月報 2014 8月

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「著者を囲む会」で何が起こったのか(1)ー明らかになった手束牧師の正体ー

 「著者を囲む会」で何が起こったのか(1)
 ―明らかになった手束牧師の正体―
 高砂教会牧師夫人 手 束 美 智 子

 今回の「『日本宣教の突破口―醒めよ日本』著者を囲む会」は、私の想像をはるかに越えた素晴らしい集会となりました。
 十年前、手束牧師が教会月報に歴史問題を取り上げ始めた頃、枕元に次々と積み上げられていく関係資料や本を見ては、これは大変なことになるのではないか、夫のことだから、やがて時が来れば本として出版するに違いないと、秘かに心配しておりました。もし現実に出版の運びとなれば、キリスト教界から右翼のレッテルを貼られ、多くの批判を浴びるに留まらず、これまで親しくしていた方々さえも去っていってしまうのではないかとの恐れでした。
 しかし、神様のご計画は、時を経て素晴らしい形でこの本を世に送り出すことにあったのです。まずハーザー誌で取り上げられて連載が始まり、それが、マルコーシュ出版の故笹井氏の並々ならぬご尽力によって、昨年四月の手束牧師高砂教会牧会四十周年の記念に間に合わせて下さり、見事に一冊の本として世に送り出されることになったのです。今は天におられる笹井氏には、言葉に言い尽くせない感謝の念を抱いています。
 また神様は、元カネボウ薬品社長の三谷康人氏の心を感動に導き、元カネボウ特別顧問であられた大門英樹氏をご紹介下さることになりました。その大門氏によって、手束牧師の本が高く評価されたばかりでなく、文章からの深い洞察を以て、本人自身が気づいていなかった手束牧師の賜物を解明して下さるという、驚くべき励ましを受けたのでした。
 折しも、この数年世の中の流れが変わり始め、特に中韓による激しい反日の動きも相俟って、戦後タブー視され続けてきた歴史問題が、様々な書物で頻繁に取り上げられるようになりました。更につい最近、朝日新聞の軍による慰安婦強制連行記事の欺瞞が公にされることとなりました。こうした流れの中で開かれた今回の「著者を囲む会」は、まさにキリスト教界では画期的な集会であったと言えましょう。
 「神のなさる事は皆その時にかなって美しい」(伝道の書三章十一節)の御言葉通りです。
 私の父は、戦後の焼跡にアメリカの教会からの援助によって設立された教会の初代牧師として赴任しました。当時七才だった私の目に、宣教師の優しい眼差しと、アメリカ教会からの支援物資が暖かい愛の助けとして強烈に印象づけられました。また成長するにつれて、日本が戦争で行ってきた残虐非道を教えられ、日本人であることに嫌悪感すら覚えるようになりました。手束牧師による歴史の真実の解明が成されるまで、特にアジア諸国に出掛けた時には、強く罪悪感を覚えることが度々でした。
 今回の「著者を囲む会」の三人の優れた実業界の方々の論評をお聞きし、長年抱えていた漠たる沈殿物が洗い流されていく爽快感を覚えました。中でも大門氏の論評は、私の目からウロコが落ちる体験となりました。
 それは、ユーモラスなうちに手束牧師の正体を教えて下さったことです。大門氏曰く「牧師としての手束牧師は仮の姿であり、実は啓蒙家であり、啓発家なのです」と。そして啓蒙家とは「世の光」としての働き。つまり知恵と希望と救いを与える人のことであり、啓発家とは「地の塩」としての働き。つまり向上したい、真理を知りそれを宣伝したいとの思いをもつ人を立たせる人のことであると。そして真の宗教家とはこの二つを兼ね備えている人であり、更に物事を鳥瞰できる人(神の現実)、深い憂いから来る危機意識を持つ人(リスクをチャンスと捉える)、その上聖霊による楽観主義者であること。最後に優れた文章力を以て人々を目覚めさせ、目指す方向を示すことのできる人というものでした。これは、私の内にくすぶっていた従来の牧師像の残影を見事に払拭してくれるものでした。自虐史観に縛られている日本人を解き放ち、真に日本と日本人を愛するクリスチャンとして目覚めさせるようにと、この時代に手束牧師を主が立たせて下さっていることを明確に受け止めることができました。










「著者を囲む会」で何が起こったのか(2)ー聖霊による日本民族の精神革命が始まったー

 「著者を囲む会」で何が起こったのか(2)
 ―聖霊による日本民族の精神革命が始まった―
 小 森 由 美 子

 今話題を呼びつつある書、「日本宣教の突破口―醒めよ日本」の執筆を開始されたのが二〇〇一年のことでした。そしてその後六年間ハーザー誌上に連載されました。その頃特にキリスト教界では〝国家〟や〝民族〟という言葉にさえアレルギーを持つ人が多く、案の定、この論稿はインターネット上で誹謗や揶揄が横行し、反発を受けました。しかし、二〇一三年に単行本として出版された途端、不思議なことに、これまであれ程あったざわめきが止み、むしろエールを送る声のみが聞こえてくるようになりました。その理由は、確かに時代が味方したのでしょう。が、私はそれ以上に神が味方してくださったのだと思うのです。そして、この度の著者を囲む会開催に当たっても細やかな主の御手を感じ、感謝しつつ事務局として仕えさせて頂きました。
 さて当日、ハーピスツと戸坂純子氏の美しい賛美によって開演。そして論評。日本人の気高さ美しさを高調し、失った日本人の誇りを回復しようと熱く語られた三谷康人氏。手束師を分析して、啓蒙家、啓発家の資質を神から授かっている稀有な牧師であると、易しく、深く、面白く、ユーモアをもって手束先生を新しい切り口から教示して下さった大門英樹氏。日本の教会は甘えの構造から脱却して、神の目的を果たす真のキリスト者を生み出す教会たれと、愛をもって喝を入れて下さった三木晴雄氏。敗戦後の混沌とした日本の復興に貢献されてきた壮々たる方々が語られた内容は、論評を越えたものであり、目が開かれるものでした。これらの方々とのお出会いも又、主の深い摂理でありました。
 そして、圧巻の著者の講演。会場は前のめりに唸りながら聞き入りました。それは大門氏が語られた如く、啓蒙家、啓発家の姿そのものでした。手束先生は語られます。GHQの巧みな洗脳工作やサヨクのマスコミと教育によって、日本人は骨抜きにされたことにより、日本人の深層部分(無意識)には深い罪責感が横たわっている。その本質部分にメスを入れその回復を目指すもの、それが精神革命であり、それこそが日本宣教の突破口となるのだと。
 この時、ふと私は「あの時」を思い出したのです。それは一九九〇年、手束先生の初著「キリスト教の第三の波―カリスマ運動とは何か」の著者を囲む会です。その時先生はこう喝破されました。「カリスマ運動は神が起こし給うた革命なのです」と。私には今も焼き付いています。何故なら、私自身の人生観を一変させ、アイデンティティを確立させてくれた言葉だったからです。
 私は思いました。ここに提示された日本人の深層を変革していく働きも、実は日本民族を主の民として覚醒させるための神の革命なのではないかと。この終わりの時代、神は日本を用いられると多くの預言が与えられています。そのために今、日本よ自らの足で立ち上がりなさい。日本よ目を醒ましなさい、と主は強い意志をもって語りかけられていると思うのです。あのカリスマ運動と同じように。
 命を失ったキリスト教を本来の霊的なキリスト教に回復するために起こされた神の革命、それがカリスマ運動。遅々として進まない日本の宣教を突破するために起こされた神の革命としての精神革命。前者が上からの革命であるというなら、これは下からの革命なのではないでしょうか。また前者を世界的革命、後者を日本民族的革命だと言いたいと思うのです。そして人心の深い無意識から変革していく精神革命は、聖霊によってしかなし得ません。ですから、これらの二つの革命は不可分に絡まって成し遂げられていくのだと思います。神がなされる革命であるならば誰が止められるでしょうか。私はこの時代に神がこの事を進め、日本民族を本来の高貴な主の民族として回帰せしめ、主の大いなる働きに用いようとされているのだと、神のご計画を覚え主を讃えます。
 そう思ったとき、今回の著者を囲む会の主催者は聖霊様だったと気づきました。そしてこれは神様の日本に対するストーリーの序章に過ぎず、いよいよここから始まっていくのだと私は確信し、清々しくまた深く主に栄光をお返ししながら会場を後にしました。





「著者を囲む会」で何が起こったのか(3)ー日本基督教界のタブーへの挑戦ー

 「著者を囲む会」で何が起こったのか(3)
 ―日本基督教界のタブーへの挑戦―
 星城大学准教授 加 藤 知 子

 二〇一四年七月十九日、東京YWCAカフマンホールで、日本基督教界では近年類を見ない画期的行事が開催された。『日本宣教の突破口―醒めよ日本―』(以下『突破口』)著者、手束正昭氏(日本基督教団高砂教会主任牧師)を囲む会である。
 愛国心・日の丸・君が代・神道は軍国主義を招く、天皇制はキリスト教伝道の妨げ、という主張が日本キリスト教界で主流になったのは、正確にはいつからなのか。第二次世界大戦は凄惨な出来事だったし、大戦を体験した皆さんが、ある種の反動として自国を否定的に見るのも仕方が無いかな、と戦後生まれ・戦後育ちの私は考えていた。
 ところが二十一世紀となり、大戦が体験から歴史的事項へと移行し、科学として冷静に検証できる時代へと入っているにも拘わらず、日本キリスト教界では、八月には<日本=悪>観に基づく戦争懺悔イベントが、二月には<天皇=抑圧の根源>説に基づく建国記念の日反対集会が、各地のキリスト教会・関連施設で熱心に行われる。
 第二次世界大戦は、遠く南米・アフリカも巻き込んだ、文字通りの世界大戦だった。かかる大戦争の原因は通常、一つに絞ることは困難だし、一国ましてや一人間に責任を負わせることも合理的ではない。しかし日本キリスト教界では、大戦の責任があたかも日本の、しかも昭和天皇お一人にあるかの如くの主張が繰り返され、それが戦後いつまでも続く。これはおかしい、と感じるキリスト者も多かったのではないだろうか。
 そのような中出版されたのが『突破口』である。永らく日本キリスト教界ではほとんどタブーであった、しかしながら所謂保守系言論人の間では広く共有されてきた近代史観を丹念に紹介し、近代日本に対する日本キリスト教界の目の曇りを取り除こうというのが、同著の試みである。
 内容詳述は紙幅の関係上できないので、まだ読んでおられない方には是非同著一読をおすすめする。『突破口』が提示する歴史観に全て同意する必要はない。しかし、所謂保守系近代史観に尻込み気味の日本キリスト教界諸兄緒姉には、教会で馴染んだ歴史観が唯一だという思い込みから一歩退き、いま一度近代史を眺め直していただきたい。そのために同著は有益なツールとなるはずである。
 「著者を囲む会」では、ロングドレスに身を包んだビューティフル・ハーピスツの和琴と手束牧師夫人による賛美、これまたロングドレス姿の戸坂純子氏の日本語訳ゴスペルによる賛美が続いた。両者とも、世界・日本の芸術融合という日本伝統技に則っており、今回の集いにふさわしい。その後、元カネボウ薬品社長の三谷康人氏、元カネボウ特別顧問の大門英樹氏、玉の肌石鹸取締役社長三木晴雄氏による論評がなされた。
 最後に、著者手束氏による講演が行われた。〝『突破口』流歴史観〟を持つ日本キリスト者は何人いるのかといぶかしむ者も多かったと想像されるが、ホールはほぼ満席で、出席者は手束氏の貴重な講演はもちろん、論評者らによる力強い賛同の言葉、そして場を同じくする朋友の存在からも大いなる励ましを得たに違いない。
 今後、愛国日本キリスト者が一堂に会し、自国のために祈る機会が増加することが期待される。おりしも『朝日新聞』が、所謂従軍慰安婦強制連行説に基づく自社記事の誤りを認めた。これまで強制連行説を信じて日本帝国軍人を強く非難していた日本キリスト者は少なくない。まさか天下の『朝日』が誤報するとは多くの人は思わないので、キリスト者だけを責めるのは公平ではないだろうが、軍人諸兄がやってもいないことを「やった、やった」と偽証していたことに変わりはないのであるから、強制連行という思い込みを避け、冷静な検証を怠った日本キリスト者らの罪は重い。彼らのためにも、彼らに先んじて、近代史見直しの目を与えられていた者たちは執成しの祈りを捧げなければならない。そして何よりも、愛を優先するべき教会により傷つけられてしまった、日本という国、並びに日本に住まう民が癒されるよう、祈ることが求められる。





「著者を囲む会」で何が起こったのか(4)ー日本人としての誇りを確認するー

 「著者を囲む会」で何が起こったのか(4)
 ―日本人としての誇りを確認する―
 ジーザスハウス 平 岡 満 喜

 手束先生は、ジーザスハウス(滋賀県守山市)にて行われている「教会成長セミナー」の講師として現在も当教会に来てくださり、毎回有意義で実りあるセミナーを行ってくださっています。私はセミナーでお出会いし、今回手束先生から「囲む会」の司会者という大役のお話しをいただきました。司会業という仕事をしておりましたにもかかわらず、本当に驚き、後ずさりする思いでしたが、お努めさせていただけることを心から感謝しお受けしました。
 まず、最初に若干お証しさせていただきます。ジーザスハウスでは早天を欠かさず行っております。早天では山本祐造牧師から一人一人に祈りの課題が与えられ、祈っていきます。その中に手束先生の祝福、健康の祈り、高砂教会の祝福の祈りも挙げられます。七月十九日の早天でも、私に手束先生と「囲む会」の祝福の祈り課題が与えられました。祈っていると、私の左頭部の上から光がやってきて真っ白な光に包み込まれたのです。そのとき、「祝福だ…!」と感じたのです。ともにいてくださり、「囲む会」を祝福してくださるイエス様に感謝しました。
 さて、「囲む会」は、会衆賛美に始まり、お祈り・特別賛美がありました。特別賛美では、高砂教会のビューティフルハーピスツの和琴演奏と、ゴスペルシンガーの戸坂純子さんによる賛美を聞かせていただきました。実は、私はお琴の演奏を直に聴いたことがなかったので、お琴の生演奏が聴けるのを楽しみにしていました。演奏が始まり、「何てお琴のメロディーは美しいのか」と感激したのです。ピアノ演奏も一緒でしたが、「お琴とピアノは美しく合う」ことを知りました。また和琴合奏に合わせ、手束先生のご夫人、美智子先生が歌を歌ってくださいました。私は、美智子先生の歌唱力に圧倒され、心温まる歌声、一つ一つの主の歌詞に感動し、泣きそうになりました。悲しくも「司会者は泣けない」ので、グッと堪えるので必死でした。しかし、会場の多くの方々が涙を流して聴いておられるのを見て、「みなさん主の愛に満たされているのだな…」と感謝しました。
 主の祝福を感じながら、会は論評の部へと進みます。論評者は、カネボウ薬品元社長三谷氏、能力開発コンサルタント大門氏、玉の肌石鹸㈱社長三木氏という名だたる方々でした。論評者のお話しを聞く中で、手束先生の書物を通し、日本人がいかに素晴らしい国民であるかを強く知ることができました。例えば諸外国から日本人の礼儀正しさ、真面目さ、我慢強さが賞賛されていること。また、東北大震災では順番に並んで配給を待つ日本人を見て、世界が驚愕していると聞きました(このような場合、日本以外の国では暴動がおこるそうです)。そして、歴史的にみても、台湾をはじめ多くの国から「我々の国を建てあげてくれた日本」と感謝され、尊敬されていることが語られました。私自身も手束先生の著書に感銘を受けた者ですから、論評者のお話しに、改めて日本人としての誇りを確認することができました。さらに手束先生の講演では、〝真実の歴史認識〟を持ち、日本人クリスチャンが日本を誇りに思い、キリストによって祝福され、福音が述べ伝えられ、国が良い方向へと進むこと。そして国民が、国家が救われることを願うという内容に強く、深く共感しました。
 今回、私自身多くのことを学ばせていただき、本当に感謝しております。







「著者を囲む会」で何が起こったのか(5)ーただただ衝撃を受けたー

 「著者を囲む会」で何が起こったのか(5)
 ―ただただ衝撃を受けた―
 寄居チャペル牧師  鮫 島 紘 一

 七月十九日(土)午後、お茶の水、東京YWCAホールを会場に、「日本宣教の突破口―醒めよ日本」の著者、手束正昭師を囲む会が開催され、私も参加させていただいた。
 まず、高砂教会の婦人達による和やかな琴の演奏から始まり、それに乗せて、手束牧師夫人による素晴らしい讃美がありました。次に、三谷康人師、大門英樹氏、三木晴雄氏の三人の実業家によるそれは熱の入った論評があり、ゴスペル・シンガー戸坂純子さんの讃美をしばらく楽しんだ後、手束正昭師の講演に入った。
 さて、私自身手束師の著書を読み、直にお話を聴いたのですが、ただただ衝撃を受けたと言うのが正直な感想です。と言いますのは、これまで教科書、新聞等から、あるいは周りの人たちから聞かされてきたことが、一体何だったのか。GHQによる〝ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争罪責洗脳計画)〟という言葉も、この本で初めて知りました。文字通り、私は洗脳されていたということか。これにより、日本人はその潜在意識の部分に強い罪責感と挫折感が刷り込まれ、低いセルフイメージの中に閉じ込められてしまう。単純、無知、勉強不足だったと言うほかはありません。しかし、本書を通して成る程と思わされたことが幾つかあり、その点を挙げたいと思う。
 一つは、「はじめに」で指摘されているように、日本の教会と韓国の教会との根本的な質の違いということである。日本のキリスト教は、倫理、道徳としての宗教の要素が強いが、韓国のキリスト教は、むしろ霊的な宗教としての要素が強い。韓国では、当初から、クリスチャンになるということは、朝早く起きて〝早天祈祷〟をすることが当然視されていた。しかし、日本の教会にはそのような伝統はない。むしろ道徳的に立派な生活をすることが求められたということ。
 それにもう一つ、日本人にとってキリスト教はまだまだ欧米の宗教であり、白人の宗教として違和感を以て受けとめられている。日本は明治以降、欧米によるアジアの植民地支配と戦ってきた歴史があり、その結果、キリスト教を、敵国である欧米の宗教、白人の宗教と見なすことによって敵視するようになっていった。この点もまた韓国のキリスト教の立場とは対照的である。韓国の場合、キリスト教は、日本の支配から民族の独立をもたらすための精神的バックボーンであり、民族的アイデンティティを支えるものであった。
 第三に、七章、「パラダイム・シフトを図れ」の(十一)〝霊的転換こそ急務〟の中で説かれている、「何故、日本の教会はリバイバルしないのか」の問いに対する答えは、一筋縄ではない。様々な要因が複雑に絡み合っている。キリスト教自身が霊的宗教へと脱皮していくならば、どれ程多くの日本人たちがキリスト教会に向かってくるであろうか。推測して余りあるものがある。聖霊よ、日本の教会に四方から吹ききたれ!と祈る。
 蛇足ではあるが、現在、韓国、中国と日本との関係は冷え込んでいるが、アメリカとは同盟国として良い関係にある。そのアメリカが日本に原爆投下したことを責める言葉を、私はこれまでほとんど聞いたことがない。どうしてだろうと思ってきたが、第四章(一)、「中国のプロパガンダに乗ったアメリカの原爆投下正当化への申し子……」以下を読んできて、その訳を少しく理解できたように思う。
 この「日本宣教の突破口」をより深く理解するための副読本として、最近手束正昭師が書かれた「朝早く、主に叫べ―早天祈祷の意味と力」(地引網新書)を読まれることをお勧めします。














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