月報 2013 4月

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牧師先生、牧会四十周年おめでとうございます(1)ー御夫妻の御配慮に心から感謝してー

 牧師先生、牧会四十周年おめでとうございます(1)
 ー御夫妻の御配慮に心から感謝してー
 汐崎多々子


 主は遠くから彼に現れた。わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた。(エレミヤ三一・三)

 私が手束牧師先生と始めてお会いしたのは、一九七三年の初夏の頃でした。先生が就任されて数ヵ月後、受礼のお勧めをいただき大喜びで三ヶ月の受洗準備に臨みました。しかし、洗礼式が近かずくにつれて、胃の痛みが激しくなり、喜ばしいはずの洗礼式当日は背中から針で刺すような痛みが襲って来る中でしたが、物置と化していた聖壇は黒いカーテンが外され十字架が掛けられ、主を礼拝するに相応しい場所としてきれいに整えられて、天井からクリスマスの丸いクランツが下がり、キャンドルに灯が点されていました。それを見た時、胃の痛さを忘れる程嬉しかったことを昨日のことのように思い出します。一九七三年十二月二十三日、私は手束先生の授洗者第一号としての名誉に与りました。
あれから四十年・・・その後、先生の熱心な執り成しのお祈りに支えられ、病んでいた胃は手術を受けることもなく半年後すっかり癒されました。しかし洗礼は受けたものの、その後、この癒しの恵みを信仰で捉えることが出来ず主の道から逸脱してしまいました。こうして今在ることに本当に心から感謝しています。               
 けれども、そんな不信仰な私を主は見放されることなく、回復の道をドラマチックに備え待っていてくださいました。やがて私は、教会に聖霊降臨が興ったことを風の便りに聞きました。そしてたまに行ってみると、礼拝では聖歌が歌われ、ギターやバイオリンで奏楽がされ、何よりも人も増え明るく華やいでいきました。しかしそんな時、私の家に高砂教会脱会を誘う手紙が舞い込み驚きました。その頃、手束先生は聖霊刷新、是か否かの戦いをされておられたのです。幸い私はその騒動に巻き込まれることなく高砂教会に在籍し続けることができました。それは主の憐れみだったと思います。また、そうこうしているうちに会堂建設の話が持ち上がりましたが、私にはこの計画が主の御心であることを悟ることが出来ず、主の呼びかけに応答することも出来ませんでした。しかしそんな時、神様から大きな取り扱いを受けた私は主のもとに立ち返る決心をしました。この事がなかったら、私は相変わらずクリスマスクリスチャンを続けていたことでしょう。そして、そんな私を寛大な牧会的配慮をもって迎え入れてくださったのは手束牧師先生です。本当に大きな素晴らしい主の愛と赦しをいただきました。先生の「自己憐憫と被害者意識に陥っていては、恵みは来ません」とのお言葉に、感謝をもって大きく心を方向転換させ主の道を歩み始めたのです。
 あの日から、教会が私の全てになりました。何よりも、手束先生により神の国の牧会理念をもって勧められる弟子訓練は、早天祈祷会、聖日礼拝、奉仕、交わり、伝道等々、他に類を見ないかけがえのない信仰成長の力となり、充実した日々を過ごすことができました。主と共に歩む人生がどんなに愛と平安、喜びと感謝に満ち溢れる素晴らしいものであるか、身をもって体験しつつ歩んできました。また、何時しか恵み慣れしていた私に、大病を通して主の前に深く静まる時が与えられ、聖霊様の助けと導きにより再びイエス様との関係を見直し回復した時、あれ程痛かった先生のブラックユーモアからも解放され、「私には必要な訓練であった」と笑って話せるようになっていました。これまでの四十年の歩みの中で、主の計り知れない愛と憐れみのご計画により、救いのドラマは続けられています。残された生涯も、私の中にある小さな聖霊の火は神様の目的と使命のために消えることなく燃え続けることでしょう。
神様の偉大な愛と赦しに与ったこと、また手束主任牧師先生ご夫妻のご配慮に心から感謝し、主に栄光を帰したいと思います。


牧師先生、牧会四十周年おめでとうございます(2)ー”嵐を呼ぶ男”と呼ばれる所以ー

 牧師先生、牧会四十周年おめでとうございます(2)
 ー”嵐を呼ぶ男”と呼ばれる所以ー
 松本 美和


 牧師先生は、美智子先生が共に試練を乗り越えられてきたのを、牧師家庭に生まれ育って幾度か教会分裂を体験し予行演習済みだったからと言われます。ならば、牧師先生が尋常ではない幾多の試練を乗り越えて、四十年にわたる歳月をこの地にとどまり続けることが出来たのは、ご自身の生い立ちにおいて幼い時からの孤独の経験、裏切りの経験、叩かれてもなお起き上がってきた経験のすべてが、後の、使命を担って生きていく人となるための備えではなかったかと、神様のご計画、そのスケールの大きさに驚かされる次第です。  
 長きに亘って牧師先生と共に歩ませていただいて、私の見た牧師先生像を記してみます。
①真理を探り、真理を掴んだら離さない、執念の人
私が初めて教会を訪れたのは、教会に聖霊降臨があった翌年です。毎回の礼拝で聖霊について力説しておられたことがとても印象的です。この聖霊について、何としても信徒に正しく理解して欲しいと月報に書き綴られた牧師先生の熱心が、後になって、「キリスト教の第三の波」を生み出したことはよく知られています。以後、カリスマ運動を担う教会として今日まで歩んできました。勿論、聖霊様の働きを中心にするのですから、既存のものは揺り動かされ、従来の安穏としたスタイルは覆され、嵐が巻き起こります。カリスマ運動、新会堂建設というこれまでにないヴィジョンを次々と打ち立てられる中で人々は混乱し、反発の風当たりも、世のあらゆる知恵を総動員して強く吹き荒れました。それでもなお、真理を掴んだからには離せない、苦しくても真理に従う道を選び進まれました。弱冠二十八歳の御年で見知らぬ土地に遣わされ“この地に骨を埋める”覚悟で激しい戦いに臨まれたのです。
②真理の為にたゆまず努力し、周りを顧みず前進する人
百歳まで現役?で主の御用を果たしていくには頭脳明晰、頑健な肉体!ということを握られたら、牧師先生の健康維持への意識はフル回転。ウォーキング、早天祈祷後の体操、忙しい合間の卓球は今も淡々と続けられています。継続の結果、虚弱体質だったはずの牧師先生は自称“鉄人28号”となられ、誰よりもお元気になられました。
 新会堂に移ってきてからは、大きな教会となっていくために組織をしっかりと立てあげ、ご自分は従来の羊飼い型牧会から、経営者型牧会に転換するべきであることを握られてから、寂しいことに大掃除で牧師先生のお姿を見することはなくなりました。すぐに教会の三大ヴィジョンを掲げられ、達成のための綿密な計画を立てて実践に移してしていかれました。地方教会興しで小さな教会を訪問されることをいとわれないのも、この教会の使命としてしっかり握られているからに他なりません。一度これと思われたら、目に見える現状がどうであろうと、先取りの信仰で前進していかれます。
 今は古い思い出となりつつある“韓国ソウル聖歌大合唱祭出場”のお話があった時のことです。音楽レベルの高い韓国においてさえ優秀な聖歌隊しか出場することのできない権威ある合唱祭に、申賢均先生のご厚意によりお声を掛けていただいたことに応答するとのこと。しかも百人聖歌隊を結成して!身の程知らずとはこのことではと思いつつも、先生が指揮を振られてはスタートせざるを得ません。猫も杓子も?これに参加し、万来の拍手喝采に日韓が一つとなった感動の時、このような不可能を可能にする信仰のダイナミズムを幾度体験させていただいたことでしょうか。
③硬派のようで、柔軟な人
しかし、この聖歌大合唱祭出場にしても、新しい試みで、しかも失敗できないという緊張と不安をよそに、私たちに「やってみなさい」と丸投げされる、これは、私たちにチャレンジを与え、私たちの内に可能性を見て下さる寛容と柔軟さがあるからこそできることではないでしょうか。先日の牧会四〇周年記念音楽祭では、多様な讃美チームが出場し楽しく興じました。慎重にではあるものの、新しいものを取り入れ、次世代への信仰継承を願うからこそ生まれてきた多様性であると思います。ヴィジョン達成のために、幅広い視野の中で新しいものにも目を向けていく柔軟さがあるからこそ、発展と成長もあるのだと思わされます。
 近々、牧師先生の著書「日本宣教の突破口」が世に出ようとしています。また物議を醸し出すかもしれないと覚悟しておられますが、日本人のための日本人に合った宣教の方法を見出し、それを握っておられるからでしょう。いつの時代になっても牧師先生が”嵐を呼ぶ男”と呼ばれる所以がここにあるような気がします。


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