月報 2015 3月

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手束牧師のご苦労に心からの感謝を(1)ーある時は毅然とし、ある時はしなやかにー

 手束牧師のご苦労に心からの感謝を(1)
 ―ある時は毅然とし、ある時はしなやかに―
 汐 崎 多 々 子

 この度、元老牧師推戴に当たり、早くからご準備をして来られた牧師先生には大牧者としての心意気を感じます。私は手束先生の初穂という名誉に与り、恵みのうちに生かされてきました。先の沖縄伝道旅行を通して見た高砂教会と、その歩みをほんの少し振り返ってみたいと思います。
 私が初めて訪ねた頃の高砂教会は礼拝堂に十字架もなく、聖壇と思える所は黒い重々しいカーテンが掛けられ、その奥は物置になっていました。1973年4月、手束先生が就任されるやいなや、聖堂は主を礼拝するに相応しい場所としてきれいに整えられ、聖霊降臨という主の奇跡を呼び興し、そしてあの古びた教会はやがて新会堂へと移り、社会派の教会から聖霊を崇め重んじる教会へと大きく変えられました。先生はその過中、激しい霊の戦いに遭われ、ある時は毅然と、ある時はしなやかに、その戦いに屈することなく聖霊刷新を求め続けられ、その道の先駆者と言われるほどに、「祝福の器」として多くの働きをされて来られました。その戦いは今では先生の宝となっておられます。更にこの体験が地方教会興しへとつながり、牧会に行き詰まった地方の先生方に勇気と希望をお与えになられました。また、混迷の中で書かれた「キリスト教の第三の波」は、今も尚神学書として尊ばれ、特にこの本に深く感動を受けて信仰の奥義を握られた沖縄聖川教会の當銘先生は、1995年、沖縄クリスチャン修養会の講師として手束先生を招かれました。あれからなんと今年で二十年目を迎えますが、今もなお熱い信頼を寄せられ交流が続いています。そしてこの働きが日本民族総福音化運動の沖縄ブロックの活動を押し上げ、今では日本一盛んな働きをするブロックとなっています。
 また、社会派と呼ばれる日本キリスト教団の教会の有様をも知ることが出来ました。聖霊様を認めようとしない牧師先生方、訓練をされていない信徒の姿、沖縄の地に漂う被害者意識、それらから解放されるには、聖霊様に触れられ癒やされなければ教団の解放はないように思わされました。一方、聖霊様が生き生きと働いてくださる高砂教会はというと、「教会成長の勘所」にあるように、教会のアイディンティティが確立され、教会の使命と役割が明確に示され、父性を重んじる信徒訓練がなされ、聖霊の満たしの中で元気でよく笑う教会へと成長しました。今後、私達はこうして培われた信仰を継承しつつ、一人一人がしっかりとイエス様と繋がり、主の弟子として歩まなければなりません。また主が立てられ油注がれた元老牧師先生、主任牧師先生方を敬い、従順していくことが私たちの使命です。何があっても揺るがない一貫した信仰姿勢こそが主の大きな祝福を受ける最大の秘訣であると、強く思わされています。
 また、戦後七十年の節目に出版された「日本宣教の突破口」は、先生の先駆的な働きを主が後押しされ、私たちの霊の目を開かしめて下さったと思わされています。日本の国の解放だけに留まることなく、日本人としての誇りを取り戻し、世界に貢献する国として主の使命に目覚めることが出来るようにと用意された書物であると思います。
 思えば、私が高砂教会に脚を踏み入れた時から四十三年が経ちました。それはもう言葉で言い尽くせない感謝でいっぱいです。教会は大きく変貌し、信徒は増え、素晴らしい三つの理念を掲げる教会へと成長しました。中でも、小森宣教師を未伝地ミッションに送り出すことが出来たことは画期的なことです。
 手束先生が就任されてから今日までの歩みは、聖霊様のご恩寵なくして語れない主が濃厚にご臨在された歳月であられたことに深い感銘を覚えます。絶対恩寵主義の手束先生の信仰の如くに、主は先生を祝福され続けて居られます。今日まで導いて下さった手束牧師先生ご夫妻に心から感謝し、すべての栄光を主に帰します。











手束牧師のご苦労に心からの感謝を(2)ー大きな試練に立ち向かった勇気がなければー

手束牧師のご苦労に心からの感謝を(2)
 ―大きな試練に立ち向かった勇気がなければ―
 砂 山 ゆ か り

 この度、手束牧師先生が主任牧師から元老牧師に推戴されるという大きな節目に際し、私なりに自分自身の信仰生活を振り返って、元老牧師となられる手束先生に感謝の気持ちを述べたいと思います。
 私が救われた十五年前には、既にこの立派な教会堂があり、セルなども充実しており、本当に整えられた環境の中で信仰生活を送らせていただけたことを心から感謝します。手束先生の牧会される教会は、まさしく、詩篇二三篇五節に、「あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます」とありますように、この御言葉通りの教会だと思わされました。一九二五年の教会の修養会に起こされた聖霊降臨の後、大きな分裂があり、様々な方向から誹謗中傷され、なんと七年間もの間その出来事が続く中、どれ程の苦しみの中で耐えてこられたのかと想像した時に、手束先生の神様に対して従う信仰、貫く信仰、ぶれない信仰の強さを改めて思わされました。その時、もし手束先生がこれから襲ってくる災難を恐れて、聖霊降臨の体験を無視し回避しておられたら、今の高砂教会はなかったと思います。私達の現在もどう変わっていたでしょうか。こんなに笑って、こんなに喜んで、まさに〝主の大庭の一日は千日にも優る〟という喜びを体験できていたでしょうか。
 このことを思う時に、本当に神様は何もかもをご存知で、高砂教会の百十五年に渡る歴史の一つ一つが、全て主の計らいの中で動かされてきた事を思わされます。私達が母の胎の中にいる時から既にご存知の主は、手束先生が幼い頃から体験してこられた苦しみや悲しみ、孤独感を傷のままにはされず、むしろそれを、牧会する上での手束先生の大きな武器とされたことを思わされます。
 全ては主の御手の中であります。私達の全てをそのご計画のうちに導いて下さっている主が、人生に共にいて下さることを感謝せずにはおられません。逆転勝利の主が、手束先生の人生の中に共におられ、勝利してくださったことを如実に思い知らされます。私達教会員は、手束先生ご夫妻が歩んでこられたこの四十二年間の牧会生活における様々な出来事を、決して過去のものとして軽く通り過ぎてはいけないのだと思います。この大きな試練に立ち向かい、乗り越えてこられた牧師先生ご夫妻の信仰の素晴らしさを私達は誇りとし、主の約束は必ず成就することをしっかりと握りしめ、共に勝利の信仰生活を歩んで行きたいと思わされています。
 私の好きな作家の本で、「私の人生は戦いにつぐ戦いだった。私は孤軍奮闘して生きて来たと思ったが、振り返った時に、共に戦ってくれていた多くの方がいたと思った」と書かれた文面を読んだ時、まさしく神様が手束先生に多くの助け手をお与え下さったことを思わされました。美智子師母をはじめご家族の方々、教会内外を問わず、本当に沢山の方々の支えがあってここまで来られたのだと。主のご計画と計らいの中で今日まで牧会してこられた手束先生が、これから元老牧師となられ、ますますよき主の働き人となられ活動されることを願ってやみません。どうぞお体に気を付けられ、これからも私達の誇りとなって、前を歩いていって下さい。そのお働きの上に益々主の祝福が注がれることをお祈りしております。













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