月報 2013 5月

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感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(1)ー出版記念会並びに牧会40周年記念祝賀会に参加してー

 感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(1)
 ー出版記念会並びに牧会40周年記念祝賀会に参加してー
 四宮忠明


 参集者が300名に迫る大規模な記念祝賀会となり、聖霊様に満たされた中で、参加者全員が大いに祝福され、感激に包まれた祝賀会でした。
 祝賀会に先立って出版記念会がもたれました。「続・聖なる旅」と「日本宣教の突破口」です。特に後者の本の内容については、月報や日常の先生の礼拝説教等の中で、度々触れておられたのですが、こうしてまとまった書物として読みますと、正に衝撃を受ける内容でした。これまでの150年にわたる日本宣教の問題点を詳細に分析し、膨大な資料を集め精読した中から、日本宣教に是非必要な歴史観としてまとめられています。日本人の心を侵略国家の国民という烙印、罪悪感から解放するものであり、宣教における障害を取り除こうという主旨の書物です。侵略戦争をした敗戦国の国民という呪縛、罪悪感を公教育を用いて植え付けられ、洗脳されてきた私達の心を解放することこそが日本宣教にとって重要であるということです。この罪悪感を100%利用してきた、また今も利用し続ける周辺国にとっては、非常に都合の悪い書物です。彼らは日本をいつまでもこの呪縛の中に閉じ込めて置くことこそが、彼らの国益になると考えているからです。侵略戦争の悔い改めに立って宣教してきた各キリスト教界等にとっても、大いに不都合な書物になると思われます。即ち先生自らおっしゃるように「物議を醸す書物」なのです。この反論、反響が大きいことがまた先生の意図された効果の一つであり、出版に踏み切った意義の一つであるとおっしゃっています。
 私自身もこういう歴史観を植え付けられて育った一人で有り、洗脳教育の怖さを思い知らされた一人でもあります。先生のおっしゃるように、「歴史教育は事実のみを教え、解釈を押しつけるべきではない。」というのが正論だと思います。大東亜戦争即ち太平洋戦争は少なくとも侵略戦争ではない。他国を侵略してきた侵略国どうしの戦争であり、これを侵略戦争とするのは妥当では無いというのが安倍首相の言う「侵略戦争の定義は確定していない。」の主旨だと思います。
 嘗ての巨大帝国スペインが衰退していったように、自虐史観は国を衰退させるものであり、精神的なものが民族を衰退させることを表しています。まさに今、日本がこれに陥ろうとしていることに対する警鐘を鳴らす書物でもあると述べられています。論評者から、この鋭い内容に大いなる評価と賛辞、物議を覚悟で出版に踏み切った先生の勇気に驚愕の辞が述べられました。
 盛り上がった雰囲気の中、讃美歌「緑の牧場に」のメロディとともに、祝賀会へと移行していきました。自分のことを思い返せば40年前、私は県職員として採用された歳。廻りは全て職場の先輩で有り、何でも聞きながら仕事をすれば良かった。多くの職場を異動しながら50歳で漸く責任者の立場になるという比較的安易な生活を送ってきたと思います。多くの兄弟も大同小異の経験を積まれたことと思います。先生はと言うと、いきなり責任者として赴任され、40年間を通じて高砂教会のトップを務めるという難しくまた厳しい環境の中で、一切ぶれることなく、主に聞き従って、終始私達信徒を指導してこられました。全ての問題を引き受けることになるだけで無く、私のような出来の悪い信徒も存在しますので、その労苦は計り知れないほど大きいものであったことは容易に想像できます。多くのご来賓からの祝辞においても、全てが心からの賛辞でした。映像で綴る40年の歴史、「神の国牧会理念」は、先生の神を第一とする信仰と、信徒に対する厳しい中にも愛に裏付けられた指導に満ち満ちていました。教会外の参加者からも絶賛を浴びました。
 そしてフィナーレ。先生から感謝の言葉が述べられました。この40年の歩みを「共に歩んできた信徒達に支えられて来たからこそ達成できたことです。」とおっしゃいました。信徒にとってはこれ以上の嬉しい言葉は無いと思います。この手束先生の牧会する高砂教会の信徒として、日々礼拝できる喜びを再確認できた記念祝賀会でした。主に感謝します。

感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(2)ー40周年記念行事を終えてー

 感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(2)
 ー40周年記念行事を終えてー
 小嶋扶美


 主の御名をほめたたえます。4月に手束主任牧師先生の牧会40周年を記念する諸行事が持たれました。音楽祭では、聖歌隊やゴスペルはもちろん、たくさんの讃美チームが出て主をほめたたえ、牧師先生と美智子先生に感謝を表しました。またダンス教室やタンバリンの子供たちも活き活きと楽しそうに踊って、本当にすべての世代が出演してお祝いできました。本当に楽しく、感謝と喜びにあふれた音楽祭だったと思います。祈祷会では長く高砂教会につながり、牧師先生と共に歩んでこられた兄姉の証を聞くことができました。大変な状況にありながら、牧師先生と同じ聖霊の火で燃やされて従ってきた兄姉の信仰を見て、主が平安と情熱を与え続けて導いて来られたことを思わされました。心から先輩方を格好いい!と尊敬し、主の真実さに感動しました。そして「続・聖なる旅」「日本宣教の突破口」出版記念会、そして牧会40周年祝賀会。主を記念するのにふさわしく、たくさんの人が集まり、華やかなパーティーでした。来賓の方々の祝辞や讃美も素晴らしかったのですが、一番感動したのは最後の牧師先生の挨拶です。静かな口調で簡潔な挨拶でしたが、一言一言が深く真実の力を持って私の心に迫りました。舞台に立って主への感謝を表された先生に、高砂教会に赴任された28歳の先生が重なって見えた気がしました。そこにおられた主は、生まれたての赤ちゃんだった先生も重ねて見ておられて、その存在と歩みを喜んでおられたに違いありません。これらの記念の時すべてにおいて神様の栄光が現され、素晴らしい祝福の時となりました。
 そして40周年記念誌「神の国は近づいた―続・ヨルダンの河渡ろう―」は本当に素晴らしい本です!目次を読んだだけで感嘆のため息が出ます。この編纂には並々ならぬ祈りと労力と時間を捧げられたと想像しますが、その甲斐あってこの記念誌を読むとダイナミックな聖霊の風を感じ、高砂教会に置かれた神様の御手が見えるようです。牧師先生にビジョンが与えられ、信徒に分かち合われて、一つ思いとなって祈り前進していく。そして主の計画は必ず成る!主が油注いで立てられた権威に従うことの重要さを教えられます。そして同時に、誰もがこの群れにおける大切な役割を担っているのだということも。記念誌を読み終わったとき、5千人の給食の記事を思い出しました。少年が持っているものをまず捧げ、イエスさまの御手に委ねられて、弟子達の手を使って配られていき、人々を満たしていく奇跡。高砂教会もそのようにして成長してきたし、40周年という節目を経て、これからますます聖霊によって刷新され続け、数の上でも霊の質においてもその成長は加速度を増していくのだと信じます。そして高砂教会から地域に、日本に、また世界に向かって、神の国が広がっていくのだと確信しています。『神の国は実にあなたがたのただ中にあるのだ』ルカ17:21

感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(3)―手束牧師の宣教は人生の応援歌―

 感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(3)
 ―手束牧師の宣教は人生の応援歌―
 元高砂教会伝道師 津留田 幹夫


 手束先生ご夫妻、教会の兄弟姉妹たち、牧会四十周年おめでとうございます。このようなお祝いの席に私を招き支援していただいたことを心から感謝します。私は一九八一年~一九八六年伝道師としてお世話になりました。わずか五年余りの不十分な奉仕でしたが多くの励ましと助けをいただき本当にありがとうございました。今回は一九八六年以来二十七年ぶりに再会できる喜びを抱きながら参加させていただきましたが、それだけではなく「月報」に私のつたない文章が紹介されるということで緊張しています。「新しい皮袋」という月報の題名のようにまず私自身の価値観や習慣などが新しくされているかどうかを反省しながら神様に与えていただいいた三つの恵みについて証させていただきます。
 ① 牧会四十周年記念祝賀会の驚きと別れ
記念祝賀会にお招きをいただいてから私なりに「百周年記念誌」を読みながら記念祝賀会や兄弟姉妹たちのイメージを描いてきました。一般的に記念誌や本に書かれている内容や表現は現実よりも多少誇張されていることがよくありますが、祝賀会に参加されている教会員の表情や姿勢は、私のイメージよりはるかに喜びに輝いておられました。本当にお一人お一人が神の国の大切なメンバーであり、「高価で尊い」存在でした。このような驚き共に、三十年前の牧会十周年の祝賀会の光景が思い出されました。分裂の混乱も終息し暖かな落ち着いた雰囲気があり、ここから新しい前進と成長が始まる予感がみんなの心にありました。三十年後、まさにその予感通りいやそれ以上に高砂教会は新しく変えられ、成長し、用いられる教会として建てられていました。ただ沈黙し驚きながらその光景を眺めているだけで十分でした。この喜びの中でひっそりと私は浜田町にあった高砂教会に「本当にお世話になりました。さようなら」をしました。もはやあの時代は過ぎ去りました。過去の教会の思い出はそっと心の底にしまいこんで、若く力強く成長を続けている今の教会を心から応援させていただきます。
 ② 「『鴻鵠の志』の寵授」(四月十四日礼拝説教)の驚きの御業と気づき
秋山姉より礼拝説教のCDをいただき通勤の車の中で聞いていました。懐かしい新谷先生の聖書朗読の声、澄み切ったプリズムの賛美の声、そして懐かしいハスキーボイスの手束先生の力強い祈り。「悪霊よ出て行け、立ち去れ、二度と戻って来てはならない~」この瞬間、私の胸のつかえのようなものが消し飛んでいくのがはっきりとわかりました。ことばでは上手く表現しにくい爽快感、安心感が広がりました。さらに「癒されよ、健康になれ、丈夫になれ~」。四十分後、職場の駐車場に着き歩き始めてから気が付きました。一ヶ月前から痛めていた左足のふくらはぎ、アキレス腱の痛みがいやされ、以前のように早く長く歩けるようになりました。しばらくして、あのような不思議な力強い爽快感も足の痛みの癒しも一時的な思い込みではなかったかと心配になりましたが、「二度と戻ってはならない」という手束先生の力強い祈りに確信が回復しました。説教のCDはよく聞きますがその中の祈りが速やかに、具体的に力強く結果を確認できたことは初めてでした。神の御業はCDという情報媒体を通しても時間差であっても現れるという驚きは神への畏れに、信仰の確信に変えられていきました。改めて主イエスの御名による祈りのすばらしさと聖霊に満たされた手束先生の祈りの凄みを実感しました。この後も繰り返して聞くたびに神への畏れの念が湧き上がりました。「牧会四十年を顧みて」と副題のつけられたメッセージはあの時代を多少知っている私にとってはあたかも「大河ドラマの総集編」を見ているような印象を受けました。つまりあの出来事、あの言動の意味を今だからこそ理解できる、納得できる、共感できるという印象を強く感じました。説教の主題であった「鴻鵠の志」の意味とその必要性もまさに「アーメン」としか言えないメッセージでした。牧会40年を新たなる記念の「十二の石」として高砂教会に与えられた使命を御霊の一致によって全うされますように、心からお祈りしております。同時に私という小さな器にもどのような使命、目標を与えておられるのかを改めて祈り求め、自分の歩みを振り返りながら問い直していきたいと思います。私もまた遠くいわきの地にて「鴻鵠の志」をいただき備えられた道を歩んで行きます。
 ③「感謝はバラのように」(一九八五年七月七日)礼拝説教の余韻の中で
私の記憶では、当時の鷹取教会牧師三島先生の葬儀が行われた二日後の高砂教会の礼拝説教の題が「感謝はバラのように」ではなかったかと思います。その内容は忘れましたが説教題はその後私の記憶から消えることはありませんでした。何故、忘れることなく三十年間も覚え続けたのか不思議です。今考えみると、やはり「感動」したからではないでしょうか。何に感動したのか?当時の状況から推測すると、手束先生の働きの原点である聖霊降臨の出来事が起きた教会修養会の講師が三島先生であり、三島先生の働きへの感謝と天国へ召されたことへの哀悼の気持ちが、あの説教から手束先生の涙とともに礼拝の中に溢れ流れたからではないでしょうか。聖霊様は説教者の人格、経験、生き様(献身)を通して説教に命と感動を吹き込まれます。私もお世話になった教会、人々、友人、家族に感謝をきちんと表すことの出来る人間でありたいと願います。感謝は教えられ、躾けられ、祈りがなされていないと簡単には出来ないものであることを自分の人生を振り返りながら痛感しました。バラの花を育てるように丁寧に、時間をかけ、手間をかけながら主イエス様に感謝を日々ささげ、感謝の心を聖霊様から受け取りながら一日一日を歩んでいきたいと願います。
 感謝の心、感謝の言葉、表現は時として豊かな癒しの恵の花を咲かせてくれます。現在一緒に働いている障がい者(知的、精神)の方々に対して注意したり、指示したりすることが多いことに気づき、どんなことでも良いところを見つけてささやかですが感謝を表すときに障がい者の方々の表情が柔らかくなっていくのがはっきりとわかります。感謝されて不愉快に思う方はほとんどいないと思います。人はどんな人でも感謝し、感謝をされることによって慰めと励ましを受け、癒されて元気をもらいます。
改めて、二年前の高砂教会からの支援ボランティアの方々、祈りと援助に心から感謝します。地震や津波の傷跡、原発事故後の除染や風評被害など感謝の心を挫くような状況はまだ残っていますが、そのような状況の只中で感謝を見出し、感謝を与えていただき、復旧復興の道をともに歩んでいけますようにお祈りください。
 最後になりますが、手束先生の説教の中の「心配せんでもいい、ちゃんといいようになるから」このフレーズが一番好きです。何故かうれしくなります。あのころは貧しく小さかった高砂教会が今日このような祝福を受け日本の教会の祝福の基になって用いられている姿を見るたびに、このフレーズが心の中でユーモアと温もりを持って私の肩を軽く叩いて私の人生を応援してくれます。経済、健康、人間関係、仕事、家族、色々な悩みは尽きませんが、このフレーズを大切にして主とともに私は私なりにあるがままを生きていきます。
 いつでも、どこでも、どんな状況であっても、月報の原稿で悩んでいても「心配せんでもいい。ちゃんといいようになるから・・・」ありがとうございました。

感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(4)―『豪華絢爛』という表現がピッタリの祝いの宴―

 感動に包まれた牧会四十周年祝賀会(4)
 ―『豪華絢爛』という表現がピッタリの祝いの宴―
 京都グレースバイブルチャーチ牧師夫人 関 美 淑


 改めまして、手束牧師先生・美智子先生、牧会四〇周年おめでとうございます!
 教会作り共同研修会「リ・ユニオン」から始まり、「続・聖なる旅」、「日本宣教の突破口」の出版記念会並びに牧会四〇周年記念祝賀会に私達夫婦をお招き戴き、本当に有難うございました。主に感謝!手束牧師先生・美智子先生はじめ、諸先生方、信徒の皆様にも、心より御礼申し上げます。
 私達は、翌日の極東聖書学院同窓会まで、濃厚な神様の臨在と祝福の中で、恵みに満ちた二日間を過ごさせて戴きました。
 先ず、出版記念会では、高砂教会聖歌隊によるクオリティーの高い特別讃美がオープニングを飾り、ホテル日航姫路のあの広い宴会場内に熱い聖霊の風が吹き、大きな感動に包まれました
 出版経過報告―四人の先生方がそれぞれの角度から語られた論評を聞きつつ、やはり!我が恩師は偉大な神の器だ!と納得し、新著書に対する期待がふくれあがる思いでした。
 間に組み込まれている特別讃美でまた恵みを受け、プログラムの構成や、息の合った名司会にも、さすが~高砂教会‼と、またまた納得!
 次にがらりと雰囲気が変わり、記念祝賀会。 『豪華絢爛』という表現がピッタリの盛大なお祝いの宴。終始華やかさの中にも気品が漂っていて、主の栄光が輝いていました。
 諸先生方からの心温まる祝辞を拝聴し、また更に手束牧師先生は偉大な神の器だ!と納得の連続でした。
 尊い主の御業を誉め讃え感動に浸ったのもつかの間・・・ かねてより手束牧師先生から、「グレーシータンバリンズの讃美に華をそえて下さいね」と有り難いお言葉を戴いていましたので、いよいよ出番が近づき、美味しいごちそうにも気がそぞろ…プチプレッシャーを感じながら(それでも、〝最高のお味!美味しい〟と、ちゃっかり戴きましたが(笑))神学生の頃からお世話になり、多くの愛と励まし、ご指導をして下さっている牧師先生のお祝いの席で、ミリアム会の皆さんと共に踊らせて戴けたことに心から感謝しています。
 終盤では、感動と歓喜のクライマックス!四〇年間を貫いた「神の国牧会理念」の映像を通して、手束牧師先生・美智子先生の歩み、高砂教会の足跡を拝見し、涙がこみ上げて止まりませんでした。これまでの多くのご苦労をもお顔や表には一切出されず、いつも私達の先頭で引っ張って行って下さる牧師先生‼教え切れない多くの困難と試練、霊的戦いに勝利を治められ、日本を代表するモデルチャーチとして、地方教会興しとクリニック、民族総福音化の為に、惜しみない愛と労をもって仕えて下さる恩師の度量の深さに感無量でした。
 最後に、手束牧師先生を四〇年間支え、仕えてこられた美智子先生の心情を詩にされた「牧会四〇周年感謝讃美」 ―〝主の愛燦々と〟は、本当に圧巻でした‼
 こんなにも感動的で素晴らしいお祝いの宴を企画・準備され、全てもてなして下さった高砂教会信徒皆様のあたたかいお心と労に、何と御礼を申し上げて良いやら…
 これも偏に、手束先生ご夫妻の尊いお働きと愛の業故ですね!やはり、やはり‼偉大な神の器ですね!ハレレヤ~♪
 最高のおもてなしを受け、感動と感激もさめやまぬまま、翌日の同窓会では、手束牧師先生より、「教会の復興と成長」というテーマで講義を受け、聖霊降臨・愛と赦し・霊の戦いに勝利し、早天の祈りに勝利、神様中心に主を第一とする!等々、力強いチャレンジを与えて戴き、多くの症例をもってお語り下さいました。新しい発見と気づきも与えられ、大変有意義で、タイムリーな喜びの時を与えて戴きました。


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