説教をして下さっているのではないかとさえ思えました。しかし、その頃私はクリスチャンになろうという気はまったくありませんでした。今さら信仰を持たなくても十分生きていけるし、第一、信仰を持つということは、束縛されて生きているようでいやだとさえ思っていたのです。ところがある日突然、自分の中の自分が〝洗礼を受けたい〟と叫んでいるのに驚かされました。何か、出会い頭に神様によって自分の方向がまったく変えられてしまったような感じでした。〝時〟が突然来たというのでしょうか。私はすぐに願い出て、四月四日に洗礼を受けさせていただきました。その瞬間、「主が共におられる」という実感があふれ、自分を縛っていたものがするするっと解け、喜びの感動がわきあがりました。

 その受洗後間もなく特別早天祈祷会へ飛び込んでいった一日目、何をどう祈っていいのか分からず、只々、時間の終わるのを待つというだけの結果。帰り道、「求めよ。そうすれば与えられる」という御言葉が浮かび上がりました。そこでその日、翌日の早天祈祷で「祈り求める」事をノートに書き、家で祈りました。そして迎えた二日目の早天祈祷では、一日目のリベンジのごとくしつこく祈りました。すると、その日の朝から祈ったことが叶っていくのには驚きました。はじめ一つ二つと続いた時は、そんなバカな、単なる偶然かも…と思っていたのですが、自分の力ではどうしようもないようなことが、魔法のように叶えられていくのです。こうして、十五あった私の願いは全て叶えられました。手束牧師先生のおっしゃるとおり、神様はけちけちしないお方と確信いたしました!

 五日目、早天祈祷の最終日。私は叶えられた事を一つ一つ神様に報告し、感謝の祈りをしていました。すると祈りの時間はあっという間に過ぎて、時間を知らせるベルが鳴ったので、祈り足りない感謝の気持ちを残しつつも聖堂を後にしました。夜明け前の空気の中に、神の気配を感じつつ教会に向かう自分と幼き頃の自分が重なるのを感じながら。

特別早天祈祷会に参加して(5)―3つの大きな恵み―


特別早天祈祷会に参加して(5)
―3つの大きな恵み―
矢野 正悟

 
 まず、高砂教会の方々に私達家族が支えられイエス・キリストの愛を持って接して下さっていることにより、私たち家族三人が信仰生活を保つことが出来ている事を感謝します。

 私はこの度行われた特別早天祈祷会に参加して、三つの大きな恵みをいただきました。

 まず一つ目の恵みは、自分の勤めている所が非常に祝福されたということです。世間の状況は言うまでもなく、今は百年に一度の不景気と言われていますが、早天祈祷に行った週は非常に会社の売り上げも良く、好景気、不景気さえも、そのすべては神様の手の中にあるということを、またすべての富も名誉も与えるのは神様だという事を考えさせられました。

 私が信仰復帰をし、高砂教会に家族で通い始めてまもなく、神様から頂いた言葉がありました。それは、「神様の栄光を表すためにこの世的にも富む者となりなさい。」ということでした。過去に、日本でも有名な将棋の基盤を製作している会社の社長である西本誠一郎というクリスチャンの方に出会い、その方が出版されている「聖書と共に旅した商人」という本を読んだことがあるのですが、その人は、〝クリスチャンは輝かなければならない、ノンクリスチャンにこの世的な物であっても負けてはいけない、祝福されないといけない〟ということを訴えていました。当初、わたしはその内容に対して疑問を持ちました。この世的な物質にとらわれず、質素に貧しく生きることがクリスチャンだろうというイメージが強く、それは信仰を持つ前からも、信仰を持った当初もありました。また多くの日本人のクリスチャン像としてもそういうイメージが強いかと思います。しかし、旧約聖書を深く読んでいる内に、聖書に出てくる人物は神様に富を望み、富を得ている人物が多いことに気付きました。そこで私は、神様にどうすれば富むことが出来るのか祈ったところ、「まず神の国とその義を第一にしなさい、そうすればすべて必要なものは与えられます。」というみ言葉が与えられました。そして、その日の手束牧師先生の礼拝のメッセージの中で早天祈祷の事を聴き、強く関心を持ち。ずっとではありませんが、早天祈祷に行くようになり祝福されていったのは事実です。

 二つ目は、精神的、肉体的な恵みです。朝早く一度目が覚めるのは、教会生活を始めてからの習慣でしたが、そこから床を離れトイレに行くことはあっても、起きて準備をし、仕事に行く前に教会に行く事など、考えただけで、昼間は眠さと疲れで危険な状態になると思いましたが、まったく違っていました。それどころか、いつも以上に体の調子はよく、精神的にも充実し、辛く困難な事も喜んでこなす事が出来たのです。

 三つ目は、伝道する力が与えられ、祈りが届くという恵みです。早天祈祷特別週間の時は毎日出席しましたので、特にそうでした。以前は、自分がクリスチャンだという事を人にいう事になぜか恐れや抵抗を感じ、いわゆる隠れキリシタンの様な自分でしたが、なぜかそのような抵抗もなくなり、自分はクリスチャンだとむしろ誇りを持って言うことができ、また、この人に神様の事を伝えたいと思って祈ると、自然とイエス様の話が出来るような機会に導かれ、何を言おう、どういう風に話をしようとか、今イエス様の事を話すタイミングだったかも、と固くなるようなことがなくなり、力を抜いて、自然と相手が求めているかと思われる言葉がすっと出せることができるという不思議な恵みをいただきました。

 最後に、早天祈祷に行き始めた頃、みんなが祈り終えた後も手束牧師先生が一人で自分の部屋で熱心に祈っておられるのが漏れ聞こえたときに、なんと気高い牧師なんだ、だから祝福されているんだなと思い、その時、早天祈祷は重要なのかもしれないと感じました。私も、また同じく他の教会員の方々も、中々忙しくて出席出来ない方があるかも知れませんが、神様の大きな恵みの量を考えれば、極力参加しないともったいないなと思わされた行事でした。

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