About The Death -クリスチャンの死生観-

クリスチャンの死生観について、日本キリスト教団高砂教会の手束主任牧師が永眠者記念礼拝で
語ったメッセージを6回シリーズでお届けします。
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手束牧師の「死」にまつわる説教 第3回
 3.そして彼は死んだ
【聖書テキスト】

アダムの系図は次のとおりである。神が人を創造された時、神をかたどって造り、
彼らを男と女とに創造された。
彼らが創造された時、神は彼らを祝福して、その名をアダムと名づけられた。
アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、
その名をセツと名づけた。
アダムがセツを生んで後、生きた年は八百年であって、ほかに男子と女子を生んだ。
アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。そして彼は死んだ。
セツは百五歳になって、エノスを生んだ。セツはエノスを生んだ後、八百七年生きて、
男子と女子を生んだ。セツの年は合わせて九百十二歳であった。そして彼は死んだ。
エノスは九十歳になって、カイナンを生んだ。エノスはカイナンを生んだ後、八百十五年生きて、
男子と女子を生んだ。エノスの年は合わせて九百五歳であった。そして彼は死んだ。
カイナンは七十歳になって、マハラレルを生んだ。カイナンはマハラレルを生んだ後、
八百四十年生きて、男子と女子を生んだ。カイナンの年は合わせて九百十歳であった。
そして彼は死んだ。
マハラレルは六十五歳になって、ヤレドを生んだ。マハラレルはヤレドを生んだ後、
八百三十年生きて、男子と女子を生んだ。マハラレルの年は合わせて八百九十五歳であった。
そして彼は死んだ。
ヤレドは百六十二歳になって、エノクを生んだ。ヤレドはエノクを生んだ後、八百年生きて、
男子と女子を生んだ。ヤレドの年は合わせて九百六十二歳であった。そして彼は死んだ。
エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。エノクは神とともに歩み、
神が彼を取られたので、いなくなった。
メトセラは百八十七歳になって、レメクを生んだ。メトセラはレメクを生んだ後、七百八十二年生きて、男子と女子を生んだ。メトセラの年は合わせて九百六十九歳であった。そして彼は死んだ。
レメクは百八十二歳になって、男の子を生み、「この子こそ、主が地をのろわれたため、
骨折り働くわれわれを慰めるもの」と言って、その名をノアと名づけた。レメクはノアを生んだ後、
五百九十五年生きて、男子と女子を生んだ。レメクの年は合わせて七百七十七歳であった。
そして彼は死んだ。
ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテを生んだ。
(創世記5章1-32節)



 明治時代のクリスチャン作家として名を馳せた人物に、徳富蘆花がいる。
彼の代表作は有名な「不如帰」である。その小説は、尾崎紅葉の「金色夜叉」を凌ぐ明治時代最高の
ベストセラーとなったものである。主人公は陸軍中将の娘浪子だ。彼女は幼児期に母と死に別れ、
継母に育てられた。しかし亡き母を慕いつつも父の慈愛を一身に受け、やがて、少し憂いを含んだ
美しい女性として成長していった。そして陸軍中将の川島武雄と出会い、二人は結婚。
人も羨む仲睦まじい夫婦生活を営んでいったのであった。しかし彼女は結核を患い、悲劇が突然襲う。
武雄の母はこの不治の病に罹ったなみ子を強制的に離婚させる。二人はそのような状況にあっても尚
愛情は冷めやらず愛し合っていくのであるが、しかし運命は残酷にもこの二人を引き裂いていく。
やがて、浪子は愛する武雄の名を呼び続けながら死んでいくという、当時の全国の、特に女性達の
心をつかんでやまなかった美しい悲劇の小説であった。まだまだ根強い封建時代の中で無理矢理
引き裂かれていった二人の愛が余りにも哀しく、深く人々の心を抉った。故にベストセラーとして多くの
人々を魅了したのであろう。この小説の中で、浪子はこのような言葉を告白している。
「人間は何故死ぬのでしょう。千年も万年も生きたいわ」と。生きるということへの人間の執着心を
見事に表現した言葉である。勿論、背景には日清・日露の両戦争があり、死をより意識する
時代であったのであろうが、しかし、人間というものは、その根底に長く生きたいという生きることへの
執着心が強くあり、この言葉の中にはそのことが正直に込められているのではなかろうか。
それ故に、この言葉は人々の心を掴み、一世を風靡していったのであろう。


何が人生に大切なのか

 私達は、どうでもよいようなことに多くの時間を費やしたり、しなくても良いことをしたりするものである。
しかし、時間が限定されるというようなことになるとそうはいかない。一体、自分は何をするべきなのか、何が大切なのか、自分に与えられている本当の務めは何なのかを考えるようになる。
癌患者に向かって慰めの言葉として往々にして「どうぞゆっくりお休み下さい」と言うことがある。
しかし、これ程不適切で不親切な言葉はないと隅谷氏は指摘する。ゆっくりお休みなさいどころではない、もう時間がないのである。一生懸命何かしなければ、今しかできない何かをしなければと、
彼らは考えるというのである。このように、死ぬということが、実は、私達の生きるということの
刺激になり、また、生を充実させるその動機となる。死ということを意識した時、
私達はそこから本当の生きるということが始まってくるのである。
 この創世記五章には、アダムからノアまでの系図が記されている。これを読むと一人ひとりが途方もなく長生きであることが分かる。何とこの系図の人物の平均寿命は八五七、五年である。
この途方もない寿命をどう解釈するのか。
 これを合理的に解釈しようとする企てもある。例えば、個人名でなく、世襲名なのではないか。
日本でも徳川時代などそういったことがあったし、歌舞伎界等由緒ある家系はそうである。
また他の解釈として、一年を一ヶ月と数えたのではないかという説もある。
 しかしこれは理に合わない。何故ならエノクは、この計算でいくとわずか六歳で子供を生んだことに
なってしまう。従って、この解釈にも無理がある。そこで、この系図が意図する本当の解釈とは、
つまりこうである。この系図は科学的事実として描いているのではなく、信仰的、霊的な意図をもって
描いていると解釈するのが自然ではないだろうか。
 ある人々は、時として科学と信仰を混同してしまうことがある。聖書は霊的書物であるが故に、
信仰的事実を記しているのであって、科学的事実を記しているのではない。それだから、聖書は
非科学的であり、信じるに足りないというような言い草は間違っている。聖書は信仰の書物、
霊的書物である。呉々も自然科学と混同しないようにしなければならない。
 それでは一体、この系図に描かれている人々の途轍もない長寿というのは、何を意味するので
あろうか。
それの意味するところはこうである。当時の神を信じる人々は、長寿、多産、冨、知恵などを神の祝福の
証拠だと考えていた。従って、長寿であればあるほど、それは神によって祝福された人生を生きたという
確かな証となったのである。
 だから、この人物がどれ程神に祝福され質的に充実した人生を歩んだかを表現したいが為にこれ程の
長寿に記したということである。つまり質的充実を量的多数として描いたのである。


「生」の質

 考えてみれば、私達でも同じ五十年間生きたとしても、質的内容的に差が出てくるものである。
ある人にとっては、その五十年は質的に百年以上に相当するかも知れない。しかし、ある人は、
同じ五十年生きても、実質的には二~三十年の生き様で終わってしまうかも知れない。
 遠い昔に既にギリシャ人達はこのことに気付いていた。彼らは時間という言葉を
二つ持っていたのである。一つは、〝クロノス〟、もう一つは〝カイロス〟である。
前者は、所謂今私達が使っている量的な時間であり、後者は、質的な時間を表す。
同じ量の時間であっても質的に豊かに生きることによって大きく違ってくる。
時間を充実させ、伸ばすことができるのである。あなたは〝クロノス〟を生きているのか、あるいは
〝カイロス〟を生きようとしているのか、どちらであろうか。
ただ時の過ぎゆくままに無為に過ごしているのか。それとも充実した豊かな人生を生きているのか。
この差は大きい。では、私達はどうしたらカイロスに生きられるのか。
質的に充実したカイロスの人生を生きられるのであろうか。
 創世記の記者はこの五章においてこう語る。それはまず第一に死を意識することだと。
故に五節、八節、十一節、十四節に何度も繰り返して「彼は死んだ」、「そして彼は死んだ」、
「そして彼は死んだ」と記し、人間は死すべきものだということを強調しているのである。
また、詩篇の記者は次のように語った。「我らにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を
得させてください」(詩九〇・一二)。即ち「私達はいつか必ず死ぬのです。だからその死を強く意識させて、そして知恵ある生き方をさせてください」と詩篇の記者は叫んだのである。私達の教会は毎年十一月に永眠者記念礼拝を捧げている。この永眠者記念礼拝の第一義的な意味は、天上に送った方々を偲び、
記念することである。そして第二義的には、実は、私達一人ひとりが死というものを強く意識する
ことによって、より充実した内容ある人生を送ることができるようになることを願っているのである。


聖霊に満たされた人生

 そして二番目にどうすれば質的に充実した人生を歩めるのか、聖書の記者は語る。
一節に「神は人を創造された時、神にかたどって人を造った」とある。他の箇所でも同じような表現が
いくつか出てくるが、これは一体どういう意味なのだろうか。ある人々はこのように考えている。
神様にも人間と同じように、頭が一つ、手が二本、足が二本あって人間と同じ姿なのだと。
しかしこの箇所はそのようなことを言っているのではない。そういう目に見える状態を言っているのでは
なくて、霊的な意味合いで語っている。即ち、神にかたどって造られたということは、神がそうである
ように、全く聖霊に満たされていたということの表現なのである。最初の人アダムは聖霊に
全く満たされた人間であった。神が息(霊)を吹き込んで、そのように造られたからである。
これが神にかたどって造られたということである。
(このことについて拙著「続・キリスト教の第三の波」にて詳しく記しているのでお読みいただければ幸いである)。
だとすれば、アダムの子孫である私達も神にかたどって造られている、つまり本来は、聖霊に満たされて造られたということである。
ならば、逆に言うと、私達は聖霊に満たされるならば、神にかたどって造られた人間になっていく
ということである。そしてこの時、私達は人生を何倍も豊かに生きていくことができるのである。
 以前ある婦人にこう言われたことがある。「手束先生は二百歳くらいに見えますね」。
私は瞬間どういう意味なのか分からなかった。続けて彼女は言った。「先生は何でもよく知っておられ、
知恵深いですね」。ああそういう意味だったのかと解り、私は何と嬉しいことを言ってくれるのかと
感謝したことを覚えている。また、ある牧師は私に向かって、「自分も一生に一冊位は本を出したいと
願っているが、君は超人的だ。他の牧師以上に忙しい牧会に加えて、次々と書物を出版している。
それは普通では考えられないことだ」と、つくづく語ったことがあった。確かに私自身もそう思わされる。
超人的とまではいかずとも、尋常ではない働きをさせていただいていることを感謝している。
この力はどこから来るのか。それは決して私の力ではない。聖霊によって、聖霊に満たされることに
よって力が与えられてくる。聖霊が私に知恵を与え、促して、次々と構想を与えてくださる故に
出来てきたことである。
 聖霊の満たしと導き、支えの中で、何倍も時間を膨らませて有意義に人生を生きていける。
何と素晴らしいことであろう。これは決して私だけではない。また一部の人に与えられた特権でもない。
聖霊に満たされるならば、誰にでも与えられるものである。主イエスは、私達にその内容豊かな
充実した人生を歩ませるためにこの地上に来てくださった。そのために十字架にかかってくださり、
贖いとなって聖霊を注いでくださった。何と感謝なことか。私達は主の十字架を仰ぎ見、
聖霊に満たされて、この地上の日々を主と共に生き、質の高いカイロスの人生を
全うしていきたいものである。

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