月報 2013 10月

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シニア伝道を進めよう(1)ー人生の先輩達に天国への花道を!ー

 シニア伝道を進めよう(1)
 ー人生の先輩達に天国への花道を!ー
 副牧師 新谷 和茂

 私は三十年以上教会学校で奉仕してきました。以前お友達にこんなお話を時々していました。使い古されて少々破れている千円札と真っさらな千円札をお友達に見せて、「この二つのお金のうち、どちらのお金の方が大切で役に立つと思いますか?」と質問するのです。せっかちなお友達は「新しいお札の方が価値がある」と答えました。でもしばらく考えてからお友達全員「どちらのお金も大切だ」という答えに達します。「なぜ?」と聞くと、お友達は「使い古されているお金でも買い物ができるから」と答えます。
 その通りです。人間の価値は古くても新しくても同じなのです。
 私は十年ほど前から「人生の五つの目的」を生き方の原理として取り入れ実験をしています。五つの目的とは①生き様を通して礼拝する②神の家族(高砂教会)の一員であることを喜ぶ③イエス様の弟子として成長する④神の家族に自分の賜物をもって仕える⑤伝道を祈りと行動で実践する、です。この五つの目的で自分の信仰生活の健康チェックを行い、不足しているものがあれば、それを意識して補っています。特に五番目の「伝道」について私の生活を工夫する必要がありましたし、これからも工夫していくことでしょう。
 生活の中にどのように具体的に伝道実践を取り入れるか…?その一つがGNC(信仰基礎講座)でしたし、もう一つがシニア伝道でありました。シニアの方々への訪問が私にとって大変都合が良かったのです。働き盛りの男性達の場合、私が使いやすい時間帯には彼らは仕事で忙しすぎる。彼らに時間のゆとりがある土曜日・日曜日は、私が教会の奉仕で忙しい。時間が殆ど合わないのです。どうしよう…と思案している時に、あるシニアの病気のために祈る機会がありました。一回祈らせていただいただけで、そのまま放っておくのも冷たいと思いましたのでアフターケアを始めました。定期的に訪問したり、ハガキを送ったりいたしました。その方は私の訪問やハガキを大変喜んでくださったのです。小さな手応えを感じました。そこから「シニア訪問をやってみよう!」と思わされたのでした。
 ここでシニア伝道の有効性を幾つかあげてみましょう。

*シニアは時間の都合がつきやすく、義理堅い。
*シニアは天国に一番近く、若者よりも死を身近に感じている。
*葬式仏教にうんざりしているシニアが多くなっている。
*鮭現象が起こる。鮭現象とは、幼い頃教会学校に通っていたことを思い出して教会に帰ってくることを指します。
*シニア特有の寂しさをもっているので愛が染みこみやすい
*シニアの家族への伝道につなげられる。

 神様は年齢を超えて人間そのものを大切に大切にしてくださいますが、聖書を見ると、社会的弱者(子供達や老人)に対して神様は特別に心を砕いておられるように思います。ルカ福音書のイエス様の誕生に関わる人達の殆どは老人達です。福音はシニアを忘れない福音です。
 シニア世代はいずれ私達も仲間入りする世代です。シニア世代を愛することは私達の将来を愛することにつながります。シニア世代は日本社会をこれまで背負って戦ってきた経験豊かな人生の先輩です。その豊かさを神の国のために活用してもらってはいかがでしょうか。そしてイエス様を通して天国行きの切符も確実に受け取ってもらって、天国への花道を飾ってあげたいですね。











シニア伝道を進めよう(2)ー父母は召される前イエス様を見たー

 シニア伝道を進めよう(2)
 ―父母は召される前イエス様を見た―
 北村 恵

 幸いなことにも私は両親の晩年を看取る恵みをいただきました。義父は、老人大学で写真や陶芸を学び充実した老後を過ごしていました。義母は、熟年に趣味で始めたアートフラワーの技術を生かし、公民館でアートフラワーを教えていました。義父は肺癌を患い約半年の闘病生活の後に天に召されました。臨終の床で突然「わしはどうなっているんや」と叫びました。自分の体が思うようにならない姿に驚愕した義父の最後の言葉でした。一見温和に見えても、矍鑠(かくしゃく)として、頑固な父が突然、自らの人生の終わりを知りこれからどうなっていくのかと激しい不安が襲ったのです。咄嗟な言葉にイエス様のことを話すまもなく、そのまま息を引き取っていきました。私が教会へ行く姿を見て、「あんたの神さんはすごい」と言いながらも、夫の懸命な伝道にも首を縦には振らなかったのが悔やまれます。我が家に仏壇を祀らないことで、義母や義妹との凄絶な戦いを残しました。義父の死を通して、夫は義母への伝道に真剣に取り組み、ついに義母は洗礼を受けることができました。今は認知症を患い病院生活を送っています。孫娘が見舞って共に祈れば、アーメンと声を合わせ、主の祈りを共に唱和し、讃美歌を歌うと途切れ途切れに嬉しそうに声を合わせます。
 翻って、私の父は広島県呉市内の朝祷会の会長を務め、榎本保朗先生のアシュラム運動、聖地イスラエル旅行、ギデオンの働きなど教会の長老的な働きをしていました。晩年、膀胱癌を患い入退院を繰り返しながらも日々聖書を読み、祈りの生活をしていました。死も間近な頃、真夜中に病院のベッドの上に突然がばっと立ち上がり、天井の一角を指さしながら、厳かな面持ちで、万歳と叫び出したのです。「イエス様が来られた」私の顔を振り返りながら指さしたその顔は、畏敬と歓びにあふれて輝いていました。イエス様が来られた、イエス様のところ、天国に行くことを父は確信したんだ、とはっきりわかりました。それからまもなく、イエス様の胸に抱かれるように息を引き取りました。残された母は、呉の十七の教会が協力して建てる高齢者施設建設のために、父の残した市の中心地の土地を寄付し、死を迎えるまでその施設で過ごしました。母も病院の集中治療室で、イエス様の姿を目撃し、部屋の一角に向かって恭しく手を合わせのです。賛美と詩編の朗読の中で母を天に送ることができました。これら三人を看取る経験を通して、死んだ後自分がどこに行くのかを知っていることがどれだけ大切であるかと教えられたのです。
 今日本人の平均寿命は男性七十九.六四歳、女性八十六.三九歳。六十五歳時の平均余命は男性十八.八六年、女性二十三.八九年です。(二〇一〇年統計)定年退職後、こんなにも長い間の生を、いかに過ごしていくのかが現代社会の大きな問題です。生きがいを持ち、笑い、歌い、祈る生活が脳を刺激し、生き生きと生きる秘訣であると言われています。なんとそれらすべては、教会にあるではありませんか。自身の人生を振り返り、「罪が赦されること、自分は何者であるかという明確なアイデンティティーを持つこと、死と向き合って自分が行くところはどこであるかを知ること」という人生の集大成ができる。これからの人生をイエス様と出会うことによって有意義にまた目的を持って輝いて生きていける。讃美歌を歌い、神と人と交わり、共に祈る。それができるのが教会である、と多くの高齢者に知らせるのが私たちの役割です。日本の人口構成で最も多い団塊の世代が定年退職を迎え、総人口の四人に一人が高齢者である今この時に高齢者のためのプログラムが是非とも必要です。
 シニア礼拝が昨年と今年、企画されました。大勢の人々の中では落ち着いて礼拝することが難しいとか、座っている時間の長さが苦痛であるなどの悩みを考慮して、ゆったりと落ち着いた雰囲気でシニアのための礼拝を計画しました。そのところに集まった高齢の方々が、嬉々として讃美歌を歌い、わかりやすいメッセージに耳を傾け、周りの方々と緩やかな笑顔で和やかに歓談される姿は印象的でした。折しも改修される研修センターが高齢者のための学びと交流の場として用いられるようにと願います。ハード面の建物は整えられます。これからはソフトの部分、高齢者のための伝道と高齢者をひきつけるプログラムの作成によって、ともにイエス様の恵みを受けて生きていく豊かなヴィジョンが与えられますようにと切に祈る次第です。




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