月報 2012 2月

タイトルをクリックしてください        

私のための高砂聖霊アシュラム(1)ー「参加しなさい」との声に促されー

私のための高砂聖霊アシュラム(1)
―「参加しなさい」との声に促されー

新谷 園子

 二〇一二年の年頭に開かれた高砂聖霊アシュラムに初めて参加させて頂けた恵みを、心から感謝しています。今までは子供が小さかったこともあり、なかなか参加することを選び取れずにいました。でも昨年の秋、祈祷会でアシュラムの為に祈る時があり、その事を祈り始めた途端、「参加しなさい」と神様の声が聴こえ、涙が止まらなくなり、参加の決心が与えられました。そして祈りつつアシュラムの時を迎えたのでした。
 アシュラムでは四回の静聴の時があり、与えられている聖書の箇所を一時間静まって読み、祈りつつ、神様が私に何を語って下さっているか聴いていきます。四人の子育てをする中、こんなに長い時間静まって御言葉を読む時がなかなか持てていなかったので、とても恵まれました。一回一回私に必要な御言葉が与えられたことを感謝しています。ルカ八章四~一八節の種まきのたとえの箇所では、自分の心のあり方について深く問われました。それまでの自分のデボーションは、静まってというより慌ただしくしていて、へり下って御言葉を頂くというより、上からガサガサ探すような態度だったことを悔い改めました。そして、いつもよい心で御言葉を頂いていきたいと思わされました。
 また他の時には、自分の内面についても迫られました。神様が愛して下さっているように自分を愛せていない、傷や弱さがあるのも分かっていながら、奥深い部分にまだ蓋をしてしまっていることを示され、解放の為に具体的に祈っていこうと思わされました。
 静聴の後には、ファミリーの時があり、恵みの分かち合いがなされました。メンバーお一人一人のお話にもとても恵まれ、共に祈り合う時が持てたことも感謝でした。
 聖日礼拝においても素晴らしい恵みを頂けたことを心から感謝しています。手束主任牧師先生は、「御言葉はいい人生をつくる」と題し、ルカ一〇章三八~四二節から語って下さいました。聖書には宝がぎっしりつまっている。御言葉を聴いて事を始めていくことの大切さ、神の言葉を聴くには、聖霊に満たされ、飢え渇いて求めていくことの大切さを教えられて感謝しました。
 福江先生からは、「礼拝は祝福の源泉」と題し、詩篇一三三編、ヘブル一〇章二五節から語られました。礼拝に集まることを大切にしよう。いい教会は初めからそこにあった訳ではなく、教会員の心が合わされ、実現のための取り組みが始められた時から形成されていくのだと語られ、私たちも更にそうありたいと願わされました。
 股村先生は、「あなたは私を愛しますか」と題し、ヨハネ二一章十五~十九節から語られました。試練を乗り越える時は、そのままの自分を受け入れ、主を愛することに心を向けていくこと。主を愛することは使命(魂を愛し養育していくこと)を果たしていくこと。命とは守るためでなく使うために与えられているのだと語られ、先生が今児童伝道に導かれていることについてお証し下さいました。私自身、「わたしの羊を飼いなさい」の御言葉が与えられ、教会学校教師を重荷を持ってさせて頂くようになっていたので、とても励まされました。
 最終日の充満の時には、先生方から、神様を知ると同時に自分を知ること、自分の内側を処理していないと人生に勝利できない。また、上から力を授けられるまでは都に留まっていなさい。都とは自分の持ち場、立場であると語られました。自分の置かれているところで、祈りつつ聖霊の力を頂き、内側も整えられて、更に主に従っていきたいと思いを新たにさせて頂きました。
 今回初めてアシュラムに参加させて頂いて、多くの恵みを頂けたことを心から感謝しています。これからも日々御言葉に親しみ、豊かに実を結ぶ人生を歩ませて頂きたいと、心から願っています。

 





私のための高砂聖霊アシュラム(2)ー神様の視点で自分を見つめ、愛したいー

私のための高砂聖霊アシュラム(2)
―神様の視点で自分を見つめ、愛したい―

西田 登紀子

 お正月気分も抜けきらない中、開会礼拝の途中から参加という慌ただしさでしたが、新しい年を豊かに恵まれた四日間でスタートすることができて、心から感謝します。
 実は、週報ボックスにアシュラムの参加申し込み用紙を見つけた時には、暫く教会を離れていた私にとって、アシュラムがまだ続けられていることに感動はしましたが、参加する思いはなく、そのままにしていました。しかし神様のご計画では、私は参加することになっているようで、気が付くと、連鎖静聴日課を毎日の聖書通読と共に取り組むようになっていました。
 そして、使徒行伝を読み進むうちに、二〇年近くも前に、日野市で開催されたアシュラムに、手束主任牧師先生とご一緒に参加させていただいた時の素晴らしい恵みの体験や、手束主任牧師先生を心から尊敬し信仰の醍醐味を示して下さった石神兄、懐かしい栃尾教会の酒井先生や兄姉との心温まる交わり、また、外部からの多くの参加者をお迎えして開かれた第一回高砂聖霊アシュラムの四人の委員の一人に加えていただき、姉妹方と心合わせて祈り、期待して準備をし、溢れる恵みを頂いたことなど、次から次へと思い出がよみがえり、神様はどんな時もいつも私を愛し導き、その時その時に必要なものを与えて下さっていたことを改めて思わされました。
 そして今回は、以前アシュラムに参加した時よりも心にゆとりがありました。そうです。役割が何もないのです。何という贅沢な神様からの贈り物でしょうか。私は全身全霊自分だけのために、この四日間たっぷりとみことばに聴く時を与えられたのです。
 回心の時に、自分の祈りの課題をファミリーの兄姉に聞いて頂くことで、自分の目標がより明確になり、静聴にもいよいよ集中することができました。また、一人で祈っているのではなく、ファミリーの兄姉が共に祈って下さっていると思うと心強く、更にしっかりと祈ることができました。
 静聴箇所では、ルカ七章の罪の女を通して、この女を赦さず、受け入れられない心が自分の内にあることを示されました。また、ルカ十章には、「自分を愛するようにとなり人を愛せよ」と記されています。私は自分を、良いところも悪いところも全て受け入れて愛しているでしょうか。自分自身の見たくない部分に蓋をして都合のよいところだけを見ていないでしょうか。自分に受け入れられないところがあれば、他の人をしっかりと受け入れ愛することはできません。
 神様はこんなに欠けたところの多い私を赦しして下さっています。すでに癒された傷痕にいつまでもこだわらず、神様の視線で自分を見つめ、自分を愛するようにとなり人を愛したい、良き隣人になり、神様の愛を伝える者になりたいと思います。
 静聴では、短い数節を何度も繰り返し読んで、誰かに解説をしていただくのではなく、自分で御言葉に聴きます。初めはなかなか集中できないこともありますが、神様が直接自分自身に語りかけて下さるという素晴らしい体験をすることができます。これからもアシュラムが続けられ、多くの兄姉と共にこの体験をし、喜びを分かち合いたいと願います。
 今回のアシュラムは、静聴箇所もファミリーも、福音の時に隣に座って下さる兄姉も、私のために備えられていると思える程、祝福されました。





 

日本キリスト教団 高砂教会  
〒676-0015 兵庫県高砂市荒井町紙町1-34  TEL-079-442-4854 FAX-079-442-4878
Copyright (C) 2010 Takasago Church Corporation. All Rights Reserved.