月報 2010 12月

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タンザニア宣教旅行に参加して(1)ー「全てのことに進歩が現れるため」を示されて

タンザニア宣教旅行に参加して(1)
 ―「全てのことに進歩が
       現れるため」を示されて―
小 嶋 弘 美

 皆様のお祈りに支えられて、十一月二十三日~三十日の八日間タンザニアへ行ってきました。なぜ?タンザニア?アフリカ?と思われることでしょう 私のような者が本当に行ってきたなんて、私自身も不思議な感覚です。今 アフリカでは主の御業が起こされ、素晴らしいリバイバルが起こっているそうです。今回招いてくださったジョセファット・ガジマ師(Glory of Christ Tanzania Churchの主任牧師)の教会も二万人の人々が救われ、又死からよみがえった人が百名を超えるという凄い教会でした。ガジマ先生が日本に来られた時、初めてタンバリン賛美を見られ ぜひこのダンスをタンザニアでしてください!の言葉から今回のタンザニア宣教が実現しました。ハレルヤ!
 ガジマ先生の教会は会堂がなく、広大な敷地(たぶん甲子園球場はすっぽり入るくらい)に二五〇坪位の聖壇(野外コンサートの様な舞台)が置かれ、会衆の人達は暑い中、集会や礼拝のたびごとにイスを広場に並べて、各自パラソルを持ちながら礼拝するというスタイルでした。真っ青な大空の下、大勢の群集が集まって主を賛美する光景は、ほんとに素晴らしかったです。でもタンザニアという国は、まだまだ貧しい国でほとんどの方が決まった仕事がなく 水やナッツ、自分の所で採れた果物などを売って生活をしているようです。車も、フロントガラスが割れていたり、窓がなかったり…古い日本車が修理されることなく流れてきているようでした。今の日本の生活からは想像できないほどです。そのような状況の中にありながら、私たち日本人一行には、最高の良い環境において下さり、本当に心が打たれました。宣教には、〝行く宣教〟と〝送り出す宣教〟があると言われています。私自身の性格もあって、自分は送り出す宣教だと勝手にきめていました。でも 今回のタンザニアの話は、限られたメンバーの中で頭から行かない!という決断はできず、真剣に祈りました。そうすると、「すべての事にあなたの進歩が現れるため、これらの事を実行し、それを励みなさい。」(Ⅰテモテ四・十五)の御言葉が与えられて決心しました。でも正直なところ 私自身どんな環境でも平気なタイプではなく、特に不衛生なところは大の苦手な者です。聞こえてくるタンザニアの情報は病気になる…治安が悪い…危険なところ…など私を不安にさせる事がほとんどでした。そして 一番私を揺さぶった事は 高砂教会を通してきた話ではなかったので、まず自分たちがどうするのか…と問われた事でした。一度はキャンセルをしたものの、本当にこれでいいのか?との思いに再度決心し直しまた。その再決心をしたことで気づきにつながり、その時から私の中に、何があっても大丈夫!という、いい意味での開き直りができ、とても快適な感謝な旅となりました。滞在中ゆっくりと流れる時間の中で握った事は、本当に大事な事は限られている。神様と私の関係だ!今この時にしなければいけないことを優先する事が大切 そう思うと縛られるものがなく、今までの自分からは想像できないほど開放されました。今回タンザニア宣教と言ってもえらそうに宣教といえるものではありませんが、信仰生活を送るにあたって一番大切なことを教えていただいたミニストリーでした。本当に皆様のお祈り、励ましを感謝します。

タンザニア宣教旅行に参加して(2)ー貴重な開放感を体験ー

タンザニア宣教旅行に参加して(2)
 ―貴重な開放感を体験―
稲 垣 美由紀

 二〇一〇年五月、アフリカのタンザニアからジョセファット・ガジマ先生が日本宣教に来られました。全国各地を回られ、中野サンプラザなど大きな会場が満員になるほど今話題の先生が、タンバリン賛美を初めてご覧になられ「是非タンザニアに来て、タンバリン賛美をしてほしい」と喜びの中言われたのをきっかけに、昨年からタンザニア宣教に行かれているベタニアチャーチの吉田長老たちのツアーと合同で行くことが決まり、タンバリンの指導者・京都グレイスバイブルチャーチの関美淑先生の教え子たちにお声が掛かりました。
 ミリアム会でもこの事が知らされ、まず一人ひとりが神様の召しを頂き決心を与えられるように祈る時を持ちました。それぞれが神様から決心を与えられ準備を整えて行く中で色々な状況変化や人間的な惑わしに動揺し、一旦は断念してしまいましたが、再度祈りに導かれ小嶋姉と私が参加することが出来ました。
 十一月二十三日(火)から三十日(火)にかけて八日間の日程でしたが、遠いアフリカですから乗り継ぎを経て十八時間のフライトでした。
 二十六日の夕方聖会が開かれ、吉田長老の証し、その後私たちもタンバリン賛美を二曲奉仕させていただきました。講壇の上に立った時、タンザニアチャーチの広大な敷地で二千人の方々と礼拝を捧げる初めての体験に、タンザニアに来れた事を実感し、導かれた神様の偉大さを感じました。
 二十八日の聖日礼拝は金曜日の十倍の二万人の方を前に神戸キリスト栄光教会・菅原先生が英語でメッセージされ、タンバリン賛美三曲、信徒の方の結婚式の後、また三曲奉仕しました。結婚式の時に信徒の方が講壇の前まで来ておられたので、大盛況の中の奉仕に今まで味わったことの無い一体感と開放感で満たされ、タンバリンを持ち主を賛美させて頂ける喜びに溢れました。 
 また精神的にも日本で味わった事の無い貴重な開放感を体験することが出来ました。普段から自由な心の私ですが、タンザニアの雰囲気がますます自由にしてくれました。というのも高砂教会から二人だけで参加したことによって、対応力や判断は当然個人にあります。トラブル回避や状況判断はその都度求められ対応力が試されました。それが私にはチャレンジというより心地よく、不自由さや急な変更に戸惑う他教会のメンバーの中でも全く惑わされること無く、その場その場で気持ちの切り替えや優先順位を感じ、知恵が与えられ、感じたこと気付いたことを即時、自由に感じるままに行動させて頂きました。そしてすべてがスムーズに運ばれ最善であったこと、何のストレスも無く終始笑顔でいられたのは、神様の圧倒的な守りの中にあった事をその都度ダイレクトに感じることが出来ました。
 また出発前、再度行きたいとの思いが与えられた事で、何があっても絶対的に神様が直接私を守られる事、どんな奇跡を見るよりも私が持ち運ばれ行かせていただける事が何よりも恵みだと感じる事が出来ました。私に見えているものは一時的で、結果だと思っていることは実は神様から見れば始まりで有る様に、今回の経験が私にとって色んな事の始まりである事を感謝します。
 最後になりましたが、私たちを喜んで送り出していただき、とりなして祈ってくださった皆様、本当にありがとうございました。また、個人的に心のこもったお支えを頂いたたくさんの兄姉に感謝します。

ルーマニア宣教旅行の尽きせぬ恵み(1)ー多くの方々とのよき出会いがあったー

ルーマニア宣教旅行の尽きせぬ恵み(1)
 ―多くの方々とのよき出会いがあった―

霜 村 茂 美

 十一月八日からの九日間のルーマニア宣教旅行も、皆様の執り成しの祈りと、宣教バザーのご協力とご支援を得て、無事宣教旅行を迎えられたことを感謝します。私自身、出発前に気管支炎を患ってから体調を崩し、早く体調を整えなければとの焦りが負担となり、二日前にはルーマニアへ行けないのではないかとの想いが積って苦しくなり、手束牧師先生に祈って頂きました。すると心も身体も軽くなり、喜んで出発することができました。 
 今回は、オランダ経由でルーマニアの首都ブカレストに着き、そこからクルージュ・ナポカに向かい、その後ブカレストに帰り、オランダ経由で帰国するというスケジュールでした。出発前に、ブカレストからの移動方法は電車と聞いていたので、「琴とスーツケースの搬送は大変だろうなぁ」と覚悟を決めていました。ところが、空港に迎えに来て頂いた川井先生が荷物を乗せるコンテナカートを牽引するマイクロバスを用意されており、ホッとしました。そしてマイクロバスに乗り、約九時間のクルージュへの旅となりました。クルージュでの宿泊先は、カトリック系老人ホームのゲストルームでした。翌日十日の午前中は、そこでゆっくりと練習が出来、本番に備えることが出来ました。
 夜は三年振りで訪れるゲオルグ・ディマ音楽院ホールでのコンサートがあり、懐かしく感じました。前回日本の唱歌を歌ってくれた子供達もすっかり若者になり、また人数も増え成長していました。そしてバイオリンによる「ふるさと」「さくら」が演奏され、ハンガリアンダンスも披露されました。吉村美保さんという日本の福音歌手と、高木氏の津軽三味線と舞踊、そして牧師先生のショートメッセーの後、私達の出番でした。ハンガリー、ルーマニア、日本との文化の交流の祭典を、会場の多くの参加者と共に楽しませて頂きました。
 十一日の夜は、宿泊先の老人ホームでも、ハンガリアンダンスと高木氏の三味線に舞踊、そして私達の琴とでサロンコンサートが催されました。施設に入所しておられる方々とそのご家族、ハンガリー系の商工会議所の方々、そしてルーマニア人と結婚をした日本人など、ホールに一杯の人が集まり、和やかなコンサートとなりました。ハンガリアンダンスの衣装は繊細な刺繍とビーズ細工が施されて煌びやかで、美しい少女達が一層美しく映え、少年たちが躍る力強いダンスを盛り立てて華やかでした。コンサート後の交わりの中で、わざわざ日本から琴を弾きに来たことへの感謝の言葉を聞いて嬉しく思いました。
 十三日は、ブカレストに向かう途中、ドラキュラ伯爵の生家があるブラショフの観光に連れて行ってもらいました。中世の街並みは大変美しく、ゆっくりしたい気持ちをよそに、次の目的地に足早に向かいました。
 十四日の聖日礼拝は、ブラショフ近郊のスナゴブという村にあるペンテコステ教会で、手束牧師先生によるメッセージを聞きました。礼拝後の交わりで、この教会の牧師の娘さんが私達の琴にすごく興味を持たれたので、夜ブカレストのインターナショナル教会でコンサートがあ
る旨をお伝えすると、予定されていたスケジュールをキャンセルされ、私達と一緒にブカレストへ同行されました。そして最後のコンサートも多くの人々が集い恵みの内に奉仕を終えました。
 今回の旅は多くの方々との出会いがありました。老人ホームのオーナー、日本に興味を示して下さったルーマニアの方々、また現地で活躍されている日本の方々、通訳とサポートをしてくれたミノドラ姉、そして川井先生ご夫妻、特に今回演奏会を共にさせて頂いた高木氏は、まだ救われていないのですが、ご自身の賜物である三味線と日本舞踊をルーマニアに広めたいとの熱い想いを持っておられることを知り、感銘しました。彼が救われ、その使命を神様に用いられればとお祈りします。ここに書き尽せない多くの祝福と恵みを主から賜ったことを心から感謝します。これからも琴をもって主を誉め讃えていきたいと思います。

*   *   *

ルーマニア宣教旅行の尽きせぬ恵み(2)ー小さな素朴な教会で味わった静かな感動ー


ルーマニア宣教旅行の尽きせぬ恵み(2)
 ―小さな素朴な教会で味わった
           静かな感動―

岩 見 えり子

 今回ルーマニア宣教旅行の話が具体的になってきたのは、一年くらい前だったと思うのですが、その時の私はまったくの人ごとで、と言うより、絶対に行けるはずがないし行こうという気持ちもありませんでした。
 春になり、暖かくなり始めた頃にはかなり煮詰まった話になってきて、手束主任牧師先生からは、「ルーマニアへ行きましょう」と会う度に言われ続け、「無理、無理、絶対に無理」と思いながら時が過ぎていきました。でも気がつくと、私の心は迷い始めていました。しかし、「もう自分で考えるのはやめよう」という思いで、神様に委ねることにしました。すると暑い夏が過ぎた頃には、少しずつルーマニアに心が傾き始めていったのです。そんな時、秋山姉が「いろんな状況で十日間近く家を留守にするのは大変なことかも知れないけど、思い切って行ってみたら、きっと素晴らしい恵みがあなたにも、あなたの周りにもあるわよ」と言って下さり、「そうなのかなぁ?」と思いつつ、さらにルーマニアへ行く気持ちが固まってきました。それからは「あれもいるかな?これも持って行った方がいいかな?」と心の中で準備を進めていきました。しかし「やっぱり無理、ルーマニアへは行けない」と思うもう一人の私がいました。「神様、私はどうすればいいのですか?」と早天祈祷会で問いかけていました。
 そんな時、ルーマニアのことを誰かに話をすればいいんだということが、ふっと思い浮かんだのです。そこでルーマニアの資料を見たり、主人や友達とルーマニアのこと、お琴のことなどの話をして、気持ちを百パーセントになるように持っていきました。すると気持ちがスーッと楽になり、さっそくスーツケースを出して準備を始めました。
 しかし旅行が目の前に迫ってきた十月中旬、頭痛と吐き気で起き上がれない、しゃべるのもつらい、目を開けていられないという日が二、三日続き、病院で診察してもらうと、片頭痛と肩こりだということでした。薬を飲み続け、症状は、次第に治まってきたのですが、ルーマニアへ行く自信がなくなってしまいました。そんな時、秋山姉が「牧師先生に祈ってもらったら」と言って下さり、早天祈祷のあとに、手束牧師先生に祈っていただくことがことができました。すると次の日から、全く頭痛がなくなり体が軽くなった様でどんどん自信がついてきました。こうして無事にルーマニア宣教旅行に出発することが出来たのです。
 ルーマニアでは、川井宣教師ご夫妻を始め、本当に素晴らしい方々と出会うことが出来ました。宿泊させていただいた老人ホームの暖かいおもてなし、そして建物、景色、空気、匂い、すべて感謝でいっぱいになり、喜びにあふれていました。特に最後に行った教会は、今でも深く印象に残っています。手作りで素朴で決して立派とは言えない小さな教会でしたが、聖堂に這入り、静かに座っている内に胸が熱くなり、涙がこぼれそうになりました。賛美をしていても、メッセージを聞いていても、いつもと違う静かな感動を味わうことが出来ました。
 神様はこんなに素晴らしい旅行を用意して下さっていたなんて、本当に感謝です。また今回の旅行を通して、より深く神様と交わることが出来ました。


ルーマニア宣教旅行の尽きせぬ恵み(3)ー前回の訪問にも勝る恵みに満ちた旅ー


ルーマニア宣教旅行の尽きせぬ恵み(3)
 ―前回の訪問にも勝る恵みに満ちた旅―

盛 谷 千恵子

 このたび、私たちビューティフルハーピスツは、手束牧師先生ご夫妻と共に、二度目のルーマニア宣教旅行の機会をいただきました。一度目は、丁度四年前の二〇〇六年に神様の不思議な導きで実現したことを、今も懐かしく思い起こしています。二〇〇五年、ルーマニア在住の川井勝太郎宣教師が来高し、宣教報告のメッセージをされたのですが、その折に、私たちの働きに目を留められ、是非にとお招きくださったことに始まり、ハーピスツは海外宣教の働きへと第一歩を踏み出すことになったのです。その時まで、ルーマニアという国について、ほとんど何も知らない私たちでしたが、その出会いを通して、今では、ルーマニアは大変身近で親しい国となりました。そしてこの年、再び川井先生からお誘いをいただけたことは、両国の文化交流の架け橋としてさらに用いたいとの、神様からの私たちへのプレゼントであることを思い、感謝が溢れてきました。
 しかし私自身、今回のルーマニア宣教が決まったことを知らされた時点では、決して手放しで喜ぶことができない環境にあり、とても複雑な心境でした。それは、昨年の夏より、祈りが聞かれてフルタイムの仕事が与えられると同時に、ハーピスツの練習には全く参加することができなくなってしまったからです。一方、ハーピスツ自体にも新たな問題が生じていました。三つのパートによって構成されるハーピスツは、大きな会場で演奏するためには、各パート当たり最低でも二名のメンバーが必要となります。ところが、私の担当する一琴のパートには体調不良の姉妹があって、はっきりと確定している方は一名しかいないというのです。毎週欠かさず練習を重ねながらも参加が叶わない姉妹の辛い気持ちを思うとき、本当にこの私で良いのでしょうか…と、申し訳ない気持ちを押さえ切れず、正直なところ、本気で琴と向かい合うことができないままに日を過ごしていました。でも、このような私にさえ、神様は、欠けを補う器としてその役目を果たすようにと、大切な働きの場を与え、押し出してくださいました。
 そして春を迎えた頃から、我が家では、一人楽譜と向き合い練習を重ねる日々が始まりました、しかしそれは、力不足と、ともすれば怠惰になりがちな自分自身の弱い心との戦いそのものでした。そんな時私は、長年励まし合いながら共に練習を積み重ねてきたメンバーの中で一緒に讃美する自分の姿を重ねてイメージしながら、祈りつつ自分を奮い立たせていました。やがて、十一月まで半年を切った夏を迎える頃、メンバーの姉妹方から嬉しいお話が持ちかけられたのです。それは、「隔週の土曜に日でも、一緒に音合わせをしましょう」との提案でした。それは、大変忙しい中にある姉妹方にとっては大きな犠牲であったことでしょうが、私にとっては願ってもないお話で、早速一緒の練習を始めることになりました。それまで自分流の弾き方で細々と練習してきた私にとって、その練習の場には、一人では決して味わうことのできなかった、パート毎の心地よい響き合いの感動があり、私の心は、〝いよいよこれからルーマニアの地にこの讃美を届けに行くのだ〟という、熱い思いと感謝の祈りに満たされていったのです。
 このように、長い間祈り備えて迎えたルーマニア宣教の旅は、一回目にも勝る恵みに満ちたものとなりました。国境を越えた多くの人との出会いの中で、讃美を捧げる毎に喜びが湧き溢れ、自分の意志とは別の力が働いているという不思議な安心感に満たされ、ただただ天に心を向けて演奏し切ることができました。この小さな者が主の宣教のために用いられるという、神様のご計画と、そのみ業のくすしきことを心から誉め讃え、感謝するとともに、さらなる大きな働きのためによき備えをしたいと、思いを新たにされた宣教旅行でした。

日本キリスト教団 高砂教会  
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