月報 2009 5

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今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(1)ー五割の達成感と五割の悔しさー

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(1)
  ―五割の達成感と五割の悔しさ―
伝道師 小森 康三



  ハレルヤ、去る三月二十四~三十日まで持たれました「フィリピン宣教キャンプ」に行ってまいりました。皆様の祈りと具体的なサポートがあってこそのキャンプでありました。心から感謝いたします。

 フィリピンへの宣教キャンプは二〇〇四年から始まり今回で6回目となりました。私は感謝な事に六回全てのキャンプに参加させていただき、その一つ一つのキャンプを振り返る時、主の計画されたステップアップがありました。深い主の恵みと導きを感謝せずにはいられません。

 フィリピンへのキャンプは高元龍先生の招きによってスタートしていきました。最初の頃のキャンプは「フィリピン宣教見学ツアー」というようなものでした。現地で宣教師として働いておられる先生方の姿を、また宣教地を見せていただくという段階でした。何をしたらいいか分からない…そういう段階ではありましたが、宣教の多様性を見させていただいた時期でもありました。テコンドーという武術を教えながらの宣教、盲人に音楽を教えながらの宣教、幼稚園を用いての宣教等、与えられた賜物の全てが世界宣教に用いることが出来るという事を教えられ、チャレンジを受けていきました。

 次の段階は高元龍先生と共に働きをさせていただくという段階でした。世界宣教の様々な現場を見させていただきながら、そこで開かれる伝道集会等の一部分を任せて頂き、讃美、証し、スキット(聖書物語の寸劇)等の奉仕をさせていただきました。語学の面でも英語で証しをし、タガログ語(現地語)で讃美をするなど様々なチャレンジはありましたが、それらに答えていく中で受けた恵みは非常に大きなものでありました。

 そして第六回目の宣教キャンプであった今年は、いつも一緒に来てくれていた高元龍師とのスケジュール調整が合わず、初めて自分たちだけでのキャンプとなり、自立を促されていると感じるキャンプとなりました。勿論、事前から高先生とやりとりをさせていただき、現地の韓国教会にサポートをしていただきながらの事ですが、非常にチャレンジの大きなキャンプとなりました。午前中は宣教のレクチャーを自前で持ち、また夜は毎日伝道集会を開きますが、すべて日本人達で担当しました。教職者は英語でのメッセージを担当しました(現地の牧師が現地語に翻訳してくれます)。

 この今回のキャンプにおいて宣教はチームでの働きであることを非常に深く体験させていただきました。下は中学一年生~上は四十七歳までと非常に幅の広い参加者層でしたが、誰一人として傍観している者はなく、参加者としてキリストの働きに参与する事ができました。聖霊は群れ(チーム)に注がれる、それは全員が同じ聖霊に導かれ、各々がキリストの体の一部分を担い働きを進めるため…という聖霊の働きを全員が体験する事ができました。

 またここからは私が個人的に感じ、今回のキャンプにおいて私が一番素晴らしかったと思わされている事です。それは「五割の達成感と五割の悔しさ」を感じながら帰国してきたという事です。「もっとこんな必要があったんじゃないか?」「もっとこんな事ができたんじゃないか?」そういう思いが行ってきたチームの一人一人の内に残っているという事は、いよいよ宣教の働きが具体的になり、充実してきている証拠です。

 次年は主の不思議な導き(ここでは書ききれない程に)の中でウクライナ宣教へ行く事になると思います。東ヨーロッパの共産主義が崩壊した今、福音に対して扉が開かれてきています。しかし同時にイスラム教も入っているようです。この世界宣教の戦いをさらにこの教会として、一丸となって進めて参りたいと願わされています。

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(2)ー自分が大人になっていくー

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(2)
  ―自分が大人になっていく―
小嶋 恵奈


 私は今までに二回フィリピンに行っており、今年で三回目でした。一回目はマニラを拠点とし、二回目はプロのミッションセンターに行きました。だからフィリピンがどういうところなのか、またどんなことをするのか大体はわかっていました。だから私の中ではもう十分でした。外国に行くのは好きだけど、フィリピンにもう一度行きたいとは全く思いませんでした。しかし私の意志とは反対に、母によって勝手に申し込まれ、行くことになってしまいました。私にはなぜ今年も行かなければいけないのかがさっぱりわかりませんでした。でも行ってみて、なんとなくその理由がわかったような気がしています。

 私は小さい頃から教会に行き、教会の中で育ってきました。だから教会の中では特に、〝困ったことがあると誰かが助けてくれる〟、〝私がやらなくても誰かがやってくれる〟という、何とも責任感のないわがままな考え方でいました。でもこのままではいけないんだと気づかされました。フィリピン宣教キャンプでは、限られた人数で、限られた時間で、限られた物の中で生活し、また神様のことを伝えるために働きます。私ははっきり言って、毎回自分の生活をするだけでいっぱいいっぱいでした。絶対一人では生活できません。何をするにも一緒に行ったメンバーに手伝ってもらい、助けてもらいました。小さい子どもなら仕方ないのかもしれません。でも私はもう二十二歳です。自分のできなさ加減に恥ずかしくなりました。そして、このことに気づくためにフィリピンに行かされたのだと思いました。私もそろそろ一人前の大人にならないと。いつまでも下の立場にはいられない。私も一応教会学校の教師です。私の背中を見て育っていく子ども達がいるんだと気づかされました。私が今回このキャンプでこう思えたのは、私のわがままに何も文句を言わず付き合ってくれ、いっぱい私を助けてくれたお姉さま方のおかげでした。そして私もそう思ってもらえるような大人になりたいと思わされました。

 また私は英語を使って仕事に就きたいと思い、大学でも英語を専攻し学んできました。しかしその道は開かれませんでした。とてもショックで、自分が何のために英語を勉強してきたのかが全くわからなくなりました。大学のこの四年間は何だったのだろうかと思ってしまうこともありました。しかしこのキャンプのおかげで英語をもっと好きになることができました。フィリピンでは日本語は通じません。彼らの母国語はタガログ語やイロカノ語なのですが、日本人とのコミュニケーション手段は英語になります。集会の中でのメッセージや証しも英語です。そのため、何人かの方が、日本語で書いた原稿を英語に訳してほしいと私に頼んでこられました。その方々は申し訳なさそうに頼まれるのですが、私にとってはとても嬉しいことでした。そして私が訳した英語が集会で読まれ、それが現地の方に伝わっていくのを見たときに、何とも言えない感動を覚えました。今まで、学校の中で教科書を使って勉強してきた英語は、立派なコミュニケーションの道具なんだと気づきました。これまで自分が英語で会話をしているときには、ただ必死なので気づけなかったのだと思います。そして、今まで私が勉強してきたことも決して無駄ではないと思えました。たとえ仕事の中で英語が使えなくても、英語が使える場所はたくさんあります。だからこれからも勉強し続けようと思いました。

 今回私はこの二つのことに気づくためにフィリピンに遣わされたのです。そしてそれは、今年のこのメンバーで行ったキャンプでないと気づけなかったことだだと思います。私の中ではフィリピンのこと、宣教キャンプのことは大体わかっていると思っていました。しかし神様は、決して〝いつものキャンプ〟や〝思っていた通りのキャンプ〟では終わらせない方です。まさかフィリピン宣教キャンプに行ってこんなことに気づかされるとは思ってもいませんでした。私自身以上に私のことをご存じの神様に感謝です。

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(3)ー御霊によって一致し、御霊の実を結ぶ

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(3)
 ―御霊によって一致し、御霊のみを結ぶ―
田中 亜衣


 今回二回目のフィリピン宣教キャンプへ行きました。昨年初めて宣教キャンプへ行くまでは、イエス様の大宣教命令は私とは違う世界の話だと思っていました。しかし昨年の宣教キャンプに参加して、「いや、この大宣教命令は私に、皆に語られていることなんだ!」ということに気付きました。そして今年、その気付きやイエス様の言葉がより具体的になりました。

 宣教キャンプ開会礼拝で新谷先生がメッセージをして下さいました。その内容はインパクトがあり、かつ非常にシンプルでメンバー全員の心に響きました。それは、「YKKD作戦」です。よく祈る/協力し合う/感謝する/大胆に/という四つの頭文字をとって「YKKD」なのです。語呂合わせにはなっていませんが、キャンプの最初にこの力強い提言をメンバー全員で掴んで始められたことが、後々大きな恵みへとなっていきました。

 キャンプの一日は、毎朝三名一組になってデボーションをすることから始まります。初日の聖書箇所は使徒行伝三章一節―十節でした。その箇所は、ペテロとヨハネが祈るために宮に上っていた時、宮の門の所で人々からの施しを請う生まれつき足のきかない男と出会う場面です。ペテロとヨハネはその男に「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」と言いました。すると、その男はたちまち足が強くなって歩き出し、踊ったりしたとあります。デボーションメンバーの仁美先生と高谷美里姉とこの箇所を深く読んでいく中で、「私自身も金銀はない。フィリピンの人達の生活を豊かにするような知恵も力もない。でも、私はイエス様を救い主と信じ、イエス様の名前をいただいている。だから、私には何の力もないとイエス様の救いが必要な人の前を通り過ぎるのではなく、イエス様の愛を倣う者として、そのような人にじっと目を留めてイエス様の名前を臆することなく大胆に使い、語ろう!」と、強く思わされました。

 また、キャンプの午前中は小森先生が宣教学の講義をして下さったのですが、この講義によって宣教の使命が明確になったことは本当に感謝でした。講義の中で、宣教には大きく分けて二つの働きがあることを学びました。全ての国民を弟子とせよという「弟子化」と、福音を宣べ伝えて証言する「宣証」という二つの働きです。この働きのどちらも共に全力で行われなければならないということを学びました。今回は特に「宣証」の働きが明確になりました。使徒行伝一章八節に「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」とある通り、宣教の原動力は「聖霊」であること、宣教のゴールは「地のはてまで(最後の一部族まで)」ということ、私たちには「キリストの証人となる使命がある」ことを学びました。

 そして、講義で学んだ通りに、聖霊が原動力だということをキャンプの中で実感することができたことは大きな恵みでした。それは、夜の集会で司会をした時に感じました。言葉も文化も違う土地で、たくさんの子供達が居て収拾がつきにくい集会をまとめる司会という役割の重さを理解せずに、気楽に構えていたので、現地に入ってから焦ってきました。「私は今までこんなことをした経験がないし、そんな器量はない・・・」と不安になったので、真剣に祈って聖霊の導きを求めました。そうすると、心は平安になり落ち着いてきました。また、他のメンバーも司会者のために祈ってくれますので更に聖霊の力を受けて、その集会ではとても楽しく、喜んで、全然疲れずに司会を務めることができました。

 また講義で、「聖霊があなたがたにくだる時」(使徒行伝一章八節)とあるように、聖霊を受ける対象は複数形であり、同じ御霊に満たされて一致してキリストの体となっていく、同じ御霊の流れで働くということを学んだのですが、今回の宣教キャンプを振り返るとまさにこのことがなされていたと思います。キャンプメンバー全員がそれぞれの賜物を活かし、それぞれの役割を果たしていました。別々の働きをしているのですが、皆が宣教の働きのため、キリストの使者としての使命を果たしていました。メンバー全員が同じ御霊によって一致し、御霊の実を結んでいることにとても感動しました。

 日本に帰ってからも、宣教キャンプで掴んだ宣教の使命を持って、何をするにも全てが宣教へとつながっているんだという意識を持って働くとき、今までにない喜びがあります。これからもどんなに小さな働きであっても、眼差しをイエス様の大宣教命令に向けていきたいと思います。

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(4)ー日本がいかに恵まれているかが分かったー

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(3)
 ―日本がいかに恵まれているかが分かった―
岩上 恵


 私は今回初めての宣教キャンプに参加させてもらってとても恵まれて帰ってきました。初めての外国ということもあり、フィリピンはとても汚くて、正直初めはげっそりしました。色も黒くてなんか怖いし、すごく不安でした。

 しかし一緒に行っていたお姉様方からとても優しくしてもらって、色々と助けてもらい、みんなで賛美ばかりで、誰一人もれることなくみんなで協力して楽しく過ごすことができ、本当に〝神様神様〟していてすばらしすぎる一週間でした。その中でメンバーの姿を見て、神様を信じる者の後ろ姿を見せてもらったというか、私もこれから大人になるということで、あるべき姿、寛容さを教えてもらえたと本当に感謝しています。

 宣教についてのレクチャーの中で、神様は、全世界へ出て行って福音を述べ伝えることを本当に願っておられるのだということが、バーンときました。私はその神様の願いに純粋に答えたいです。私は最後の仁美先生のメッセージで、「勉強は今からでもできる、勉強してほしい、無駄になることなんかない!勉強したことが今になって生かされたり、あの時勉強したことが…って繋がる時が必ず来るから」と聞いて、その時すごく、なにかこみ上げるものがあって、うちは貧乏なのに、働いている友達がたくさんいる中で、私は大学まで行かせてもらって勉強できる環境に置いてもらえている、しかも高校の時全然勉強していなかったのに、指定校推薦で軽々と入れて、これは本当に神様が選んで下さった学校なんだという事を再確認しました。そして、これから神様の事を伝えていく者となるという時に、勉強なしでは無理だ、勉強しなあかんのや!と強く思わされたし、「勉強しろーっ!!」とストレートに神様が言われているなぁと感じました。

 そして新学期になり、二ヶ月たちますが、すごく勉強が楽しいです。一応小学校教諭を目指しているので、三年生になり授業が多くてとても忙しいのですが、今までじゃ考えられないくらい一つ一つの授業が本当に楽しくて、しかもほとんどの授業が指定席で一番前になり、勉強せざるをえない環境にもなって、これはきっと神様の仕業だと思いましたが、でも見張られないとできないタイプなので、神様に感謝しています。勉強の事に対して前向きになって、その度に神様に感謝の思いで満たされる・・・の繰り返しで、帰ってきてからの日々が充実しているし、絶対神様の事を大胆に語っていく人になるぞ!と強く思っています。

 私はフィリピンに行って、日本がいかに恵まれている国かということが分かりました。今まで外国には全く興味がなかったのですが、フィリピンに行った事で、フィリピンのように貧しい国もいっぱいあるのだろうなと考えるようになりました。

 フィリピンでは子どもたちが私たちによく近づいてきてくれて、その子たちの目はキラキラしていたけど、集会とかに来なかった大人は、ビーチのところでトランプばっかりして騒いだり、何もすることなくただボーッと時間を過ごしているだけの人が少なくなく、少しショックを受けました。だけど、そのような大人たちこそ忘れたら駄目だなぁって、正直私はその人達を見て怖くなったし何か悲しかったけど、同時に、きっと神様はそんな人たちの事も愛して見守っているんだなぁと思って、ただ、祈ろう!と思いました。

 本当に私なんて小さい者で、その人たちにできる事なんて本当に少なく、私が何かしたからといって貧しさが無くなるとかいうこともないけれど、一番でかい神様やったらできないことはないって、その神様に諦めずお祈りし続けようって、神様と出会うためにできる事はしようって、それが今私があの人たちにできる事なんだということに気付かされました。そして、小さい小さい日本だけを見るのではなくて、世界に目を向けて祈っていこうと強く思わされました。

 今回本当にメンバーに恵まれ、ひとりひとりに用意されている賜物を見ることができました。神様がこのひとりひとりのことを用いようとしているのがすごく伝わってきて、ということは、同じように私のこともそう思って下さっているんだ!!ということが嬉しく、この事を忘れず、YKKD作戦(Y→よく祈る、K→協力する、K→感謝する、D→大胆に行動する)により、みんなで色んな事をしながら神様の事を伝えて行きたいなぁ!と思いました。

 今回実際にフィリピンへ行ったのは15人だったけれど、たくさんの教会員の方々の献金や熱いお祈りがあっての宣教キャンプで、とっても感謝でした。1年に1度だけの宣教キャンプだけど、その時だけ宣教に対して熱くなるのではなくて、自分の事を思うように海外のことも心において、いま、無理せずにできることからして行きたいなと思いました。

 最初から最後まで本当に守られて、恵まれて本当に感謝でした。ありがとうございました。

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(5)ーすべてが世界宣教につながっているー

今年も行ったフィリピン宣教キャンプ(5)
 ―すべてが世界宣教につながっている―
小嶋 健太

今年の宣教キャンプは、参加メンバーの全員がそれぞれの賜物を生かすことができ、誰一人お客さんになることがなく、本当に神様の体というものを体験できたすごく恵まれたキャンプでした。また、宣教についての考え方、現地での活動の内容などをもう一度考えさせられるキャンプでもありました。今年のキャンプは、毎年一緒に行って下さっていた高元龍先生が来ることができなくなり、自分たちですべてをしないといけなくなり、本当に祈り備える事の重要さを知りました。

 はじめの開会礼拝で、新谷先生が「YKKD作戦」というものを発表されました。Y―よく祈る、K―感謝する、K―協力する、D―大胆に行動する、といった無理矢理こじつけたような作戦ですが、この事を本当に実践したときに、必ず神様は応答してくれると思います。この作戦は、キャンプのときだけでなく、普段の教会生活、日常生活の中でも実践していきたいと思っています。

 高先生がおられないため、朝のレクチャーは小森大先生の宣教についてのレクチャーでした。そのレクチャーでは、宣教には四種類「Goer(行く)」[sender(送る)] [mobilizer(動機付け)][welcomer(迎える)]があり、誰でもどれかは担えるというものでした。自分に担えるものは何なのかと考えていると、今すぐ外に出て行って宣教することはできないけど、宣教師を送り出すことはできるかもしれないし、日本に来ている外国人の方に福音を伝える事もできるかもしれないので、何かできる事をしていきたいと思いました。しかし、自分一人では到底できないことなので、神様に祈りつつ、青年の仲間と協力し、また、教会全体で世界宣教に取り組んでいきたいと思いました。

 また、レクチャーの中で、開拓したばかりの借家の教会で牧会しているある牧師先生の話が出てきました。その先生は、借家の庭に生えているペンペン草を抜きながら、「ペンペン草を抜きながら、世界宣教を見ている」といったようなことを言ったらしいです。その話を聞いて、本当にそうやな~と思いました。自分のしている奉仕一つ一つすべてが世界宣教につながっている。中にはしんどいことや、自分のしたくないこと、何で自分が?と思うこともあると思います。でも、そういったことに出くわしたときに、いやだからしない…と逃げることは神様の喜ぶことではないと思います。どんなに嫌なことでも、自分がしたくないことでも、これは神様の働き、世界宣教につながることだと思い喜んで奉仕する、自分の思いでなく神様の思いを優先することで、神様は本当に喜んでくれ、祝福してくれると思います。

 今年度は、青年会の会長をさせてもらっているのですが、ここでも「YKKD作戦」と「ペンペン草から世界へ」ということを掲げ、宣教の働きや伝道の働き、また、すべての教会での働きのために、よく祈り、感謝し、協力し、大胆に奉仕していきたいと思っています。来年度はどこに宣教キャンプに行くかはわかりませんが、どんなに汚いところでも、どんなに行きにくいところでも、主のために働いていきたいと思っています。

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