月報 2009 7

タイトルをクリックしてください        

遂に完成したリフォーム(1)ー主の導きによる会堂リニューアルー

 遂に完成したリフォーム(1)
 ― 主の導きによる会堂リニューアル―
則竹 俊治


 会堂リフォームを待ち構えていたように、聖日礼拝に、リニューアル・オープンチャーチにと多くの新しい人が来会し、リフォーム完成祝賀会やオープンチャーチ礼拝後の交わり会等で溢れんばかりの笑顔を見るにつけ、主の高砂教会に対する祝福とその御計画・期待の大きさを改めて感じています。この流れがすでに三十四年前の聖霊降臨から始まっていたことを、この間に実施された様々な特別礼拝や祝会(聖霊降臨三十三周年/献堂二十周年)を通して知らされ、その恵みを身を持って深く体験し、また聖霊の働きに感動したのは私一人だけでしょうか。

 二〇〇四年イースターにおいて手束主任牧師先生が「第三次リバイバルの到来という主からの励ましの預言を頂いた」とのメッセージをなされました。今回の会堂リフォームも、そのリバイバルの流れの一環として、〝教会の物理的器を更に大きく・リニューアルし、多くの人たちを受入れるように整えよ〟との主の促しに対して皆さんが応答したことによって与えて頂いたものであり、更にさかのぼって、宣教センターの購入もそのご計画の一つであったのではないかと思わされています。

 以前、高砂教会を訪問された韓国の教会の長老さんが、階段の壁紙の傷んでいる所に目を止め、指で示して「主の宮がこのような状態でよいのか」と言われたことがあり、さっそく手束主任牧師先生にこの指摘についてお伝えしたことを今でも鮮明に覚えています。主はそのことをしっかりと覚えておいででした。二〇〇六年四月、三年後の献堂二十周年に向けた記念行事として会堂リフォームを行おうと、各会の代表者で構成された献堂二十周年記念委員会(顧問…手束主任牧師、委員長…長浜兄他六名)が発足し、四月十九日キックオフミーティングを開き、〇九年七月二十五日までの四十ヶ月に亘る活動を開始することになりました。その当時の予算は4000万円で、さっそく同年六月から積立献金が開始され、六月末には一一九名が献金に応答し、最終的には二五〇名、1256万円にも達しました。

 一年後の〇七年五月には、宣教センターの購入があり、そのリフォームを聖霊33委員会で担当させていただき、僅か一ヶ月で完成、日本キリスト教団第五回聖霊刷新全国大会の前夜祭に使用することができました。今でも、このような短期間で完成させることができたのも主の導きであると思わされています。完成以後、水曜日の祈祷会に、オープンチャーチ、クリスマス・イン・チャーチ、更に会堂リフォーム中の早天祈祷会にも聖霊充満の会場として活用されており、このリフォーム事業に携わることができ感謝しています。

 〇八年四月、いよいよ会堂のリフォーム計画に本格的に取り組むことになり、宣教センターリフォームの経験から良きデザイナーが必要であると、WEBコンペでの募集を試みました。九名の建築士がそれぞれ多彩なアイデアで応募され、二次に及ぶ選抜の結果、コンセプトが合い、多彩なアイデアを保持しているイシダ・ハタナカ・スタジオの起用を決定しました。十一月より概念設計が始まり、喧々諤々の議論の末〇九年二月末に実施設計が完了しました。この間、何回も変更があったのにも拘わらず、最終的に非常によいリフォームを成すことができたのも、良い建築士を主が備えて下さったゆえと何度も感謝した次第です。

 いよいよ詰めの工事です。三月初めに会堂リフォーム見積依頼業者六社を選定し、見積依頼すると、塩谷運輸建設㈱が建築士も驚くような金額で応札してきました。他社と見積合わせの後、これを施工業者として決定しました。こうして予定よりかなり安い金額で契約できたことにより、見積依頼時点では金額的に無理だろうと除外されていた個所についてもリフォームすることができるようになったのです。メンバー一同感謝しました。

 三月八日には、会堂リフォームのための奉献式が実施され、予定の2000万を上回る2800万円超の奉献がなされ、結果、この約束献金とこれまでの積立献金を合わせると4000万円を超える金額となり、小栗牧師夫人がその証言(第六回聖霊刷新協議会全国大会)の中で語られたごとく、〝まるでホテルのような〟リフォームを成すことができたのです。

 この四十ヶ月に亘るリフォーム期間中、その都度、その場面に必要な最善のメンバーが与えられ完成を見ることができました。またこの期間は自分自身にとってもよきリニューアルの期間となり、皆さんの励ましを受けながら、その竣工を皆さんと共に喜び合えたこと、その上また我が家においても、子供たちがそれぞれ社会人として旅立つことができ、主に感謝しております。

遂に完成したリフォーム(2)ー交わりのための空間をどう造っていくかー

遂に完成したリフォーム(2)
  ―交わりのための空間をどう造っていくか―
イシダ・ハタナカ・スタジオ 石 田 貢 司


 「交わりの為の空間はどうあるべきなのか」この教会の改修の仕事と関わるようになって、教会を訪れ、教会員の方々と話すうちに、意識のどこかで、そう思うようになりました。

 設計という仕事は、クライアントからの具体的な要望(各部屋に必要な機能、動線、メンテナンスなど)を満たすことも重要ではありますが、それと同じくらい、空間の質を考えることは大変、重要なことだと思っています。しかし、空間というものほど、一般の人々に理解しにくく、ともすれば建築家の傲慢な独りよがりのものとして考えられがちです。ましてや設計途中の図面上では、なかなか伝えることが難しいものです。ですが、あえて、空間の話をしたいと思います。なぜなら、空間は人に影響を与えると信じているからです。だからこそ、与えられた条件(使う人、建物の用途、機能など)にたいして、その建築家がどういう空間を与えたかということが重要になってくると思っています。

 では空間とはいったい何なのか?一言で言ってしまえば、空間とは、空気のことです、そこに漂っている雰囲気のことです。と、言っても何のことか分からないかもしれませんが、実は、無意識の内に誰もが感じ取っていることでもあります。例えば、高砂教会の礼拝堂の空間は、教会員の方々が神と向い合うために威厳があり荘厳な空気が流れています。それはその用途にぴったりな空間でもあります。

 礼拝堂が神との交流の場であるのなら、改修部分の一階は人との交流の場です。その為の空間とは、いったいどうあるべきなのか。それが私達の問いでした。私たちが、一階部分の空間を創る上で寄り所としたのは、教会員のみなさん自身であり、もう少し加えるならば、「器としての空間」、「時間に耐える空間」ということでした。私達のみなさんに対する第一印象は、「なんて明るく、活発な人々なんだろう」ということでした。こういう明るい活発な人々の為の空間、外からの人々を迎え入れる空間、そして、中で行われている活動が町にまで伝わるような空間、そういったものを包含しようとしたものが、今、みなさんが目にしている空間です。それを具現化しているのが、白を基調とした壁によって明るさをだし、暖かさを与えるための木の壁、暖かい色調のタイルの床があります。

 そして空間を創る上で特に気をつけたのは、「器としての空間」であるということです。その意味は、「建築(空間)とは、器と同じ」ということです。食器の器は、料理を食べる為のものです。主役はあくまで料理であって、器ではない。器自身が主張しては、料理が台無しになってしまいます。器は料理を引き立てる為にあるものです。建築(空間)もまったく同じです。主役はあくまで、人です。建築(空間)は人を引き立てる為にあります。

 また「時間に耐える空間」というのも、私達が特に大事に考えたことでした。その為に、できるだけ余計なものは付けず、その代わり壁、床、天井という基本的な部分には、予算が許す限り良い材料を使うようにしました。それらの材料は、時間の経過と共に味が出、空間に更なる趣を与えると思っています。私達は今もっているもの全てを掛けてこの設計をさせて頂きましたが、それでも至らない所が多々あると思います。器が良くなくても、美味しい料理でカバーするように、多少の空間の至らさは、すばらしい人々、すなわち教会員皆様が空間を助けていただけると思っております!

 最後になりましたが、このような機会を頂けましたことに、大変感謝しておりますと共に、皆様のますますのご発展をお祈りもうしあげます。

遂に完成したリフォーム(3)ーリフォームというよりリニューアルー

遂に完成したリフォーム(3)
 ―リフォームというよりリニューアル―
籠谷 裕美


 「記念だから、古くなったところを綺麗にしよう、壊れているところを直そう」そんな、今から思えば軽い感じで始まったリフォーム計画。聖霊の導きの中で、その計画、規模、コンセプトまで変えられ整えられてきました。その結果、リフォームというより、リニューアルという言葉がふさわしい工事となったのです。33委員会が結成されてから三年。本当にドラマティックに色々なことがありました。振り返ってみると、そのどれもが主のご計画の中で進められていたことがわかります。けれど、その中を進んでいる渦中の私達は、早い流れに着いて行けず、右往左往していた時期もありました。「どうなるんだろう」と心配したこともありましたが、神様は私たちを、もっともっと祈るように、御心を聞くように、と、本当に大切なところへといつも帰してくださいましたから、感謝です。宣教センターを含む、今の完成した姿と、それによってなされている効果を見るとき、本当に感動と安堵を覚えます。このリニューアルは「主の思い通り」になったのだ!とハレルヤ! ここでは主の導きの全てを書くことはできませんので、特に私にとって印象的だったことをお証ししたいと思います。

 その一つがコンセプトの確立でした。委員会結成当時、まずどこを直そうかと、アンケートをとらせていただいたり、また屋根や内部の配管を調べたりしながら協議を重ねました。そんな中、「せっかく直すんだから、もっと使い勝手のいいようにしよう」、「日曜日に交わるところがないから、どうにかならないか」、「メントリングをするところがないのはどうするのか」、「もっと迎え入れる公的な雰囲気が必要ではないか」等々の意見が、委員会の内部からも外部からも、多く聞こえるようになりました。執事会でも議題が出され、「まとまった大きなスペースが必要」、「この際だから全体の整理をしよう」、「交わりの場を確保しよう」などの意見が出され、自然と、いや必然と「一千人教会を目指して」というコンセプトに導かれたのでした。予算の目途も立っていない状態でした。始められた積み立て献金では「足らない」ということだけが掴めている状況だったのです。しかし、ただ主が私達の教会に期待しておられることに応えていこうというその信仰だけが、それぞれの思いの中に握られました。手束牧師先生は「大丈夫」と終始いつも断言しておられました。

 では具体的にどうするのか。その協議が始められましたが、私達だけではなかなか意見の一致が難しく、プロの意見が聞きたい…と思っていた頃に、インターネットで〝WEBコンペ〟というものがあることを知りました。無料だし一度やってみよう…と応募することに。すると、真剣に取り組んでくださる九組の建築士の方が現れたのでした。そうして私たちが考えも付かないようなアイデアをそれぞれ提案してくださったのです。これも本当に印象深い出来事でした。その九組の方々の提案の中から、二回の選考を経てイシダ・ハタナカスタジオさんに依頼することが決定したのです。石田氏の「外側から見た教会」入りやすいオープンなものにしてはどうかという意見は、私たちがこれから新しいたくさんの人々を迎え入れるにあたって、とても貴重な意見だったことは言うまでもありません。

 そして、何よりも印象的だったのは奉献式でした。私たちが必要だと思っていた目標額にぴったり一致する金額が目の前に現れてきたときの感動は、ハレルヤ!の一言に尽きます。主御自身がこのリニューアルを進めておられること、そして教会員お一人お一人がその御声に従っておられること、その両方があるからこそ、こうしてヴィジョンは成し遂げられていくのですね。恵み深い奉仕をさせていただいたことを心より感謝いたします。これからこのリニューアルを主がどのように用いてくださるのか、楽しみでなりません。

遂に完成したリフォーム(4)ーオープンな空間へと見事に変身ー

遂に完成したリフォーム(4)
  ―オープンな空間へと見事に変身―
松本 明子


 一九八八年秋の新会堂完成より二十一年の時を経て、この度、教会リフォームが美しく、機能的になされましたことを心より感謝いたします。

 浜田町にありました旧会堂を知る者にとっては、現会堂はいつになっても「新会堂」と呼ぶに相応しいものなのですが、献堂十周年の時に外壁をタイル貼りにした以外には、その内部にはほとんど手を加えないままに、二十年が過ぎていました。そのため、外壁は美しく重厚でありますが、その内部は壁紙の汚れ、破れが目立ってきており、空調の故障なども起こり、特に老朽化した屋根の改修は、近隣の家々に迷惑をおかけしないためにも急務となっていました。

 そんな中、三年前に献堂二十周年を記念し祝うために発足した委員会が、その後、聖霊降臨三十三周年を祝う会も兼務することになり、更には会堂リフォームも担って下さることになり、「聖霊33委員会」と呼ばれるようになったのです。委員会のメンバーの方々にとっては、次々と役割が加えられ、本当に多くのご苦労があったことと思います。

 《二ヶ月足らずの工期で、よくここまで出来たな》というのが、リフォームを終えた教会に入った時の感想でした。工事期間中は玄関より聖堂へという、決められたルートの往復のみで、礼拝が終わるとサーッと潮が引くように人がいなくなる状態でしたが、六月七日の聖日に私達が目にしたリフォーム後の教会は、明るくオープンな空間へと見事に変身を遂げていました。どうしても必要だった屋根の改修や空調機器の新調、壁紙の張り替えだけにとどまらず、私達の期待を超えたリフォームの完成を目にすることとなったのです。

 「明るくなった」「広くなった」ことをまず実感するのが、玄関ロビーです。教会へ足を踏み入れた人々をゆとりを持って迎え入れます。そして乳白色のポリカーボネイトの折りたたみ式の仕切りによって、閉められていても明るい光が通路へと洩れる多目的ホールへと人々を誘います。そこにはお茶やコーヒーが用意され、交わりの場へと迎え入れてくれます。その奥には、二十一年前の新会堂建設の段階では(当時百名程の信徒達のなし得る限りの精一杯の捧げ物ではありましたが、十分とは言えない建設資金の中で造られた)使い勝手に何かと不備の多かった台所にも、今回のリフォームでは目が向けられ、動線なども考慮されて、美しく収納がなされている中で立ち働く人々の姿を見ることができます。まだ完成間もない今、何がどこに収納されているかが周知されていないための不便さは多少あっても、それは時が解決してくれることでしょう。 

 何よりも私にとって嬉しかったことは、靴を上履きにはきかえなくてよくなったことでした。元々、この会堂が完成した時点では、靴のはきかえなしで使用するように設計されていたものを、掃除が大変だからということで上履きでの入館に変更し、後から靴箱を設置したため、靴箱に入りきれない靴が玄関周りにあふれ、スッキリしないのが悩みの種となっていましたが、それが解決したのですから。また、トイレにも靴のまま入れるので、トイレの出入り口での混雑もなくなりました。

 このリフォームの計画がスムーズに進められていった中にも、神さまのご計画があったことを思わされます。聖霊33委員会のメンバーに必要な方々を加えて下さったこと、WEBコンペを通して〝イシダ・ハタナカ・スタジオ〟と出会わせて下さったこと、塩谷運輸建設(株)を施工業者として与えて下さったこと、そして何よりも、奉献式を通して信徒一人ひとりに語りかけて下さって、神さまのみ業に参与する恵みと祝福に与らせて下さったことを主に感謝し、栄光を主に帰したいと思います。

遂に完成したリフォームーリフォームされた教会に人々を導きたいー

遂に完成したリフォーム(5)
  ―リフォームされた教会に人々を導きたい―
田辺 省滋


 この度教会がリフォームされて美しくなりました。思い起こせば私が信仰の世界に入ったのは、この会堂の献堂後まもなくでしたので、早二〇年近くなります。ここ十年は、京都に二年、奈良に八年と、単身の生活を余儀なくされております。この間は私にとってあらゆる意味において〝荒野の試練〟であったと思います。それでも最近は毎週加古川に帰り、礼拝に喜んで臨むことができることを心より感謝しております。この十年のうち、長らく教会を留守にし、信仰を忘れてただただ自分の生活に陥っていたこともあります。自我が自分をとりこにし、勝手に洗礼を受けたことについて親や兄姉に疎まれていること等への心の葛藤がつのり、クリスチャンになったことが無意味であったのでは・・・等の思いで気持ちが塞がり、家族やまた自分自身に対する怒りで心が苦しくなり、悪戦苦闘の状態に陥ったときもありました。

 そんな信仰的ブランクの中で久し振りに朝の礼拝に臨んだときのことです。特に心の悩みを癒してもらおうとか、御言葉を聞きたいとか願っていたわけでもありませんでしたから、今まで受けてきた礼拝と特に変わりなく、ただ〝久し振りだな〟という思いが残っただけで家に帰りました。しかし、その翌日、また翌々日と、何か自分の中に大きな変化が起こっていることに気付きました。いままで数ヶ月にわたって自分を苦しめていた怒りや悩みが、わずか一日礼拝に出席したことによって全くと言って良いほどに消え去っているのです。その時は、自分に何が起こったのかが全く理解できませんでした。ただその礼拝の直後にこの変化が起きたことは事実です。神さまの働きとは、また癒されるとはこういう事なのかと思わされる出来事でした。

 この時からです、私の信仰に対する考え方や態度が変わっていきました。この時、クリスチャンとしての生活を守っていくことについての再決意をすることができたのです。時々礼拝の中で、神さまは自分をどこで見ていてくださっているのだろうと周りを見回すことがあるのですが、今では、私の心の中のその悩みを私以上に理解してくださっている神さまの存在を、はっきりと感じることが出来るようになったとことを感謝しています。

 このことがあり、最近になって私は再び聖歌隊に復帰することができました。まさに十数年ぶりのことです。本当に讃美はすばらしいと思います。私が信仰を持つようになったのも讃美夕拝に出たことがきっかでした。あの讃美夕拝がなければ私の今の信仰生活はなかったと確信できます。それも神様と聖霊の働きかけによるものです。讃美の中には聖霊のとてつもない大きな力あるわざが満ちあふれています。だからこそ、聖霊の力ある讃美によって救われた私はもっと人々にこの福音を伝えていかなければならないと思っています。心に傷を持ち、何とか救われたいと願っている人は世間にはたくさんおられると思います。と言ってもいきなり聖書ではなかなか信仰にまではつながらない。しかし讃美の中には必ず聖霊の奇跡のわざが働きます。砂漠の渇いた砂に水が入り込むように、傷のある心には聖霊の癒しのわざがしみ込んでいくと確信します。私は讃美によって救われた者、だから讃美によって神さまに自分の感謝をお返ししていきたいと願っています。

この間、会堂のリフォームが見事になされました。私が単身赴任中の間に、教会では新しい人、とりわけ若い人たちがどんどんと増やされており、驚くばかりですが、今回のリフォームを見て、その新しい世代と私達のような古い世代の力がマッチングした構造であり、それは聖霊の力によってなされた結果なのだと思わされています。更に、多くの新しい人々を迎え入れるための工夫がなされていて、外見上の素晴らしさだけでなく、本当の伝道への熱意が感じられます。これこそが教会なのだと思わされています。

 私自身も、まずは身近な両親と家族から救いに導きたいと願っています。そのためには伝道の力が必要です。未だ人を導くことに弱さを持ち、ともすれば引っ込み思案になりがちな私ですが、聖霊の力をいただいて、本当の意味での〝伝道の人〟になれるようにと、日々祈ります。

日本キリスト教団 高砂教会  
〒676-0015 兵庫県高砂市荒井町紙町1-34  TEL-079-442-4854 FAX-079-442-4878
Copyright (C) 2010 Takasago Church Corporation. All Rights Reserved.