月報 2011 5月

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特別早天祈祷週間で受けた恵みの数々(1)ー幸福の栞ー

特別早天祈祷週間で受けた恵みの数々(1)
  ―幸福の栞―

永戸 昌和

 先般の特別早天祈祷週間に参加した「証し」を語ることを許され感謝です。この感謝の気持ちを「幸福の栞」と名づけます。
一、はじめに
 少し自己紹介を。一九四七年三月十四日生まれ、六十四才です。生まれ育ったのは、マッチ、製鎖、漁業または祭りの町で知られる白浜という播磨灘に面した小さな漁業の町です。前職は公務員、今は貧乏な年金生活で気楽に暮らしています。
二、神様との出逢い
 一九六三年、姫路市内の高校に通っていた時に教会に行き、牧師から神様のメッセージを受けました。そこで、奉仕活動の好きだった私の下に神様の御言葉が聞こえたのです。それは、マタイによる福音書五章一三節から一六節にある「世の光、地の塩」だったのです。そのころ、毎週木曜日に姫路市内の四カ所にある孤児院(現在の児童養護施設)を訪問し、孤児とのスキンシップをとる、色々な相談事を一緒に考える、あるいは宿題を一緒にやる等の奉仕活動をしていました。
 そこで私は感じたのです。私だけが神様の御言葉を頂くだけではもったいない。きっと同僚の学生の中に神様の恵みを分かち合える者が居る筈、その想いで、Hi―Y(ハイスクールYMCAの略)クラブ同好会を作りました。そうしたところ、やはり賛同者が居り、数名の男女で聖書研究が始まりました。
 そのように神様との出逢いに恵まれ、十八歳で教理を勉強し受洗の準備が整ったある日、二歳上の姉と父にそのことを話したところ、姉はOK。しかし父はNOでした。当時は父の威厳が強く、ご飯を食べさせてもらうだけでも感謝なことだったのです。そのような理由で、四十五年間教会をジプシーの如く渡り歩き、そこでいろんな牧師との出逢いがありました。
三、お祈りが我が心
 私のお祈りと言えば、昨年までは、クリスマス、イースター、ペンテコステなど特別な礼拝の時と、会食の伴う会議でなされる食膳感謝のお祈りでした。それは、教会の仲間、クリスチャンの仲間がお祈りを捧げた後に、ただ「アーメン」と言うだけのものでした。でも、神様によって高砂教会へと導かれ、その扉を叩いた後は全く違ったものとなりました。神様は生きる希望と活力を下さっているのです。お祈りをすることは我が心の真髄であると感謝しています。
 これまで私は、人一倍の試練を受けてきました。しかしその分、恵みも多く受けました。実は、私は母乳では育っていません。米のとぎ汁と少しのお砂糖で育ったのです。栄養失調であった我が子を抱き、母は涙の日々だったそうです。母は亡くなる寸前まで「あんたは可哀相な子やった。十分にしてやれずに済まなかった」と謝ってくれました。このような私を、今こうして早天祈祷にお招きくださり、そこで「今日一日健やかで平安でありますようにお守りください」と祈れる事は素晴らしいことと感謝しつつ、毎日を始めています。私が神様を信じて祈れば、想いを神様が聞き入れて下さるのです。それはこの世の贅沢では得られない恵みです。
四、神様の恵み
 このように、高砂教会に来て神様の子となり、主イエスの弟子になれたことは、私にとって〝感謝〟の言葉以外にありません。その理由は、こんなにも近くに祈る場所を頂き、心を癒す場所にめぐり会えたのは、私の信仰への神様の恵みだと思うからです。そして、手束主任牧師先生以下スタッフの先生方にも恵まれて、私の思想にぴったりとそぐう神様からのメッセージが頂け、信仰がいつまでも新鮮に感じられることも神様の恵みです。また地域に打ち解けた日常生活が送れること、さらに、亡き妻の後に優しい女性とめぐり会えたこと、そして何よりの恵みは、これからの人生、二度目の青春を神様と共に歩めることです。
 神様が私の存在をすべてを認めて下さった事に感謝し、自らの証しとしての「幸福の栞」を閉じます。  

特別早天祈祷週間で受けた恵みの数々(2)ーえっ、もう終わりの時間なのー

特別早天祈祷週間で受けた恵みの数々(2)
  ―えっ、もう終わりの時間なの―


青木 藤代

 ~朝毎に新しい主の恵み受けて、変わらない主の愛に私は生きる。いつも主イエスの恵みは降り注ぐ。私は受ける十字架の恵み、私は歌う十字架の愛を~この賛美から始まった三回目の特別早天祈祷週間。祈りは聴くこと…と、一方通行でなく双方向の祈りに集中し臨みました。一週間前より早寝を心がけ、体内時計で毎朝午前四時前に起床、ゆとりを持って身支度を整え、教会に休まず集え感謝でした。
 神様の呼びかけに応えると、何故かとても元気になれるのは不思議です。「天のお父様、今日も目覚めさせて下さり、新しい朝を迎えることが出来感謝します」と挨拶するだけで私は心が満たされます。聖堂に入り座るだけで心が安らぐのは、祈り込まれた空間に起因しているからなのでしょうか。明治生まれ、ノンクリスチャンの両親が教会付属の幼稚園を選び、それによって、幼い頃から神様と共に過ごす良い環境が与えられていたのも不思議な恵みです。
 実は、今回は不参加…と思っていたのですが、ひょんなことから、イースター晩餐会で早天のアピールをすることになり、セーラー服姿の女子高校生役を爆笑の中演じました。結果、〝怠惰マン〟に勝利し参加することができました。~主の臨在の御前で…主を畏れる者に主の目は注がれる~。決して気紛れで休憩を入れたりすることなく、常に主の目が注がれていると気付く度に、何という恵みなのだろうと感動します。ずっと気付いていたのに気付かぬ素振りで逆らったり、何と長い時間を無為に過ごしてきたのでしょう。神様ごめんなさい。にも拘わらず、主は忍耐強く目を注ぎ続けて下さいます。
 一月の高砂聖霊アシュラム、二月のデュナミスコースと教会行事が進むにつれ、再び私にとって忘れられない季節が巡ってきました。春を迎えるイエス様の受難と復活の時は、共に私自身の時でもあります。殊に今年は東日本大震災と重なり、厳しいものとなりました。茫然自失、瓦礫の中に立ちすくむ被災者の姿と自分とを重ね、心が折れそうになっていました。その様な中で、「一人の婦人が、家族、家、仕事、何もかもが津波で流されました。でも私の心は流されていません」と主が語られるのを聴き、我に帰ることができました。しかし、心は戻っても、体調は一気に戻りません。すっかり食欲をなくしたまま横になっていると、突然次男家族が来宅。部屋を片付け、台所をピカピカに磨き、料理を作り、と大変気を遣ってくれました。また、家が綺麗になったら気分も爽快になっただろうと、温泉旅行にも連れ出してくれました。〝邪念とゴミは捨てなさい。家が綺麗だと心も洗われます。家の汚れは心の汚れ、家の散らかりは心の乱れ。神様は待っています綺麗な家を…〟と絵文字入りメールまで貰う羽目に。勇気を持って私が送ったミコトバメールの返信が先のメールでした。かつて弟の棺にしがみつき離れなかった次男も、その後、良き伴侶に恵まれ、昨春は待望の男児も与えられて、流行先取りイクメンパパになっていました。
 また昨夏、日野原重明先生百歳記念兼ドイツオーバーアマガウ・キリスト受難劇鑑賞と、聖地イスラエル旅行という、素晴らしいスピリチュアルケアの旅を天のお父様がプレゼントして下さいました。過去の恵みを忘れることなく、恵みに慣れることなく在りたいと改めて思わされました。さらに、早起きのおかげで、デュナミスの時は、ジョン先生、シンディ先生、ペイトン先生を空港へお送りする恵みにも毎回与っています。
 今回の特別早天祈祷週間は、楽しい祈りに導かれ、手束主任牧師先生の鳴らす終了合図の鐘の音に驚き、「えっ、もう終わり」と、祈りの時間がいつもと違いとても短く感じられるひとときでした。その後、リビングライフで目にとまった箇所、ジョシュア・ツリーの信仰「5+1週間」を励もうと、みことば暗唱を心掛けているのですが、主よ覚える傍から忘れてしまうのです。する事は山程有るのに時間は有限です。「天のお父様、あなたが今日私の為に立てられた計画は何でしょうか。主の導きを敏感に悟り、ただ主の計画を一つずつなしていくことができるよう助けて下さい」という祈りに導かれています。主に感謝、主に栄光。


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