月報 2011 7月

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被災地支援ボランティア第二陣に参加して(1)ーまるで初代教会のようなー

被災地支援ボランティア第二陣に参加して(1)
ーまるで初代教会のようなー

伝道師 小森 康三

主の御名を讃美いたします。去る2011年6月13日〜18日まで、私たち高砂教会から八名のチームで東日本大震災の復興支援の一環としてボランティアへ行かせていただきました。被災した範囲は非常に広範囲に渡り、どこも必要がありましたが、祈りの中で私たちは福島県いわき市へと導かれていきました。
 私たちボランティアチームを受け入れて下さったのは、自らが被災しておられながら復興のために全力を尽くしておられるグローバルミッションセンター(森章師・以下GMCと略す)という教会でした。非常にフレキシブルな教会であり、御霊がどのように導かれているかに敏感な教会でした。震災後の日曜日、礼拝直前にいわき市が捌ききれない物資をなんとか保管しいつでも配ることの出来る場所を探していた中で、広い礼拝堂を持つGMCに依頼が来たという事でした。森師は祈りました。「主よどうすべきですか?」と。主は「人々に仕える事も礼拝だ」と語られ、物資を教会の礼拝堂に運び入れる事を決意しました。その瞬間から、地域の為の働きが継続され続けています。また教会をフルオープンにし、世界各国からボランティアチームを受け入れ、常時数十名の人々がGMCを拠点として地域の復興の為に全力を尽くしています。

 ボランティアの内容は日々刻々と必要に応じて変わっていきますが、私たちが滞在させていただいたタイミングでの働きは、「がれき撤去」、「炊き出し」、「避難所での足湯・マッサージサービス」、また必要な物資を取りに来られる地域の方に物資を渡していく「生活支援センター」の働き、様々なストレスの中におられる方々とお茶をしながら交わりお話を聞かせていただく「カフェ」の働き、またボランティアチームを支えるための食事や教会を整えるための働きなどがなされていました。それら全ての働きの動機は「キリストのように」でした。キリストが人々に仕えたように、私たちも仕えることを通してキリストの愛を流し出したい…と。

 皆様の祈りの中で支えられ、たくさんの祝福があり、証ししたいことは山ほどありますが、その中で最も教えられた事をお証しさせていただきます。それは教会の底力でした。まるで迫害や困難の中でいよいよ熱く燃え上がる初代教会のようでした。毎日朝に夕に讃美と祈りが捧げられ続け、クリスチャン達が食を共にし、皆が一つとなり、地域の人々が口々に「教会にはお世話になっている」と言う程に人々に好意を持たれ、まるで使徒行伝二章四二節〜四七節に書かれてある初代教会の様子そのもののような有様がそこにはありました。わたし自身もその輪に加えていただき、共に主を礼拝させていただく恵みの中で、リバイバルの気配を肌で感じています。そして迫害や困難の中で初代教会がますます外に外にと出て行ったように、GMCもあらゆるチャンスを用いて教会を外に持ち出そう、世に出ていこうとしていました。

 巨大な地震、そして巨大な津波、そして甚大な被害…私たちはこの事を嘆くだけでありたくはありません。悲しみを復興の為の祈りに、嘆きを復興の為の行動に、リバイバルの為のアクションに繋げていきたいのです。被災地においてクリスチャン達がこの状況の中で確かに神の御手が共にあると信じ、立ち上がり、実際の行動を持って人々に仕えはじめています。またノンクリスチャン達も、形あるいつかは崩れゆくものではなく、天に目を向け始めています。いよいよクリスチャンの真価が問われているように思わされています。言葉だけ、語るだけでなく、実際の行動を伴ったクリスチャンとして歩ませていただきたいと強く思わさるのです。人々が真理を求め、救いを求め、永遠に変わらないものを求めています。それを知り、受け取った教会が(私であり、あなたが)世に出て行きそれを言葉と行いとによって示していこうではありませんか。教会が宗教を、そして宗教臭さを脱ぎ捨て、その生き生きとしたキリストに倣った生き様を持って世に出て行く時です。皆さん、共に励んでまいりましょう。







被災地支援ボランティア第二陣に参加して(2)ー行動に表された 信仰・自由・愛ー

被災地支援ボランティア第二陣に参加して(2)
ー行動に表された信仰・自由・愛ー

宣教師 手束 アンドリュー

 2011年6月13日、福島県いわき市へ向かう十四時間の旅の間中、私は「どうしたら影響力のあるクリスチャンになれるんだろう」と考えていました。それは最近ずっと私の思いの中にあったことで、このことについて新しい洞察を示して下さるようにと神様に切に求めていたことでした。それはもし私たちがクリスチャンとして魂を勝ち取り、キリストのために私たちの国を変えていきたいなら、私たちの周りの人たちに、また地域社会に、また私たちが住む国において、影響力を持つ必要があるということを深く確信していたからです。

 この福島でのボランティアの体験は霊的な面においても、交わりの面においても、信じられないほど意味深いものでした。賛美と礼拝を通して、主の臨在の中に戻ってリフレッシュするというだけでなく、「奉仕することを通してキリストの愛を分かち合う」というただひとつの目的のために、世界中からやってきた人々との交わりもありました。しかしながら最も意味深かったことは、私が思いめぐらしていたことへの答えを、主が明らかにして下さったことでした。

 ボランティアの初日、私たちには瓦礫(がれき)撤去・掃除の仕事が割り当てられました。男性七人のチームで津波の被害を受けたノンクリスチャンの方の所へと行かせていただきました。彼はコンビニを経営し、備蓄倉庫を持っておられ、自分の家、備蓄倉庫、コンビニの全てに甚大な津波被害を被っておられました。私たちは家屋から壊れたものを取り出し、それを細かに分別しました。手作業でそれらの仕事をしているときに、ふと私の目に同じチームのメンバーの一人が着ていたTシャツの言葉が飛び込んできました。それは「行動に表された信仰・自由・愛(Faith Freedom & Love Demonstrated)」という言葉でした。いかなる理由にせよ、それはとてもインパクトのあるもので、どういうわけか私の頭から離れませんでした。話を短くすると、そのボランティア作業の終わりに、チームメンバーの一人がその家の人に「チームであなたのために祈ってもいいですか?」と尋ねると、彼は何のためらいもなく「はい!」と答えたのです。私はこのような出来事を、このいわきでの滞在中に何度も何度も目撃しました。そこではノンクリスチャン達の心が開かれ、祈りを求めていたのです。

 この経験を通して、私は「アンドリュー、これがあなたの問いへの答えだ」と神様が語って下さっていると感じました。「もしあなたが影響力のあるクリスチャンになりたいのなら、信仰・自由・愛を行動に表わすべきだと。あなたが信仰・自由・愛を行動に表していくなら、誰もイエス・キリストの福音を無視することも拒絶することもできない」と。

 ヤコブが言っている通りです。「わたしの兄弟たちよ。ある人が自分には信仰があると称していても、もし行いがなかったら、なんの役に立つか。その信仰は彼を救うことができるか。… 霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。」(ヤコブ二・十四—二六)

 兄弟姉妹、信仰・自由・愛を行動に表していく練習をしましょう。私たちの教会の中で、また私たちの地域において。そうするなら、世の人々は私たちの主イエス・キリストの愛と救いの恵みを確かに体験することができるでしょう! アーメン!    (原文は英文、小森仁美主事訳)



被災地支援ボランティア第二陣に参加して(3)ー放射能の地「福島」を選んでー


被災地支援ボランティア第一陣に参加して(3)
―放射能の地「福島」を選んで―

西 村 麻 里

 ボランティア第二陣として福島県いわき市へ行ってきました。平キリスト福音教会(グローバルミッションセンター)に5泊6日で滞在し活動させていただきました。行き先を決めるにあたりメンバー全員で祈りました。初め、宮城県と福島県が候補に挙がっていました。そして神様が全員に示されたのは「福島へ」でした。他の被災地ではなく福島へ行く意味はどんなことなのかと考えました。原発事故もあり世界の国々の関心が寄せられ、そして風評被害さえ受けなくてはならなくなってしまった福島。ここへ神様が行くようにと導いて下さっているのだから、放射能の心配や現地でどんな働きができるのかなという心配は一切必要ないということ!すべて委ねて行こうと決めました。

 グローバルミッションセンターは、名前の通り世界各国から約60~70人のボランティアが集まっています。日本人も外国人も共に協力して瓦礫の撤去や床下の泥かき、避難所での足湯や炊き出しを行います。夜には共に賛美しその日の働きを報告し合います。朝は祈りの時が持たれ、礼拝堂でそれぞれが自由なスタイルで祈ります。主任牧師の森牧師先生は、只々主を賛美するお祈りをいつも捧げておられました。けっして飾らない言葉で、沸き起こる感謝を素直に表される姿を拝見し、私まで喜びと力を頂き一日を始めていくことができました。

 この教会には支援センターが設けられていました。日本だけでなく諸外国から届く物資を必要なところに運んだり、また教会内で被災者に渡したりもします。私はそこでヘアカットをさせて頂くことができました。カットをしながらたくさんの方のお話を伺いました。津波で家が土台ごと流され建っていた場所すらわからない人、夫がまだ見つかっていない人、避難所を転々とし今も家族がバラバラな人、家族全員が職を失った人、家はあっても原発が近くて帰れない人など、一人ひとりそれぞれにドラマのようないきさつと現状があります。そして皆さん同じようなことを言われました。「あの日のたった数分の地震で人生が変わってしまった」と。突然襲った地震と津波、そして先の見通しがつかない原発。けれど人々はこんな状況の中にあっても希望を持ち始めていました。形は様々です。一文無しになったけど命が助かったので頑張ると言った人、原発のことは大変だけどこれがきっかけにになって世界中が原発を見直す動きが起こっているから自分達の辛さは無駄ではないと言った人。あるいは今はたくさんの人に助けてもらっているから今度どこかで災害が起こったら必ずお返しがしたいとか。そして神様が何かを伝えようとしているんだと思うと言った人もあります。

 〝いつまでも悲しんでばかりいられない〟という思いが眼差しから伝わりました。今だけを見て失望することがないようにと人々に希望を与えられた神様は、本当に素晴らしいお方です。そして誰よりもこの出来事を悲しんでおられたのではないでしょうか。人々は大切なものをあまりにもたくさん失ったので夢も希望も失いかけました。いや、あの時は失ったかもしれません。でも今は違います。神様はこのことを通して大きな計画をなして下さっていると思うのです。それは偉大な〝祝福計画〟です。福島だけでなく被災地全体を、日本中を創り変えられるのではないかと思わされています。神様は日本を愛しておられます。祝福しようと願っておられます。

 ですから私達はもっと力強く祈っていく必要があります。海外から訪れたボランティアのクリスチャンもきっと同じ思いでいることでしょう。自分達の国へ帰った今も祈ってくれています。復興には継続的な支援が必要です。小さな事でも私達にできることはまだ色々あります。被災者への寄り添う思いを忘れることなく祈り続けていきたいと思います。




被災地支援ボランティア第二陣に参加して(4)ー崩壊した町にひざまずいておられるイエス様ー


被災地支援ボランティア第一陣に参加して(4)
 ―崩壊した町にひざまずいておられるイエス様―

三 島 こ ず ゑ

 3月11日の震災以来、テレビの報道を見ながら、いつかボランティアとして何かをしたいと思い、ネットで受け入れてくれるところがないか調べていました。けれども還暦を過ぎたおばちゃんの出番はありません。そんな時に、第二回震災ボランティア募集が教会で募集されました。現地へ行って迷惑ではと迷いましたが、目的地が、原発問題と寝るところの確保が難しい為ボランティアが不足している福島である事、また色々なボランティアの仕事があるという事で、「私でもなんとかなる」と、ただ主にゆだねようと思いました。

 6月13日早朝、8名のメンバーで出発、夜8時過ぎに目的地である福島県いわき市のグローバルミッションセンターに到着しました。ちょうど夜のミーティングの時間で足の踏み場も無い様な中、半分は外国の人というボランティア構成に驚きつつも同世代の人を見つけてホッとしました。
 次の日は朝6時からの「感謝と讃美の時」に出ました。まず讃美リードがあり、その後は決まったプログラムはなく、導かれた人が自由に祈り、御言葉を読み、讃美するというものでした。前日からの緊張が讃美と祈りの中でほぐれ、心が解放され丸ごと受け入れられている…そんな不思議な感覚でした。私の中で、津波で崩壊した町にひざまずいておられるイエス様のイメージが浮かんで、神さまがどんなに、被災された人々のことに深く心を痛めて心配しておられるかが伝わってきて、〝私が来たのは間違いではなかった〟との思いを強くしました。

 どんな作業をするかは、朝のミーティングの中で、ボランティア要請(瓦礫撤去、炊き出し、ボランティアセンター内の清掃、物資を取りに来られた方へのお茶の接待、ボランティアの為の食事作り、避難所への足湯サービス等)によって、各自が自由に決めるようになっていました。必要に応じて、ボランティアをさせていただくという姿勢が貫かれており、それぞれが主の御用をしているという喜びに溢れていました。

 私はまず食事作りのグループに入りました。そこで、この教会にとってボランティアの拠点として人々を受け入れることがどれだけ大変な決断であったかを知りました。ボランティアのほとんどは四日から六日程滞在する人々であり、初めての場所であるということで、細々とした説明から始まり、部屋の割り当て、次々かかってくる電話の応対、朝早くから瓦礫撤去に出て行く人のためのおにぎり作り、トイレの掃除、また、疲れてお腹をすかせて帰ってくるボランティアのみなさんにせめて夕食はちゃんとした物を出したいと食事作りをされているスタッフ、それは祈り無くしてはとても出来ないことでした。そのお手伝いが出来たことは、迷惑をかけてしまうのではと思いながら参加した私にとって、とても嬉しいことでした。

 ボランティアには終わりがありますが、現地スタッフの方にとってはいつまで続くか分からない日々です。この方々が、疲れ果ててしまうことのないように支えていく事も主の喜ばれることと思います。これからも、次々と震災ボランティアが計画され継続していくことを願っています。




被災地支援ボランティア第二陣に参加して(5)ー「恢復の為の破壊」をもう一度噛みしめてー

被災地支援ボランティア第二陣に参加して(5)
ー「恢復の為の破壊」をもう一度噛みしめてー

秋 山 ひ ふ み

 1995年年1月17日に起こった阪神・淡路大震災! 青春時代を神戸で過ごした私は、燃え盛る街を見て、全ての物が消えて無くなってしまうような喪失感に襲われていました。この時、手束牧師先生は礼拝メッセージを「恢復の為の破壊」と題して語られました。「神様はこの地を今よりもっと良い地に変える為、あえてこの町を破壊された、そこでクリスチャンは今までの信仰を悔い改め、主の前に祈っていかなければならない。なぜならこの恢復はクリスチャンの祈りにかかっている」と。あれから十六年が経ち、未曾有の東日本大震災が!今や世界のあちらことらで地震が起こっていますが、あんな大きな津波を見たのは初めてでした。今回の震災に際して、多くの牧師先生方が異口同音に言われるのは、〝教会の一致とリバイバルの為、聖書からしか語れない希望を被災された方々に届ける〟と。福音を語る良きチャンスの時としてこの震災をとらえておられるということです。私も、この震災が「恢復の為の破壊」であり、日本がキリストの福音によりリバイバルすることを願います。

 今回第二回目のボランティアチームが向かった地は、放射能汚染が心配される福島県いわき市でした。平キリスト教会の宣教部門であるグローバルミッションセンター(以下GMCと略す)は、以前、続々と送られてくる救援物資等が市の競輪場に集められていましたが、それらが有効に用いられていないことを知った教会スタッフによって建て上げられたという経緯があります。今回の参加メンバーがあえてこの地を選んだのは、震災に加えて放射線被害がある地、折角行くなら少しでも苦しんでいる方々の所へ……という思いからです。参加メンバーは小森伝道師を隊長に、アンドリュー宣教師、青年、婦人一人ずつに加えて、後の四人はシニアの女性達でした。〝六十歳以上でも出来る働きはたくさんあります〟との情報を得て(笑)、六月十三日早朝五時半に高砂を出発、アンドリュー宣教師が加わって下さったことで、会話はそれぞれ拙い英語となりました。意味が合っているのか、伝わっているのか、兎に角賑やかで笑い声が絶えず、まるで修学旅行のような旅でした。

 夜八時半過ぎに現地到着。パチンコ屋だったビルを改装したという教会二階のリビングでは、すでに全員集合で夜のミーティングが始まっていました。今日一日の働きを報告する会です。玄関は靴が溢れかえり、足の踏み所もない状態でした。もっと驚いたのは、あまり広くないリビングに六十名程の人々が集合し讃美していたのです。半数近くがアメリカ(ハワイも含む)、カナダ、ブラジル、韓国、台湾、又日本に来ておられる宣教師先生と信徒の方々、道中交わした英語は早速用いられることとなったのです。出発直前「リバイバルジャパン」誌で、このGMCの活動リーダーである五十嵐ご夫妻に起こった事件について書かれている記事を読みました。四ヶ月の次女(愛波ちゃん)が突然召され、又、献児式を行う中で愛波ちゃんの額にヘブライ語らしき文字が浮かび上がったとのことでした。その意味は「その御名」ということで、愛波ちゃんが主に覚えられている事を確信し、皆が喜びに溢れたとのことでした。この記事には、「日本に『初代教会の再来か?』」、副題に「いわき市でトランスフォーメーションの足音」という見出しがありました。使徒行伝二章にある初代教会がここに在るということ、もう放射能汚染地としての暗いイメージはすっ飛び、今このところに主がご臨在し、祝福されている事を知りました。

 毎朝行われる早天礼拝は讃美と祈りで満ち、主の臨在を豊かに豊かに覚える時でした。こんなにも濃厚な主の臨在に触れられて…と感動で涙があふれました。又、主のために立ち上がった一人の青年によっていわき駅構内で行われているデリバリーチャーチ(通称デリチャ)を目にし、「彼は只あの場所で主を礼拝しているだけ」と森牧師は言われておりましたが、私には、その青年がステパノの姿と重なって見えました。

 最早このいわきの地は放射能汚染に怯える地ではなく、リバイバルの拠点として選び出され、この所から初代教会の姿を写し出して大きく証しをなしていくことだろうと思わされます。そして、日本民族総福音化運動の働きの一端を力強く担っていかれる事でしょう。

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