月報 2011 12月

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ディサイプルセミナーを受講して(1)ー「祈りのミサイル」をどんどん打ち込んでいきたいー

ディサイプルセミナーを受講して(1)
―「祈りのミサイル」をどんどん打ち込んでいきたいー

奥野所 小百合

 今年度から新しく養育システムが始まり、ディサイプルセミナーを受講できた恵みを感謝します。学び終えた今となっては、多くの事を教えられ、受けてよかったと感謝していますが、最初は不安もあり、消極的な感じでした。それというのも、共に受けさせていただくメンバーを見渡せば、勧士・執事の方が多くおられるし、学びの目的は、「自分で伝道メッセージを語れる伝道できる者となる」だったからです。私は、おまけのメンバーで、と思っていたのですが、神様は小グループのリーダーという役目を与えて下さって(じゃんけんでキレイに勝ったからですが)、それで「もう逃げられないな」と思って覚悟を決めて、学びが始まっていきました。

 学びは聖書を開き、御言葉を書き、読み、覚えという感じで、伝道について聖書はどう言っているか、弟子とはどういう者かを繰り返し学びました。特に御言葉を書くということは、恵みだったと思います。口で告白するという事も、もちろん大切ですが、わたしの場合、書くことは集中しないとできないので、御言葉を噛み締めながら書くことで、自分の中に、また大切な御言葉が蓄えられたと思って感謝しています。

 毎回この学びに入る前に必ず賛美する曲がありました。「美しい素晴らしい主」ですが、この曲のある部分に来ると、いつも心から賛美できないでいました。それは「力の限り主に捧げます」の所で「力の限り」を重く受け止めてしまって、素直に賛美できなかったのです。学びも終盤に入り、ふと気付かされました。自分の力で何かしようとしているから喜べないのではないか、別の事でも、神様が良しとされているのに、納得できない自分がありました。神様がOKなのに自分自身でNOを出していました。傲慢ですね。自分の力で自分の基準でやろうとしていた事に気づかされました。もっと祈り、自分の思いではなく、聖霊様と一致して進んでいきたいと思いました。「一千人教会」というビジョンを掲げる教会に加わる者として、クリスチャンとして、「伝道」はとても必要な事です。それと同時にこのような言葉を聞き、とても印象に残りました。それは「祈りのミサイル」です。一人でも多くの人が一致して祈るなら、今導かれている求道者が、そして隠されている求道者が救われることに繋がると教えられました。また、これはセミナーではありませんでしたが、ある姉妹が証しをして下さいました。自分が頑張って頑張って伝道して救われるより、陰ながら祈り込んで救われた人の方が、神様がしっかりと魂を掴んで下さり、結果的に喜んで教会に来ている。そしてそれは、早天で祈ることがより聴かれると言っておられました。本当にこの証しを聞いて、救いのために「祈りのミサイル」をどんどん打ち込んで、行動していきたいと思いました。

 全ての学び、また課題読書の中から私が受け取ったことは、全てを導かれている全知全能の神様が、今この時代のこの場所に私を置いて下さって、「高砂教会」という群れに加えて下さったという事。これは、神様の計画であると同時に、先に救われた人々の、熱い祈りと、何にも屈せず福音を伝え続けて下さった事のゆえであると強く思わされました。使徒の時代から、その中の一人でも諦めていたなら、私の所に福音は届けられなかったかも知れないと思うようになりました。それなら私も、先に救われ、恵みの中に置かれている者として、するべき事があるのではないかと思わされたのです。神様が私を使って、福音を届けようとしておられる所に、届けていきたいと思います。聖書には、教会は「キリストのからだ」であると書いてあります。一人一人は「高砂教会」という名前のキリストの体の一部分であると思うのです。神様が、イエス様の体の一部として呼んで下さっているなら、私のするべき事は何でしょうか?まだ、見つかっていなくても、与えられたことを感謝しつつできる限りやっていきたいと思いました。





ディサイプルセミナーを受講して(2)ー完璧、完全である事よりもー

ディサイプルセミナーを受講して(2)
―完璧、完全である事よりも―

井上 知美

 第一期のディサイプルセミナーを受講しました。去年、ハーベストを終えて、今年はディサイプルセミナー。とんとんと良い流れでした。しかし、クリスチャンになって二年足らずの私からすると、周りがすごい先輩ばかりで、わたし、ついていけるのかしら・・・と思ったのは事実です。始まると、まさしく弟子訓練でした。まず、御言葉の書き写し個所が、すさまじく多いのです。これも訓練・・・と思い書いていると不思議な感覚になりました。

 確かに、長時間ペンを持つなんて、大人になってからあまりありませんから、疲れてくるのですが、写すというのは、読むだけの時よりも御言葉が入ってくるんですね。というか、写し終えた後に、平安が訪れているのを感じました。これはすごいなと本当に思いました。

 このセミナーは、数人ずつでグループに分かれ受けています。このグループで、デボーションの分かち合い、課題図書の分かち合いなどもあり、すごく充実していました。思った事をシェアすると、色んな角度から、それぞれに神様が語りかけている事がわかり、自分も話す事で、また語られた事が明確になる。そんな時間でした。

 学びでは、たくさんの事を学びました。例えば、弟子とは??ピリピ三・一七『兄弟たちよ。どうか私にならう者となってほしい。また、あなたがたの模範にされている私たちにならって歩く人たちに、目をとめなさい。』とあるように、模範になるような生活を送る事や、主と共に歩む者である事、などなど。
 伝道についてもたくさんの発見がありました。

影響力というのは、伝道しようとする人とふれあう時間、量に比例する。命とは時間である。ということでした。どれだけ、その人と時間をもてるか・・・今身近なところでは、母、そしていつも遊んでいる親友に伝えようとしています。クリスチャンとして良い模範となって、良い物を流しだしていきたいと強く思いましたし、私しか関われない、教会外の友人にも積極的に関わっていこうと、新たに思わされました。

 その他、祈りの事、オープンセル、ミッションセルの事などなど、たくさん学びました。その中でも、二人一組で、伝道する側、される側になり、実践的に模擬伝道する時間もありました。これがなかなか難しく・・・教会に誘い、神様の事を伝えて、信仰告白までもっていくという流れだったんですが、途中で『あれ?最後どうしたら閉めれるんやろう??』となった事も多々ありましたが、何回かしているうちに、一回目よりはスムーズになってきました。しかし、本当に求道者に伝道していく際にはこんなに上手には進まないとは思いますが、このような実践練習は緊張しましたが、とてもよかったです。

 あと課題図書がありました、牧師先生の『命の宗教の回復』やリック・ウォレン氏の『人生を導く五つの目的』でした。 『命の宗教の回復』は以前読んでいたので、もう一度読み返す良いチャンスとなりました。『五つの目的』はまだ一度も読んだ事がなかったのですが、この機会に読む事ができて良かったです。読んでいくうちに、色んな事を思わされました。そこで思わされた事は、礼拝や、さまざまな事が、パフォーマンスになっていないか??一つ一つに心を込めているか??ということでした。

 そして、『完璧、完全である事』よりも、欠けていても『真実』である事を目指そう。『何をした』ではなく『どれだけその事に愛を込めたか』に焦点をあてていこうと強く思わされました。
 なかなか、大ざっぱな私は、細かな事に気を配る事が不得意なので、弟子として未熟な自分のどの部分を伸ばすべきなのか、そして神様に仕えるために、神様の目的の為に、私に託して下さった目的の発見となりました。

 半年間のセミナーでしたが、充実した時間となり、神様が私に色んな事を語りかけてくれる良い時間となりました。

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