月報 2010 9月

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修養会で受けたこんな恵み(1)ー自動車事故による鞭打ち症がいやされたー

 修養会で受けたこんな恵み(1)
― 自動車事故による鞭打ち症が
いやされた ―

竹 田 千 恵

 今年の修養会は私にとって特別な期待がありました。それは神様に賭けるという強い思いがあったからです。修養会に参加するきっかけとなったのは、体の痛みを取り除きたい一心からでした。四年間に二度の自動車事故をきっかけに生活が一変したからです。一度目の玉突き事故の後に、もう自動車は乗らないと決めたのに、日常生活の余りの不便さに、再び車を乗り始めて四ヶ月後、またもや自動車事故に遭ってしまったのです。二度目の事故後、以前とは比べようもない位体のどこかしらが痛みだし、酷い時には眠っている時以外はいつも痛いので、日中もほとんど寝込んでいました。去年入院して硬膜外ブロック持続麻酔注射をするも、効果は一ヶ月程でまた痛み出しました。それまでも体に良いものをと、友人の勧めで食事の改善をしたり、電気の椅子に乗ったりと色々な事を試みましたが、今回ばかりはお手上げ状態でした。それでいて、働かなくては…と焦りの気持ちで一杯で、精神的にも病んでいました。
 こうした生活をしているうちに体調がマシな季節になり、セルの姉妹が熱心にメールでセルの集いの連絡を下さり、調子の良い時はファミリーセル等に参加できるようになりました。その集いごとに新谷先生はじめセルの姉妹方が熱心に祈って下さるのが感謝でした。そんな時、新谷先生から「手束牧師先生に祈ってもらいに教会へ来ませんか」と連絡を頂き、礼拝に出席しました。一年以上は教会へ行っていなかったので、沢山の姉妹方から「これて良かったね」と喜んでいただきました。礼拝の後牧師先生に祈っていただき、教会へ来れたことを心の底から嬉しく思えるようになりました。その後、体調の良い時は礼拝に参加することが出来ました。
 そうこうしているうちに、修養会の締め切り一週間前になりました。昨年の修養会でのある姉妹の感話のことを人づてに聞いていて、期待が込み上がり、修養会に参加したい気持ちと躊躇する気持ちが交錯していました。セルのある姉妹が「神様に賭けよう」と促して下さり、修養会へ行く決心がつきました。それからというもの、指折り数えて修養会の日を待つことが出来るようになりました。
 修養会当日、天野先生の迫力あるメッセージに圧倒され、引き込まれていく自分がいました。賛美では自然と涙に溢れ、第一聖会、第二聖会、第三聖会が終わり、メインイベントである第四聖会がやってきました。メッセージが終わり按手の時です。手束主任牧師先生が頭に手を置いて熱心に祈ってくださいました。それはとても力強い祈りで、熱いものがこみ上げてきました。
 按手の時間も終わり、次に天野先生に祈っていただく恵みに与りました。天野先生に「どうかされましたか」と聞かれ、痛むところの説明をしたところ祈って下さり、「首を回して下さい」と言われ、言われたとおりにゆっくり首を回すと痛みもなく、右左三十度くらいにしか回らなかった首が、余分に三十度ずつ回るようになったではありませんか。次に足を上げるように言われ、足も上がるようになり体が軽くなりました。その時に天野先生は「筋肉や神経は元に戻り完全にいやされました」と言って下さいました。セルの姉妹方はじめ沢山の姉妹方が喜んで下さり、私自身も嬉しくて嬉しくて感激しました。神様が手束主任牧師先生や天野先生を通して完全に治して下さったと確信しました。最終日、聖日朝の礼拝の中で、天野先生が「昨日の鞭打ち症の人、立って下さい」と言われ、立って首を回すと、もっと驚いたことに右左百八十度近く回るではありませんか。本当に神様に感謝せずにはいられません。
 修養会を終えて思うことは、神様は万事を益とされる方だということです。これからの人生は、全てを神様に明け渡し、神様を信じて歩んで行きたいと思います。



修養会で受けたこんな恵み(2)ー信じられないくらいの喜びが湧いてきた     

修養会で受けたこんな恵み
― 信じられないくらいの喜びが
湧いてきた ―

前 田 美 由 紀

 今回の修養会は、私にとって衝撃的なものとなりました。私は洗礼を受けて三年になります。修養会はこの度で二回目になるのですが、初めて『聖霊によって新たに造り変えられる』という事を実感することが出来ました。実は修養会に行く直前まで、猛烈に、行きたくない!という気持ちと戦っていました。でも少し前に洗礼を受けられた井上姉が癒しの祈りを受けると聞き、その時一緒に祈りたい、その為だけに行こう!と思い、初めて参加する次男と共に行きました。自分への恵みについては、正直、何の期待も無かったのです。
 しかし何と着いてすぐの開会礼拝の賛美の時、何故か賛美の歌詞がとても胸に迫り、涙が溢れてきました。続いての天野先生による笑い満載のメッセージで、リラックスしつつも恵みを受け、途中で帰ろうか・・などと考えていた気持ちは何処かへ行ってしまっていました。
 そして二日目。朝から聖会会場の空気が違っていました。聖霊様の圧倒的な臨在を、この私でも感じることが出来ました。その中で分科会の時間がやってきたのです。私は分科会の申し込みをする時に、新田先生のところに○印をつけていた筈なのですが、手違いか何かで、美智子先生のところに名前が書かれてありました。「どうしてかな」と思いながらも、深く考えず美智子先生のところに行きました。美智子先生の分科会のテーマは『心の一新を求めて』でした。思えば、私はこのテーマを見た時に、耳が痛いことを聞かされる気がして避けたような気がします。そんな私に神様が、逃げてはいけない、聞きなさい、と導いて下さったのだと今は思っています。
 分科会でのメッセージは私にとって本当に辛いものでした。私は過去に多々、辛く悲しい経験をしてきましたが、その中の最も辛く、触れられたくない部分にグサリグサリと刺さってくるような内容でした。長くなるのでここには書きませんが、特に私が迫られたのは『赦し』でした。今まで頭では分かっていたのです。赦しは自分の為だと分かっていても、それが出来ない、人間だから仕方ないと諦めてさえいました。でも反面、辛くて、どうかこの恨みや憎しみから私を開放して下さい!とずっと祈ってきました。しかしその奥の無意識の部分にまで聖霊様は入り込んで、気付きを与えて下さったのです。それは、私は本当に赦したかったか?被害者でいたかったのではないか?というものでした。その思いは、違う!といくら思っても消えてはくれませんでした。しかも、私は間違ってないという正義感が周りを傷付けていたなんて・・・人一倍苦労したのだから、思い遣りも人一倍持っているつもりだったのに・・・本当にショックでした。ボロボロになった気がしました。
 分科会が終わっても暫くショックで呆然としていました。頭では分かっていたつもりだった事を、聖霊様によって本当に理解させられたこの時、私は肉の思いを捨て、御言葉に従う決心をしました。それは何故か自然な流れでした。すると今度は信じられないくらいの喜びが湧いてきました。そして、この為に私はこの場に呼ばれたのかと納得しました。確かに人間だから出来ない事もあります。でも選び取るのは自分自身です。もう祝福を逃しはしない!という気持ちです。今まで理解し難かったあらゆる御言葉も、この選び取りをした後ではバンバン入ってくるようになりました。 ハレルヤ! 
 心配していた井上姉も無事祈って頂くことができ、次男もとても恵まれた様子でした。そしてまた、今まであまり話したことの無い兄弟姉妹方とも話す機会が多く与えられ、自分はやたら人と比べて勝手に劣等感に悩まされていたことにも気付かされました。教会は神様の肢体であるという意味もやっと分かりました。他にも数え切れないくらい沢山の恵みを頂きました事を心より感謝します。

 

修養会で受けたこんな恵み(3)ー平安で満たされ、讃美がとまらずー 

修養会で受けたこんな恵み(3)
 ― 平安で満たされ、讃美がとまらず ―

赤磐教会 藤原由江

 高砂教会の修養会は、二〇〇四年以来二度目の参加となります。主に期待し、わくわくして臨みました。絶対楽しいにちがいないという確信はありましたが、何をわたしは求めているのだろうという薄ぼんやりとしたところもありました。しかし「更なるリバイバルの火を燃やせ」のテーマのもと聖会がはじまり、時間が流れていくとともに、わたしの霊もたましいも、聖霊様によって柔らかく耕されていきました。
 第四聖会按手の祈りの後に、特別に癒しの祈りを希望する人々の列に、遠慮がちに並びました。なぜ遠慮がちだったかというと、癒しを求める人々の熱い思いと、当事者を支える兄弟姉妹の愛の大きさに圧倒されて、わたしはもうすでに癒されていると思っているのに並んでいいのかなと躊躇したからです。でも、「時間があれば祈っていただこう」と思い、最後尾に並びました。
 ところが、時間がとても遅くなったため、わたしの直前で終了してしまいました。このことは自分でも思いがけず、ショックでした。どうしてここまで悲しいのだろうと思うくらい予想外に動揺しました。同室の姉妹に「飢え渇いていたことがわかったでしょう?」と優しく言われ、本当にその通りだと思いました。その夜、聖霊様が大きな愛でわたしを包んでくださいました。わたしは四十五歳です。子供がいません。与えられると信じていなかったわけではありませんが、年齢的にあせっていました。でも、「時間切れ、ギリギリ間に合いませんでした」と宣告されることがわたしにとってどれほど辛いことであるか、「時間があれば」祈ってもらおうなんて本心でないことが、明るみにされました。わたしは偽りを信じる、「苦しむチャン」でした。主はまことに真実なるお方、決してあなどられることのないお方です。
 「奇跡がほしいのか、それともわたしが欲しいのか?」と細きみ声が聞こえました。「奇跡はほしいです!でも、もっともっとあなたご自身がほしいです。」と答えました。「すみません、わたしはみことばを信じていると言いながら、みことばを生きていませんでした。みことばは主ご自身です。み前に悔い改めます。わたしの口から、心から、徹底的に不信仰な言葉を取り除いてください。聖霊様もっともっとあなたと親しい関係を築きたいです!神様にできないことは何ひとつありません!もっともっとみことばを体験させてください!お言葉どおり、この身に成ります!もっとあなたを知りたいです!山をも動かす信仰をください!」このように叫び、執拗な祈りこそが、神様がわたしに与えたかった、また求めさせたかったものでした。聖霊様は喜んでおられ、平安で満たしてくださいました。ハレルヤ! ちなみに、聖日礼拝後、天野先生に祈っていただくことができました。
 修養会の後、ずっと「主の園のように」のさんびが止まりません。毎日、聖書箇所(イザヤ書五十一章三節 新共同訳)を思いめぐらし、今もさんびし続けています。
主はシオンを慰め そのすべての廃墟を慰め荒れ野をエデンの園とし
荒れ地を主の園とされる。そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く。
 わたし個人だけでなく、人々が、教会が、日本が、主の園のようにされると信じます。
すでにそのようにされている、はじまっていると信じています。栄光在主

*  *  *    

修養会で受けたこんな恵み(4)ー目の前が真っ白な光につつまれてー 

 

修養会で受けたこんな恵み(4)
 ― 目の前が真っ白な光につつまれて ―

長 谷 川  実

 今年修養会に初めて参加させていただきました。初めてということもあって、神様のことを今以上に知ることが出来るという期待や、はっきりしない不安を持って挑みました。今思えばこの修養会はたくさんの恵みを受けることができたと思います。今まであまり話すことのなかった方達と話す時間が持てたことで、日曜日の礼拝でもあいさつだけでなく、会話をするようになったので、教会に行くことが楽しくなりました。
 初日の夜、小森先生に誘っていただき若い世代の兄弟姉妹と交わる時間が持てたことにより、修養会を楽しく過ごすことができたました。聖会に出てもいつもなら後ろの方で座って、第三者のような感覚で賛美したり、メッセージを聞いたりしていたのですが、仲良くなった兄弟たちに誘われて一番前に座ることができました。賛美も今までなら何気なく歌っているだけだったのが、ライブのような感じでとても楽しく喜びにあふれ、いつのまにか手を挙げて賛美していました。突然胸の奥が熱くなって涙が出ることもありました。賛美することの素晴らしさや気持ちよさを改めて実感させられました。その気持ちの良いままで天野先生のメッセージを聞くことができたのでとても心に響き、感動しました。
 早天祈祷会での小森仁美主事の証言を聞いて、神様の偉大な御業を感じ、これこそ、天野先生のメッセージの「最善のことを最良の時に」ということなんだと思いました。同時に自分が洗礼を受けた時のことが頭に浮かびました。
僕が洗礼を受けたのは二〇〇九年四月でした。この時は今まで生きた人生で一番つらく、苦しい時でした。妻が病気をして手術をしました。その日から突然、恐れや不安が襲ってきて、自分ではどうすることもできませんでした。先に洗礼を受けていた妻について教会に行くことにしました。すると教会にいるときだけ不安がなくなり、居心地の良い場所だったのを覚えています。でも教会を出て時間がたてばまた不安が襲ってきました。もう神様にどうにかしてほしいとすがる思いで洗礼を受けました。僕がつらかったことや洗礼を受けたこと、修養会に参加できたこと、いろいろなことその全てが神様が与えてくださった〝最善のこと〟だと感謝しています。
 今回の修養会に参加すると決めた日も、思わぬ形で僕と妻の参加費用が与えられて、参加する前から本当に驚きでした。息子も母に預かってもらうことができ、すべて万全の態勢に整えられました。参加を決めた一番の理由は、妻の病気が完全に癒されたとの確信を得たいという思いでした。妻は定期検査を受けてはいますが、その度に恐れや不安が襲ってくるので、そんな思いから解放されたいと願っていました。
 最後の聖会の時間になり、その前の分科会で手束主任牧師先生の話や兄弟姉妹の方の体験を聞いていたので、自分だけ何もおこらなかったらと不安がありました。しかし聖会が進むにつれてそんなことも考えなくなっていました。按手の祈りの時、天野先生が僕の頭に手を置かれた時、目の前が真っ白な光につつまれて、ものすごく気持ちよくなったことを覚えています。その時はよくわからなかったけれど、それからのメッセージが理解しやすくなったので、聖霊のバプテスマを受けることができたのだと実感しています。
 聖会後、天野先生に癒しの祈りをしていただくために妻と並んでいました。妻が祈ってもらう順番がきたとき、周りの兄弟姉妹たちも一緒に祈ってくれました。その光景を見たとき、感動と安心から涙が止まらなくなり、いろんな方に支えられている…と強く感じ本当に感謝でした。
 この修養会は僕にとってとても濃い三日間でした。これからの人生、この日のことを忘れず、神様が一緒にいてくださることをしっかり握りながら歩んで行きたいと思います。

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修養会で受けたこんな恵み(5)ー私の身に起こった八つのことー 

 修養会で受けたこんな恵み(5)
 ― 私の身に起こった八つのこと ―

峰町キリスト教会 伊藤賢治

 私は、栃木県プロテスタントの「峰町キリスト教会」で信仰を持ち、三十三年の者であるが、関東の教会しか知らないで来た。息子が、栃木から兵庫に異動して二年。息子の仕事の大変さも見ておきたい、また励ます為にも、行きたいと思っていた。六月、KBIでの宣教セミナー参加をきっかけに、以前から心惹かれていた高砂教会の礼拝に出席した。その礼拝の帰り際、修養会参加をすすめられた。すぐに、行きますと答えた。『高砂教会の修養会に参加すれば、百%聖霊のバプテスマを受けられます』と聞いたからである。これまで、いつも渇いていた。
 私は、十年程前二年間程関わりを持った「キリストの幕屋」の創始者、手島郁郎師のことを、「声石」等で手束先生が認めておられたことを知っていた。是非、お会いしたいと、思っていた。また、福音の大衆伝道ということで、アシュラムも開かれていることに、長年デボーションで学ばせていただいている榎本保郎師に似たものを、手束先生に感じていたりもしていた。
 さて、全日程参加の結果、以下の事が起こって今日に至っている。

一、異言が流暢になり、異言で祈ることに自信を持った。異言で祈ることで日本語の祈りにも、深さ、悟り、力強さが加えられた。異言の集会は過去二十年以上前に我が教会でもあったが、どう使っていったらよいか、指導が継続して与えられなかった。また、倒れないとまずいのでは、と無理して倒れたことによる十年前の心の傷も、私は癒したかった。
二、悪霊、サタンへの攻撃、追放を宣言することの重大さを知った。私も、今実践してきている。手束先生の主日礼拝毎の宣言は、大変な衝撃だった。それまでは、私はおとなしい信仰者でサタンを強く意識することも少なかった。今、急に私がサタンの攻撃、誘惑を身に強く感じ、その都度大胆に追放を宣言するエキサイティングな信仰生活に突入したことを知っている。
三、受ける者、待っている者ではなく、与える者、活動する者になろうと意識を変えられた。また、主を慕い、人を恐れてはならないことを学んだ。
四、明らかに私自身の立場を鮮明にしてきた。私自身が、早期定年退職を今年五月に命ぜられ、今、嘱託のような日雇い的な仕事の仕方をして、何かと仕事があれば…収入があれば…と経済面につい目を向けがちだったものを、これからは神様に献げた体として、必要な時、率直に仕事を休み、主の働きや主との時間にたくさん費やそうと決断し、心が晴れていった。
  私は、ロシアやアラスカに技術宣教師(メカニック)として遣わされているT師を支える会の代表をしている。来年、現地を訪ねたいと、ロシア語の勉強をしてきていた。また、自称「詩人」でもあることから、以前にも優り、イエス・キリストを詩を通して伝えようとしている。一般詩人からの不評を気にせず。
  更に、アコーディオンを日曜日四回ある第一礼拝の献金時、特別讃美として弾き始めている。九月からである。
五、いやし以上に魂の救いこそが一番の奇跡と主の宣教命令に対し初心に返り、伝道・宣教してゆこうと思いを新たにした。
六、今回の恵みを、数人にCD等を差し上げたり、証ししたりして分かち合おうと努めている。
七、早天祈祷をたとえ自分一人でも開始した。以前は数人でやっていたが、あれから途絶えてもう六、七年になろうか。
八、今まで自分中心の狭い範囲の宣教、伝道だったが、日本民族総福音化を明確に意識しだし
た。少しでも主にお答えしたいと念じつつ、この報告を終えようと思います。



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