月報 2012 7月

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素晴らしかった地区宣教協力会修養会(1)ー大切なのは力まないで委ねるということを知るー

素晴らしかった地区宣教協力会修養会(1)
―大切なのは力まないで委ねるということを知るー

副牧師 新田 恵一

 高砂教会を会場に、播州地区キリスト教宣教協力会の信徒修養会が行なわれたことを主に感謝いたします。宣教協力会は、現在、二十八教会と一個人の加盟によって構成され、春の信徒修養会、冬の市民クリスマスという二大行事を中心に、播州地区の宣教の拡大という目的のために活動しています。
毎年、信徒修養会は姫路福音教会を会場に行なわれて来ましたが、今年はこの時期に使用出来ないという理由で私たちの教会が会場教会になったのですが、修養会後のアンケート等を見ますと、他教会の牧師先生方や信徒の方々の中には、「以前から高砂教会に行って見たかった」、「高砂教会での集会は素晴らしかった」という多くの感想をいただき、主が証しのために導いて下さった事を思い、御名をあがめました。この事を見る時に、高砂教会が宣教協力会に属し、私も教会から派遣され、役員として奉仕させて頂いていることは、地方教会に仕え、また日本民族総福音化という私達の教会に与えられているビジョンに繋がっているのだなぁと、実感させられています。
今回の修養会は「良い実を実らす良い木になろう!」というテーマで静岡サミル聖書教会の李英洙師をお迎えして行われましたが、本当に素晴らしいメッセージを頂けて感謝しています。幼児期に受けた様々な傷、それによって受け取ってしまっているメッセージ、自らが決心してしまっている事柄が、いかに自分自身の人生に、信仰生活そのものに影響を及ぼしているのか、またそこから脱する道が何なのかを単なる心理学的なアプローチによる講義やメッセージではなく、先生ご自身の生きた証しを聞くことが出来たことが参加者にとって大きな慰めと励ましになったようです。それ程、多くの人々がクリスチャンになった後も、この内面の問題に縛られ、悩み苦しんでいるという事実があるということです。ある参加者の方は、精神的・肉体的な病のゆえになかなか外に出る事が困難な生活を送られている中で、この修養会に期待して参加され、李先生のメッセージを通して慰められ、内なる癒しの一歩を踏み出したというお証しも聞いています。今回のテーマで行われたことは来られた人々のニーズにぴったりと合ったものだったと知り本当に良かったと思います。
また、先生は優秀な音楽家であられ、今回はメッセンジャーとして来られるのでその歌声を聴くことは難しいのかと思っていましたが、毎回度に讃美して下さり感激しました。また、私は先生の移動の運転手役もさせていただき、個人的な交わりも持たせて頂くことができました。修養会では聞くことが出来なかった話の続きや興味深い先生の経歴のエピソード、その他のお話をお聞き出来てとても勉強になりました。特に印象的だったのは、信仰の奥義と歌を歌う発声法は似ているというものでした。どちらも大切なのは力まないで委ねることが必要。力むと歪むが力まないとスムーズに美しく表現されるそうです。音楽家であり、また牧師であり、内なる癒しを体験された李先生ならではの言葉に納得と感動を覚えました。また、いつか先生をお迎えしお話を伺う機会が与えられる事を切に願います。
さて、もうひとつ宣教協力会の働きとして「市民クリスマス」が開催されます。
今年は吉本新喜劇座長として人気を博した故・岡八朗の長女であり、ゴスペルシンガーの市岡裕子さんをゲストにお迎えし有料にて開催されます。いよいよ宣教協力会の働きが盛り上がっていくためにも、今年の市民クリスマスを成功させる必要があります。どうぞみなさんのご協力をよろしくお願いいたします。





素晴らしかった地区宣教協力会修養会(2)ー内なるいやしを通して、創られたままの自分にー

素晴らしかった地区宣教協力会修養会(2)
―内なるいやしを通して、創られたままの自分に―

秋山ひふみ

 今年の播州地区宣教協力会による信徒修養会は高砂教会を会場として行われ、私たちは、聖日のメッセージを含め計三回、他へ移動することなく今回の学びを受けることが出来ました。
 講師の李英洙先生は牧師であると同時にテノール歌手でもあり、その声量ある歌声は、流石行く行くは一世を風靡するオペラ歌手に…との期待が大きかったと言われる様に、聖堂一杯に響き渡り、私たちを感動させて下さいました。
 今回のメッセージテーマは「心の傷とその癒し」についてであり、先生曰く「人はこの世に生を受けた時から現在に至るまで、心に傷を負っていない人は一人もいない。その深さや数は人によって違っているけれど、多かれ少なかれ心に傷を負ってしまっている。人は心に傷を受けると、その痛さから逃れようと心を歪めてしまう。それは一人一人の人格に大きく影響を与え、苦い根となって潜在意識の中に悪い感情を貯えてしまう。その様な心のカラクリがある。その苦い根からは決して良い樹は育たず、当然良い実を結ぶことは出来ない」と。
 ご自身の辛い過去の体験を赤裸々に語って下さり、人がどの様に傷付き、傷ゆえにどの様な言葉を発し、どんな行動を取っていくかを教えて下さいました。幸い高砂教会では二十年程前から交流分析の学びを取り入れ学んでいましたので、李師の語られる御言葉がよく理解できました。潜在意識の中に何が潜んでいるか自分自身判りません。無意識の部分ですから。しかしこの無意識の中に潜んでいる何かが私たちの意識の部分をも支配してくるのです。しかも無意識は95%を占めているのですから。もし心の傷が悪い感情や苦々しい感情をたくさん貯めているなら、必然的に私達の日常的な言動には良くないものが現れてくることになるのです。
 なぜ人を愛せないのか。伝道に行きたいのに人が恐くて出て行けない。その不安が何処から来ているのか、多くの悩みの奥底に心の傷があった事、それが古い革袋になっていたこと、多くを教えていただきましたが、後半では、それが癒され、人は変えられていく事を見事に証しして下さったことは感謝でした。
 子どもが幼ければ幼い程受けた傷は深く、それには母親の愛、父親の愛の不足が原因となっていることを聞いた時、私にもそのような覚えがあると思いました。病弱な母は入退院を繰り返しており、私は父の知人に預けられて育ちました。とても可愛がられたことを覚えています。しかし夜中フッと目を覚ました時、母がいない、呼んでも答えがない!とても悲しく不安でした。自分を支えてくれる軸や土台がないと感じた幼い私は、とても泣き虫で一旦泣き出すと一日中泣いている様な子どもでした。心細く不安だったのです。その感情は大人になっても続きました。イエス様の愛を知るまでは!。これから結婚し子育てをしていく若者達にとっても、この教えはとても大切な学びとなると思います。
 後半のメッセージでは、受けた傷はどう癒されるのかを語って下さいました。苦々しい思い、傷付いた心の思い、感じている不安、悲しみ、怒り、それをどう癒して行かれるのか、その時こそが聖霊様の出番だと。あえて神様を自分をこの世に産み出してくださった〝母なる神〟と呼び、思いの限りをぶっつけて行った時、優しい声で「済まない」とあやまって下さったと、私たちの苦しかったこと、悲しかったこと、辛かったことを解って下さり、知っていて下さる存在があったことを知った時、本当に心は癒され解放されていくものだと、李師はご自身の癒されていく道程を通してを熱く語って下さいました。人は内側が癒された時、神様が創って下さった本来の姿に戻ることを知らされました。






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