月報 2012 4月

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第三次震災被災地ボランティアに参加して(1)ー主は計画を静かに成しておられるー

第三次震災被災地ボランティアに参加して(1)
―主は計画を静かに成しておられるー

籠谷 裕美

 「あなたの携えることができる喜びの種をまきなさい」。地震から一年が経った日の礼拝メッセージに力を受け、六人の教会のメンバーと共に、東日本大震災被災地の第三回目となるボランティア活動に参加させていただきました。今回も二回目と同様、福島県いわき市にある「グローバルミッションセンター」という教会の支援活動に参加させていただくという形でした。この教会は元々一階はパチンコ店、二回は旅館であった建物を買い取られたそうなのですが、まだリフォームもされていないところに今回の震災に遭われ、その直後は、全国から集まってくる膨大な支援物資の保管配給場所として建物の一階部分を提供したりしながら、その後もずっと支援活動の使命を担ってこられたそうです。この一年間で一万人以上のボランティアグループを受け入れ、刻々と変わる被災地のニーズに柔軟に応えた支援活動を続けて来られ、「地域の方々から『グローバルさん』と呼ばれ信頼されていますよ」と、ある学校の校長先生が教えてくださいました。私たちもその活動に加えていただき、こちらにいると、これまで全く分からなかったような地域のニーズにマッチした活動をする事が出来て、ありがたいことだと思いました。
 私たちが加わったのは、大きく分けて三つの活動でした。その内で一番大きかったのが、いわき市の薄磯地区という海辺の地域に菜の花の種を蒔くという作業です。十五人程で二日間、小脇に種袋を抱えてまさに花咲じいさんのように蒔いて回ったのです。これは、花が咲いた後に菜の花を抜き取ると、その後の土壌が扱いやすくなるというのが目的なのだそうですが、何よりこの地域が黄色い花でいっぱいになったらいいなと思いました。いわき市の中でも三大被災地の一つである薄磯地区は、あの日M7を超える津波に流されて壊滅的な打撃を受け、二百八十軒あった家屋や建物の内たった十軒しか残らなかったそうです。今ではほとんど誰も住めない状態となっていました。がれきは撤去されていましたが、家の土台だけがまだそのまま残され、多くの生活道具が泥の中に埋もれていました。所々に花がぽつんと植えられていて、そこに、「泥棒さんお願いですから花を取らないで」と子どもの字で看板が立てられていました。ここにあって、当たり前のように続いていたはずの普通の暮らしが、あっという間に無くなってしまったという事実を目の前に突きつけられ、心がえぐられるような想いで、ただ祈るしかありませんでした。それぞれが主の哀れみを祈りながら、ひたすら黙々と種を蒔き続ける作業はどこか宗教的で厳粛な感じもありました。作業の途中、この地域の真ん中あたりの場所に、グローバルミッションの教会が建つことが決まっていると聞かされ、主の目がすでにここに注がれていることを感謝し、まだ何もない廃墟のようなその建築予定地に手を置いて、そこに居合わせたクリスチャンたちと共に祈りました。主は新しい事をされる方です。砂漠に道を、荒れ地に川を造られるという讃美は現実でした。ハレルヤ。
 他にも、小学生や中学生のための避難経路を山の中に造るというPTAや消防団の作業に参加させていただいたり、少しだけですが、教会のカフェや仮設住宅の集会所で行われている裁縫教室に参加させていただいたりもしましたが、どの活動にも共通して感じたことは、「主はご自分の民を用いて計画を静かに着実に成されている」ということです。グローバルを運営しているメンバーは、その働きの大きさに比べ驚く程少人数です。彼らは、震災後呼ばれるように全国から集められてきた人が多く、最初は数日のつもりだったのが、そのまま一年も支援活動を行ってきたのだと聞かされました。主に従って、静かに笑顔で仕えておられる姿に、信仰の模範を見たような気がします。まだまだ彼らの働きは用いられるでしょうし、それには、同じ信仰を持つ仲間の励ましや支えが絶対に不可欠だと思わされました。








第三次震災被災地ボランティアに参加して(2)ークリスチャンは何と心強い存在なのかー

第三次震災被災地ボランティアに参加して(2)
―クリスチャンは何と心強い存在なのか―

前田 明宏

 先ず三月十五日、出発の日は朝早くに高砂教会に集まり、早天祈祷にメンバー全員参加してから、午前六時半頃福島に向けて出発しました。
 福島に行くことが決まってから、いろんな人に「元気でね!」とか「楽しんできてね!」とか言われていたんですけど、その時の僕は「被災地で真剣に生活してがんばっている人や、今も様々な思いで苦しんでいる人たちの前に、そんなテンションで行けないな~」と、暗い気持ちになっていました。でも運転していた小森先生が、「ボランティアに来る人たちが暗くてテンションが低かったらなんか嫌でしょう、元気に楽しくいきませんか!」と言ってくれました。(あ、そういう意味だったのか!)深々とアーメンでした。
 行く道中や身の回りに必要な物に使うためのお金も献金してくださった兄弟姉妹(感謝です)のおかげもありまして、色々と充実して楽しく、無事に夜七時半頃福島に着きました。
 僕たちが宿泊や食事等お世話していただいた場所は、「グローバルミッションセンター」(以下GMC)という教会です。
 GMCについて先ず驚いたのは、外国人の割合です。約半数の人たちは外国人で、中には東日本大震災を聞いて直ぐに住み込みで働いていたり、外国から長期に亘ってボランティアのために滞在している人たちもいました。日本人も、他県から震災の被害を聞きつけ、そこでずっと働いている人たちがいました。ほとんどの人たちがクリスチャンで、毎日祈りながら賛美しながらいわき市のために働いていて、僕も一緒に生活させてもらいつつ、GMCの人たちの優しさや復興への熱い気持ち、クリスチャンとしてのライフスタイルや考え方まで、学ぶところがとても沢山ありました。また、ボランティアに行く先々すべてで、GMCの人たちは現地の人と明るく話しをし、一生懸命働いていました。現地の人たちも心を開いているのがよく分かり、被災地で働いているクリスチャンはこんなに心強い存在だったんだと思いました。
 十六日、僕たちはいわき市の薄磯という海沿いの地に、菜の花の種まきのボランティアに行きました。ここに来て初めて、津波の被害にあった場所に行きました。僕のイメージでは、土砂や瓦礫に埋もれている悲惨な感じでしたが、実際見たら違いました。その場所の瓦礫や土砂の撤去は大体終わっていて、そこはまさに「無」でした。家があったと分かる基礎のブロックや、所々お風呂だけがあったり、生活用品が埋まっていたり、見渡せば町全体がすんなり見渡せてしまう、とても虚しい状態でした。
 菜の花を植えるのは、食べたり出来るという目的もありましたが、その時いたメンバー全員で「被害にあった人々の哀しみは想像を絶すると思いますが、どうか菜の花が咲き広がって、見た人たちの心が少しでもほんわかとなりますように」と祈りまくりながら、一町分蒔いてきました。種を蒔くには時期が遅かったらしいですけど、きっと咲くと大きく期待しています。
 十七日は、種まきの残りと飲料の運搬を手伝いました。
 十八日は、小学校の避難路の整備の手伝いに行きました。かなり険しく、かなり長い山道を鉄パイプを持って行ったり来たり(しかも土がぬかるんでいてよく滑る)する仕事で、ちょっと危険でしたが全員無事に終わりました。
 十九日は、避難所となった中学校の校長先生に話しを聞かせてもらいました。
 こんな感じで毎日過ごしていたら、あっと言う間に四日間過ぎていきました。
 十九日の夜福島を出て、二十日早朝無事帰ってきました。思い返せば、このボランティアは本当に祈りと共にありました。高砂教会の皆に祈っていただいて、道中も朝も夜も祈りながら動いてきました。そのおかげで、本当に微力な僕たちではありましたが、無事に、主の計画の中で少しだけでしたが働くことが出来ました。感謝します。また、現地を見て感じることもありますので、またこのような機会があれば、多くの人が行って欲しいと思います。
 文章苦手ですが、、とにかく言葉で表せないような貴重な日々を過ごせました。引き続き、被災地の復興と癒しの大いなる力を期待して、東北のために祈っていきましょう。





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