月報 2013 6月

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勧士・執事一泊研修会に参加して(1)ー意識の高い研修会に参加出来た喜びー

 勧士・執事一泊研修会に参加して(1)
 ー意識の高い研修会に参加出来た喜びー
 金武バプテスト教会 横田聖子


「いのちを与えるのは〝霊″である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。」ヨハネによる福音書6:63

この度は、高砂教会の執事1泊研修会に参加させていただき、手束先生と高砂教会の愛の深さを覚えました。心からの御礼と感謝を申し上げます。
今回の研修会では、特に早天礼拝の重要性、異言で祈ることの大切さについて、改めて学ぶ時となりました。そして、講師のムン牧師の聖霊様との親しい交わりのなかで生きておられるお姿から、主のご臨在に触れながら研修を受けさせていただきました。
また執事研修会を素敵な場所と美味な食事で企画されていることも良い経験となりました。教会の社会における存在価値は、実はどんなに高価で尊い働きと役割を担っていることかと思います。そのことをクリスチャン自身も自覚するためにも、トータル的に意識の高い研修会であり、参加させていただけた恵みを自分の教会にも少しでも生かしていけるようにと思っています。
さらに研修会1日目の夜には、執事会にまでも参加させていただき、大変、恐縮ながらも感謝でした。30名近い執事会とはどのような会議なのだろうと、とても関心がありました。会議では執事各々が与えられた役割を、委員会活動を中心に、主体的にご奉仕し報告されていました。やはり、どんなに組織が大きくなろうとも、個々の献身と、個々がキリストご自身につながり、枝として教会につながり実を結ぶことを、みることができました。
研修会後に、教会の年次総会を控えていましたので、さっそく今年から部会などの小委員会を中心に活動することを取り組むことを決め、今までの責任役員(=執事)7名に、新しく執事補佐を5名任命し、リーダーシップを担う方を増やすことを決めました。牧会は牧師と教会リーダーが共に重荷を負うことの大切さと、本来のあるべき姿だということを高砂教会の執事会の働きをみて確信させられましたので、教会でもリーダー育成に本格的に取り組みたいと思います。牧師の役割と執事の役割が明確にされ、与えられた使命を忠実に果たす時、キリストの体としての教会が生き生きと成長し、宣教命令を果たすことを高砂教会の執事研修会を通して実践的に学ぶことができました。
 しかし何よりも、その中心には、一人一人が主との交わりの親密さと、主への献身があり、一日のはじめに主の声を聴くことへの飢え渇くほどの熱心さと愛があります。早天礼拝は人生の恵みの座であり、霊において生きるクリスチャンの命を育む場であることを改めて学ぶことができ本当に感謝でした。
 私は外部参加者として、今回学び経験したことを自分の教会に適応しながら恵みを生かしていきたいと思っています。本当に心から御礼申し上げます。ありがとうございました!

勧士・執事一泊研修会に参加して(2)ー神第一の信仰を貫く決意を新たにー

 勧士・執事一泊研修会に参加して(2)
 ー神第一の信仰を貫く決意を新たにー
 盛谷千恵子


十年ほど前、私は数年間教会執事として奉仕させていただいていました。少しずつその働きにも慣れてきた頃のこと、私の身辺に次々と問題が起こされるようになってきたのです。
 中でも一番気がかりだったのは、広島に残してきた年老いた両親のことでしたが、頼みとしていた姉が病に倒れたことにより、老老介護状態となった両親を世話するため、私も帰省せざるを得ない状況に置かれました。しかし、仕事を持つ私が帰省できるのは土日の休みしかありません。何よりも心を痛めたのは、教会生活がおろそかになることでしたが、ついに執事の務めも充分に果たせなくなり、やむなく辞任を申し出た私でしたが、神様を第一にできていないことへの後ろめたさから、常に心に重たいものを持つようになっていました。しかし、毎日続けた朝ごとの祈りと聖書を開くひとときは、私にとって充電の時となり、その中で主から愛と知恵をいただくことができました。
 そうして三年、弱りゆく二人がそのまま自宅で暮らすことには、限界が見え始めていました。本人達もそれを感じ取っていたのでしょう。周囲の説得を聞き入れ、じきに介護付き有料老人ホームへの入所が決定しました。私は施設での手厚い見守りの様子を見届けた上で、再び日常の生活を取り戻しましたが、その後父は急速に弱り、まもなく天に召されていきました。
今年の六月、代議員に任命され、久しぶりの教会総会に出席した私でしたが、後で予期せぬ「執事のお勧め」をいただくことになり、正直なところ大きな戸惑いを隠せませんでした。しかしその時頭をよぎったのが、昨年参加した「聖地イスラエル旅行 」の途上で強く迫られた悔い改めの体験でした。その夜私は、教会から心が離れかけていたことを素直に認め、「こんな罪深い者でも神様、もう一度用いてくださいますか」と神様に赦しを請いました。さらに祈っていると、「あなたを救いへと導いたのはこの私」という言葉が繰り返し迫ってきて、涙があふれ、すべての恐れと迷いは打ち消されていきました。
思い起こせば、私と神様との出会いは、広島にあるミッション系の高校に入ったことから始まったのです。しかし、神様に目を向けることのないままに時は過ぎていき、やがて社会人となって地元の小学校の教師として赴任する日のことでした。もう一人の新任教師として私の隣の席に座ったその人は、「私は教会に行っています」と言うではありませんか。神様は私のことをずっと心にとめていてくださったのです。そして二人を引き合わせて結婚へと導き、更に教会へと導いてくださいました。教会に行くことはかねてよりの私の念願であり、密かに期待を寄せていたのですが、その期待は見事に裏切られました。夢にまで思い描いていた救いの恵みを味わうどころか、十五年の歳月が過ぎた頃には、ただ空しさだけを覚えるようになっていました。
 このような時、神様は三度目のチャレンジ切符をくださいました。夫に兵庫教育大学大学院で学ぶ機会が与えられ、私たちは家族全員で社町に移り住むことになったのです。教会から解放された私達は、しばし神様から離れて自由な生活に浸り切っていましたが、ある時、不思議な導きによって高砂教会へと導かれることになりました。
 韓国人の留学研究生であった張(ジャン)先生ご夫妻のお誘いを受け、私達が初めて高砂教会を訪れたのは一九九〇年の四月でした。教会に一歩足を踏み入れると、そこはまるでオアシスのようで、長い求道生活で乾ききっていた私の心には、限りない平安と安らぎが与えられました。それだけでなく、神様は〝北村恵姉との奇跡的な再会〟というもう一つの想定外のプレゼントまで備えてくだっていたのです。恵姉とは同じ高校の同じクラスで学んだ仲で、再び熱い思いが蘇る程の運命的な出会いを通して、十五年間救いを求めて彷徨い続けていた私を、神様はわずか三ヶ月という驚くほどの早さで救いへと導いてくださいました。一九九〇年七月一五日、晴れて受洗の恵みに与った私でしたが、夫にも聖歌隊の指揮者という働きの場が与えられ、私たち夫婦は大きな祝福の中で満たされていました。
しかしその喜びもつかの間、翌年の春には夫の二年の研修期間が終わり、高砂教会に心を残しつつ、私達は広島の地に戻らなければなりませんでした。けれども、それから八年間、毎月一回夫を聖歌隊の指導者として教会に遣わしてくださった神様は、その働きを通して、もう一度高砂教会に戻るようにと道を備えてくださいました。こうして、一度ならず、二度も私を呼び戻してくださった主の大きな愛に応えるためにも、今、心からの感謝をもって、私らしい仕え方で主に従って参りたいと思わされています。

熱き祈りの流れの中で(1)ー早天祈祷による四つの祝福ー

 熱き祈りの流れの中で(1)
 ー早天祈祷による四つの祝福ー
 秋山光宏


 二〇一二年三月末で、八年間勤務していた第二の職場、特別養護老人ホームを退職してから、時間的余裕を得て、その年の四月から、ゆっくりですが早天祈祷会に参加する様になりました。朝の静寂のひととき、心を静めて主を讃美し、先生方のメッセージを聞き、祈りで一日のスタートを始めると、何か清々しい気持ちで一日を過ごせることを体験しました。
 早天祈祷を続けていく中でいただいた四つの恵みについて、私なりにお証ししたいと思います。
①ディサイプルセミナーの受講。新谷副牧師を講師として、二〇一二年から二〇一三年三月迄(十二月は休み)半年間、セミナーを受講しました。ここでの訓練は、単なる一信徒から、キリストの弟子として成長するための学びでした。それまで平々凡々とクリスチャンライフを送っていた私でしたが、弟子として活動しなければならない、との思いが与えられ、少ししんどい思いもしましたが、有意義な学びとなりました。
②イスラエル旅行。手束牧師先生牧会四〇周年記念行事の一環として計画されたこの旅行に、二〇一二年一〇月十八日から二十六日迄の九日間、妻と一緒に参加することができました。夢物語と思っていたことが実現したのです。聖書の世界が、現実となって自分の視野に入り、キリストの存在をより近くに感じられる旅行となり、感謝なことでした。
③近畿福音放送伝道協力会での証し。新谷副牧師から証しの話を勧められた時、私の証しが伝道のお手伝いになるのであれば、喜んで引き受けよう、との思いが与えられ、大変嬉しく思い、不思議な期待と感動を覚えたものです。二〇一三年二月七日、大阪のABC朝日放送(ラジオ番組)へ、新谷副牧師と録音の為出かけました。新谷副牧師の語るメッセージの中で、私の証の機会が与えられ、それは、三月二日の早朝四時三〇分に、公共電波を通して流されました。後日、高砂教会を久しく離れているある兄弟から、新谷副牧師に、放送を聞いた旨の連絡があったそうです。
④長男拓也と恵奈姉の結婚。拓也と恵奈姉が、手束牧師先生の司式のもと、愛する兄姉の祝福を受けて、二〇一三年五月十八日、天気にも恵まれて、結婚式を挙げることができ、人生航路へと船出をしました。こんな近くに良き伴侶の恵奈姉の存在があったとは…と、驚きと嬉しさをおぼえ、親としてはこの上ない喜びの時となりました。二人が楽しい明るいクリスチャンホームを築いてほしいと願うばかりです。
 私は少し早目に早天祈祷会に出席し、高砂アシュラムから与えられている聖書通読一日一章に目を通した後、数箇所のみ言葉を読んで祈りつつ、先生方のメッセージを待っています。最初の頃は参加したい時だけ行けばいいわ、ぐらいの気持ちでしたが、いつの間にか、一日のスタートは早天祈祷から始まるのだ、との思いが与えられ、時間の許す限り出席したいと思うようになりました。四つの恵みについてお証ししましたが、自分でも気づいていない恵みが多々あると思います。色々な困難な状況もあるとは思いますが、多くの兄姉にも早天祈祷の恵みを体験していただければ、と願う次第です。最後に、私の大好きな讃美の歌詞をご紹介したいと思います。

イエス様、あなたは私を見ている
苦しい時こそ、励まされる方
私があなたを 忘れていた時も
ずっと守ってくれた 赦してくれていた
イエス様の愛に今、触れられて
輝いている自分に気づいた
アーメン

熱き祈りの流れの中で(2)ー脳から何かが分泌されてきたー

 熱き祈りの流れの中で(2)
 ー脳から何かが分泌されてきたー
 冨永依里


 以前から、「早天祈祷会へ行くことで、多くの恵みを受けたりして、早天は素晴らしいよ!」ということは、たくさんの兄姉姉妹の方々から聞いていました、しかし、ただでさえ忙しい朝のひと時に、更なる〝行事〟が増えるなんて…。そんなことは全くもって無理!万が一、早天に行けたとしても、朝から多忙を極めたその日一日は、家事も仕事もしっかりと出来ない程にクタクタになってしまうだろうな…という先入観から、早天は、特別早天祈祷週間の全員参加の時だけには参加しよう。と、今思えば本当に恥ずかしいのですが、今回の五月十三日からの特別早天祈祷会に参加するまで、本気でそう思っていました。
 そんなふうに思い、決めつけていた私が、今回の早天に行ってみようと思いましたのは、ペンテコステの五月十九日に主人が受洗することとなり、この祝福に満たされて用意されている洗礼式の日を、家族三人でしっかりと神様を見上げ、祈り、全てが整えられて臨めたら…と思ったからです。また、六才の息子に、言葉で「パパが受洗するのよ。受洗っていうのは…」と説明するよりも、早天に家族で参加し、讃美、メッセージ、そして祈りの中で、言葉の説明を越えた〝何か〟を感じてほしいと思いました。ただ、主人は仕事で帰りが夜遅く、受洗を前に「早天に行こう!」などと言うと重荷に感じるかな…と不安もありましたが、それをも含めて神様に祈りました。そして主人に私の思いを伝えますと、あっさり、というよりも、むしろ積極的な思いの返事があって、「もう、今から神様の恵みにつつまれているんだな…」と感じ、またすーっとこんなふうに感じた自分自身にも驚きました。
 そして、早天一日目、驚く程目覚めよく起きることができ、家族三人そろって教会へ。教会へ向かう道中から、本当に満たされた気持ちになり、「主人の受洗に向けて…」などという思いから早天へ行くと決めましたが、これは何よりも私自身の為なんだ、と気付かされました。 聖歌、主の祈りと、主人や子どもの声を聞きながら共にこの時間を過ごせる恵みに感謝。聖書の拝読、メッセージに、悩みの解決や、力、気付きを与えられ感謝。そんな溢れる感謝の思いの中で持った祈りの時間。正直、今までの早天での私の祈りは、すぐに祈りの言葉がつまってしまい、十分と祈り続けることができませんでした。それが、この日は祈りの言葉がどんどん出てきて、あっという間に時間が過ぎていきました。
 また、早天から戻った後も、普段よりもゆったりと家族で朝の時間を過ごすことができ、仕事先までの移動時間も、今まではボーッとして過ごすことが多かったのですが、早天に行き始めてからは、牧師先生がおっしゃっていた様に、脳から何かが分泌されているようで頭が冴えて、読書をするなど、有意義に時間を過ごせるようになりました。早天に行くことで、その一日は、精神的にも肉体的にも恵みに満たされるという実感を味わうことができたのです。
 そして、一番の変化は、〝祈り〟が、どんどん身近になってきていることです。クリスチャンにとって、聖書は「生命のパン」、祈りは「呼吸」と言われますが、今までの私は、朝目覚めた時お祈りをするくらいでした。これでは、当然のことながら、きちんと〝呼吸〟をしていなくて苦しかったはずで、こんな時はきっと平安や感謝の思いよりも不平不満の思いが勝ってしまうのでしょう。祈ることで、神様と語り合うことで、今まで気付かなかった恵みに感謝することができ、更にたくさんの祝福が待ち受けてくれていることを体験が出来たことは感謝です。御言葉に「絶えず祈りなさい」とあるように、どんな時も、魂は常に神様を求めて祈ることができるよう、これからもできる限り早天に行き、祈りの訓練を積み重ねていきたいと思います。
 最後になりましたが、主人の受洗に向けて、牧師先生はじめ教職の先生方、そしてたくさんの兄弟姉妹に祈って頂いたこと、本当にありがとうございました

熱き祈りの流れの中で(3)ー主の聖さの前にひれ伏すのみー

 熱き祈りの流れ中で(3)
 ー主の聖さの前にひれ伏すのみー
 田中亜衣


 5月27日、28日と高砂教会の聖堂で行われた「主の御顔を慕い求める祈り会」には、日本全国から、また海外からも祈り手たちが結集し、二日間ただひたすらイエス様ご自身を求めて、祈りと賛美が何時間も捧げられました。この「主の御顔を慕い求める祈り会」は、2年前に起きた東北大震災の後、数名の若手牧師の間で始まりました。数名の若手牧師の中に共通して示されたことが、「いつの間にか自分達の祈りが、主の癒しや主の御業、主の力、主の油注ぎ等、イエス様ご自身ではなくイエス様の手・腕を求めていたのではないか」ということでした。自分の働きのためにイエス様を求めていたのではないか、という悔い改めが起こされ、イエス様ご自身を求める祈りがスタートしました。数ヶ月ごとに東京や横浜、名古屋などで行われていた祈り会が、今回高砂教会で行われました。
 今回のように各地から祈り手たちが集まって行われる祈り会は3ヶ月に一度くらいのペースですが、今、日本各地の諸教会で主の御顔を慕い求める祈りが継続的に捧げられています。高砂教会でも1年半くらい前に、小森先生がルカ10章のマルタとマリヤの箇所から、主ご自身を求めずに主の持ち物を求め、献身の場所を間違えているのでは、という悔い改めから主の御顔を慕い求める祈りへと導かれ、有志によって始まりました。決められたプログラムはなく、ただ聖霊様の導きのままに詩と賛美と霊の歌とをもって主の御前に祈りを捧げていく中で、様々な啓示や気付き、執り成し祈る課題が与えられていきます。
私が主ご自身を求める祈りを始めたときにまず直面したのは、主を賛美する言葉、主への愛の言葉をほとんど持っていないという残念な事実でした。もっと主を讃えたい、愛を表現したいと思っても言葉が出て来ませんでした。そこで、詩篇を読み、詩篇の言葉を用いて主を賛美するようになりました。すると、祈りの中でイエス様の愛がどんどん迫ってき、イエス様の深く大きく暖かい愛に包まれている感覚になりました。しかし、時には神様にもっと近付きたいけれど、神様に近付くことを妨害しているものが自分の内にあることを示されます。誰かに対する苦い思い、神様が喜ばれない言動や習慣等、それらが神様と私の間を邪魔していることが示されるので、それらを神様に打ち明け、悔い改める祈りに導かれることもあります。
 また最近では、祈りの中で神様の聖さを体験し、知りました。主を慕い求めて祈っていると、「聖なるかな、聖なるかな」としか口から出て来なくなり、神様の聖さの前にひれ伏す思いでした。神様があまりにも聖いから、私の中にある主の聖さと全く異なる部分がはっきりと浮かび上がりました。聖霊の光が私の罪深さや醜さを照らしていくのです。自分の罪深さや醜さがはっきりと示されると絶望するし苦しいのですが、それが主の愛の中、光の中で示されていくのでただの絶望で終わりません。私の内にある主と異なる部分が打ち砕かれていくように祈り、そして、イエス様の似姿へと変えられ続けたいと祈るようになりました。
主の御顔を慕い求める祈りは主との様々な交わりがあり、主が親しく語ってくださる特別なものとなりました。今は主のそば近くで過す時間が何よりも重要です。これからもイエス様が「どうしても必要なものはただ一つだけです」と言われることに専念したいと思います。



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