月報 2013 12月

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若者達の得た早天祈祷会の恵み(1)ー脱走兵のわたしにもう一度力を与えてくれたー

 若者達の得た特別早天祈祷会の恵み(1)
 ―脱走兵のわたしにもう一度力を与えてくれた―
 浜 田 唯


 「すまねかったぁ。おらぁ申す訳ねぇごどすたぁ。赦してけれ。赦してけれ…」。
祈りの中で八十二歳のひろさんの言葉を思い返していた。蒼白い血管と苦労が浮き出た手を顔の前でこすり合わせながら、彼女は何度も何度も頭を下げておられた。
 普段私は宮城県南部の山元町(福島県から十五分ほど離れたところにある町)のクリスチャン復興支援センターで働いている。大規模な工事が進み、錆ついたガレキの山の代わりに真新しいコンクリートの建物が目立つようになった町。そこには、津波の爪痕と死別の悲しみに「がんばっぺ精神」が入り交じった、命の呻きにも似たリアリティーがある。お茶っこと呼ばれるお茶飲み会ではそれぞれが漬けた自慢のお漬け物が並び、毎回生々しい津波体験が話題にのぼる。一瞬で姿を変えた故郷の様子。避難所生活。流された友人、家族。異常事態が今では日常的に語られている。
 復興は進んでいますか?遠方へ報告会や祈祷会で伺うと必ず尋ねられるこの質問に、私はいつも内心考え込んでしまう。津波という言葉を聞くだけで両耳を押さえガタガタと震え出す小学一年生のうるんだ眼。震災後急にアルツハイマー型認知症になり徘徊が始まったおばあちゃんの荒れ地に佇む後ろ姿。その場所にはかつて彼女のご実家があった。そしてひろさんの言葉「赦してけれ…」。いつも周りを笑わせて盛り上げてくれているひろさん。その彼女がぽろぽろと大粒の涙を流しながらひたすら謝っておられた。幼稚園の近くにお住まいの彼女は、あの日子どもたちの悲鳴をベランダで聴いていた。「ギャー!こわいよー!おかぁさん、助げでー!誰かぁー助げでぇぇ!」押し寄せる家屋と波の音に次第にかき消されていく叫び声。子どもたちが必死に伸ばした細い腕。彼女は数年経った今も自分を責めておられた。何もしてやれなかった…殺してしまった…と。
 復興は進んでいますか?は、やがて「福音は届けられていますか?」という自分への問いに変わった。少し顔を上げると、美しいステンドグラスに輝く十字架とシャンデリアからの優しい光が滲んで見えた。涙が止まらなかった。私は脱走兵だ。あたかも戦地で戦い抜いた勇士であるかのように、使命感という鎧を着たまま被災地から逃げて帰って来たのだ。本当はもがいていた。苦しかった。どう祈ったら良いのかも分からなかった。けれど毎朝聖堂へと導かれるまま畏れつつ御前に出た。すると聖霊様が代わりに祈って下さった。注ぎ出されるとも引き出されるとも感じられるその祈りのただ中で、主は成される。御国は近づいた! と確信を新たにされた。
 そして想った。まだ見ぬ、名も知らぬ世界中の神の家族や、福音が届けられるのを待っておられる方たちのことを。すると小森先生ご一家のことが強烈に胸に迫って来たため、早天から帰宅してすぐミャンマー宣教のニュースレターを食い入るように読み、決心した。大勢の人々と天の御使いたちと共に主を礼拝する日を待ち望みつつ、私もできることをやろう。
 早天祈祷がいずれ習慣となり、霊的世界観となれば素晴らしいと思う。ダイエットも聖書通読も中々続かないダメダメな私だけれど、今回の早天祈祷は、もう一度ただただ福音の恵みに与り、聖霊様との親しい交わりの中に身を留める祝福を味わうときとなった。憐れみ深き主に心から感謝!











若者達の得た早天祈祷会の恵み(2)ーもっと伝道することを示されたー

 若者達の得た特別早天祈祷会の恵み(2)
 ―もっと伝道することを示された―
  高 谷 美 里


 今までの特別早天祈祷週間は、一日参加出来れば十分だなと思っていました。でも今回は、毎日行きたいと思いました。参加しなければいけないからということじゃなく、一日の最初の朝の時間を神様に祈ることから始めたい…と素直に思うことが出来たからです。なぜそう思うようになれたかと言うと、早天で祈ってから一日を始めると、とても充実し、心に平安があることを体験していたからです。早天に行かなかった日は、本当に心に平安がなくて小さいことにイライラしてしまい、クリスチャンらしく歩めない。またその姿を返り見る時に、「自分はクリスチャンなのに…」と落ち込んだりしてしまう。本当に早天の恵みはこんなにハッキリしてるのかというぐらい体験してきました。なので、この特別祈祷週間でも、祈ることを通して本当に充実した感謝いっぱいの毎日を過ごすことが出来ました。早天での祈りを通して、神様は私の祈りに答えてくださるお方だということも体験しました。
 今、ものすごく神様に語られている事があります。それは、福音を伝えることです。でも、私は伝道―イエス様の事を伝えることがとても苦手で嫌いです。それは、誘うことに勇気がいるし、断られたら傷つくし、どんな風に思われてるのかと気になってしまうからです。イエス様のことを伝えないといけないと分かってはいたけど、別のところで頑張ればいいと無視していました。でも、神様はデボーションやディサイプルセミナーを通して、「福音を伝えなさい」とものすごく語ってこられました。
 コリント人への第一の手紙九章一六節にこう書いてあります。「私が福音を宣べ伝えても、それは誇りにはならない。なぜならわたしは、そうせずにはおれないからである。もし福音を宣べ伝えないなら、わたしはわざわいである。」もし伝えないなら、わたしはわざわいなんだと思うと、単純に伝えなくては…と思わされました。すると、ものすごく伝えたい、イエス様に出会って欲しいと思う人が与えられ、祈る中で教会に誘う勇気を与えていただきました。でも、断られてばかりで、「イエス様どうしてですか?」と心が折れそうになっていました。続けて祈っていると、神様は母の口を通して別の人を示され、その人に声をかけるよう導かれました。それまで、私はその方のことをまったく気にとめていませんでした。でも、私の思いと神様の思いは違うということに気づかされ、神様の導きを感じました。でも、なかなかお誘いするチャンスがなかったのにもかかわらず、神様が最善の時を与えてくださって、不思議なタイミングの中で誘うことが出来ました。伝えることの喜びが溢れました。神様は、伝えることに臆病だった私を実際に訓練してくださったのだと思います。そうして、伝える喜びを教えていただきました。
 私には福音を伝える責任がある。救う責任は神様にあるのだから、私は福音を伝えることによって神様に喜ばれる人になりたいです。私が出会っていく一人一人に神様のことを伝えれるよう、また早天で祈り求めていきたいと思います。神様は、私の小さな祈りに耳を傾け、この弱い者に力を与えてくださるお方だな、と改めて思いました。早天の祈りを通して私自身が作り変えられたことに感謝します。



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