月報 2015 8月

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「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(1)ー「歴史は解釈である」という基本認識が必要ー

 「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(1)
 ―「歴史は解釈である」という基本認識が必要―
 安 福 秀 祐

 今回の「日本を愛するキリスト者の会」第一回講演会は、欧米への逃避を断られて行く場を失い、はるばる欧州からシベリヤを越えて、助けを求めてやって来たユダヤ人二万人程を受け止め、軍などへの時間のかかる申請を省いて、直ちにそれぞれの希望に叶うように対処した樋口大佐(のちの中将)について、お孫さんより当時の有様が淡淡と語られました。
 この話は、樋口大佐が若き日をユダヤ人と共に過ごしており、彼らの困窮に対し、頭より先に体が動いた様であったと言っておられたのが印象的でした。当時の軍人達は、様ざまな国と広く接触があり、互いの間に深い信頼の絆ができていたのだなと思ったところです。
 そういえば別の人……彼は小野寺信という情報将校(少将)でしたが、エストニアなどのバルト三国やスウェーデンなどの人達とも交流があり、他国の追随を許さない深い信頼関係を築いていたという事実があった。当時バルト三国などは、両隣の強暴な大国に何度にもわたる蹂躙を経験させられ、そのことから、隣国の動静について他のどの国にも負けないほどの情報網を持っていたという。この小野寺信は、なんとソ連の対日参戦を決めたヤルタ会談での極秘情報を、彼らを通してわずか二日遅れで入手していたようだ。これは大変重大な情報で、それを日本が真剣に受け止めていれば、おそらくその後に続く広島も長崎も、さらにあのシベリヤ抑留もなかったであろうと言われる程の情報でした。勿論、小野寺はそれを超極秘裏に日本へ送信したことでしょうが、残念な事に、その貴重な情報は軍部の一部の人によって握りつぶされ、上層部に伝えられることはなかったのです。
 何故そのようなことになったのでしょう。ここに神を恐れぬ恐ろしい人間の体質のようなものが表れているのです。つまり、そこでは、自分達に都合の悪い事情は全部握り潰すという軍部=官僚組織の弊害がのさばっている。上げられてくる情報に真摯に向かい合っていれば、日本はもっと穏やかな敗戦の途を選ぶことができたであろうに。問題は、今もこのような体質が社会の中に根深く巣食っているのではないかということです。自己中心、自分達の計画に都合が悪いと握り潰すという思い上がった有様。以上が講演会の前半で思わされたことでした。
 後半は、手束先生のお話でしたが、前半の樋口氏がトツトツと話されたので、話のトーンが変わり過ぎて話しにくいのではないかと心配しましたが、即妙な対応でスムースに話は進んで行き、さすがだと感心させられました。牧師先生がいつも言っておられるように、自虐史観ではなく、もっと確かな史実に基づいて自分達の歩んできたところを認識する必要がある。でなければ、聖書も正しく読むことにならないという事になるのでしょうか。
 最近読んだ本によると、それは二十世紀も末になって判明したというのだが、第二次大戦開戦当初、ルーズベルト大統領の周りは、二百人のコミュニストで囲まれており、特にあの〝ハルノート〟を作ったハリー・デクスター・ホワイトという人は、ソ連情報局のエージェントであった。世界は後にその事実を知って驚愕したという。国際コミンテルンは、何とかして日本を戦争に引きずり込もうと画策していたようだ。国際政治の背景は奥が深く、簡単には判らない。それだけに、手束先生の言われる〝歴史は解釈である〟という基本認識が必要になってくる。今の青少年は、現代史を学んでいない。従って一方的な情報にはかなり弱いのではないだろうか。そればかりか、昨今テレビを賑わせている〝平和憲法維持、戦争放棄〟を金科玉条としてわめくあの叫びは何なのでしょう。〝軍事紛争に備える〟事と〝戦争をする〟事とは、その根本的な意味合いが全く違うのではなかろうか。あたかも、自分達が少しでも被害を受けることは真平(まっぴら)御免と聞こえてしょうがない。それは視野狭窄でしかない。戦前の賢い軍人は、もっと視野が広かったに違いない。
 その様な事を思うにつけ、世の流れがいかようにあれ、私達は聖書の民として、世の中の流れに埋没する事なく、静かに神様からの声を聞き分ける者となりたいものです。





「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(2)ー昭和の武将達が今立ち上がったー


「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(2)
 ―昭和の武将達が今立ち上がった―
 秋 山 ひ ふ み

 東京スカイツリーを近くに見る曳舟文化センターは、地域のグループが様々に利用する、あまり格式ばった感じのない会場でした。二時から始まるこの会には、どれ程の方々が来てくださるか多少の不安があった様ですが、十二時半頃から早々と、「申し込みしてないんですが…」と言って聴講を希望する方々が現れ、会が始まる頃には、参加者は七十名程になっていました。
 第一部では、「大勢のユダヤ人難民を救ったもう一人の日本人 樋口季一郎」と題し、ヒトラーに追われシベリア鉄道でソ連と満州の国境に達した大勢のユダヤ難民を、日独両政府に抗命して特別列車を手配し、上海粗界へ脱出させた人道主義者樋口季一郎(陸軍中将)について、その孫、隆一氏によって知られざる実話を話して頂く。樋口中将の功績は戦後育ちの私には計り知れないものがあり、当時の沢山の資料や貴重な写真等をもって、あたかも歴史の勉強をさせて頂いている感じでした。隆一氏はこの偉業をなされた祖父に対して誇ることもなく、淡々とした口調で話されました。
 第二部では、左翼的傾向の強いキリスト教界にあって、「私がこんな会を開くと『いつどこでどうなっているかわからないぞ』と言われている」と、いつもながらのブラックユーモアから手束牧師先生の講演が始まりました。杉原千畝氏の事は以前からテレビや映画で取り上げられよく知っていたが、樋口季一郎なる人物のことは、八年前「聖書と日本フォーラム」のメンバーから送られてきた「流氷の海」(ある軍事司令官の決断)を読むまでは全く知らなかった。あの時代、ユダヤ人はヨーロッパはもちろんアフリカからもシャットアウトされており、彼らを救えるのは日本しかなかった。なぜこんな素晴らしい方がいたことを日本人は知らないのか。どうなっているのか。答えは簡単!彼が軍人であったから。戦後の日本は軍人を悪者扱いした。この傾向は現在の自衛隊の働きに対する報道の少なさにも伺えると嘆かれる。大東亜戦争後日本人に植えつけられた「日本は悪い国であった」という偏った歴史観を、もう一度正しく見直す必要性がある。そして健全な歴史観に立って福音を宣べ伝える事の大切さを強調された。
 二〇一二年十一月、高砂教会では手束牧師牧会四〇周年のお祝いにイスラエル旅行を計画しました。この旅行の一番の楽しみと目的は、樋口季一郎氏、またその部下の安江仙江氏らの名が記載されているというゴールデンブックを観る為、エルサレムに行く事でした。聖書を何十倍にも大きくした、とても一人では持ち上げられないほどの大きなアルバムのようなゴールデンブックが何冊も並べられている「世界シオニスト本部」に入ると、確かにある一冊の四番目に樋口季一郎氏の名前が記載されていました。続いて五番目に安江氏の名が。これを見て、イスラエルの人々がこの二人をどんなに尊敬し、大切に思っておられるかということを伺い知る事ができました。
 今回の講演会では、この樋口氏が取り上げられたことによって、日本人の持っている博愛の精神に焦点が当てられました。そして、古来日本人は聖徳太子の時代から景教徒であり、その文化の背景としてキリスト教の教えを受け継いでいる民族であり、世界に大きく貢献出来得る国であることを、改めて確認させていただくよき時となりました。この会に参加された方々の多くが、講演内容を一言も聞きのがさないぞとのめり込む様に聞きいっておられる様子は、感無量でした。また、講演後「突破口」が飛ぶように売れ、ある方などは、ATMでお金を下して来るので本を残しておいてほしいと言われる程の人気でした。
 いよいよ三谷康人氏を先頭に、昭和の武将達が立ち上がった様に思います。「日本を愛するキリスト者の会」は、まだまだ多くの人に知られざる会ですが、正しく日本を愛し、福音によって日本を〝神の愛される国〟として建て上げていく会として、今後大きく貢献して下さる事を祈り願います。




「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(3)ー「勇ましく高尚なる生涯」を生きた軍人(いくさびと)ー


「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(3)
 ―「勇ましく高尚なる生涯」を生きた軍人(いくさびと)―
 元カネボウ特別顧問 大 門 英 樹

 樋口季一郎元陸軍中将の生涯を拝聴した。襟を正す思いと敬服の念が湧きあがってきた。改めて気づかされたのは、私たちは自分の国の近代史をあまりにも知らなすぎるということであった。理由は、言うまでもなく学校で教わらなかったからである。したがって、数千人ものユダヤ人の生命を救ったとされる志操堅固な持ち主の存在を全く知らないということが起こった。
 いくら学校の教科書にのっていなかったとはいえ、この英雄の名と事績が何らかの情報源から伝わってきてもよさそうなものではないか。情報が全く断絶されているのはなぜなのか。手束元老牧師の応(こた)えは明快である。
 「樋口季一郎氏が軍人であったからである。わが国は大東亜戦争のあと、戦争の責任は軍人にある。諸悪の根源は軍部であると断じて軍人については口を閉ざして事をすませてきた。アメリカによる洗脳教育が完全に成功したといえる」。アメリカの大成功は、そのまま日本の大不幸を意味するのだが。
 さて、樋口将軍の生涯(思想と行動)をお聞きした直後に、私の脳裏を過(よ)ぎる一冊の書物があった。この書に拠(よ)って、講習会の所感に代えさせていただきたい。その書名は『後世への最大遺物』。著者は内村鑑三。時は明治二十七年、日清戦争が始まる年のこと。内村はキリスト者の修養会から講演を依頼される。この書は、その折の講演の筆録である。そのためであろう、読みやすい。当時三十三歳の青年内村の闊達な語り口とウイットと鋭い切り口が随処にみられる。そして、不思議な躍動感にみちている。
 やや長くなって恐縮だが、内容を要約してみよう。
 「私に一つの希望がある。死を迎えるとき、ただ天国に往くばかりではなく、一つの何かを遺して逝きたい。私がどれだけこの地球を愛し、どれほどこの世界を愛したかという記念碑をこの世に置いて逝きたいのである」。
 では何を遺すかである。内村は三つのことを挙げて、それぞれを事例にもとづいて、簡明なる解説をほどこしている。三つとは、金と事業と思想(著述)である。これらはみな遺すに価する尊いものではあるが〝最大〟遺物とはいえない。なぜか。誰れにでも遺すことができないからである。今、挙げた三つのものは、ほとんど天与ともいえる才能・能力・器量が求められるものばかりである。そればかりか、それらを遺した結果は必ずしも害のないものではない。したがって、〝最大〟の必須要件は「誰れにでも可能で、かつ利益のみあって無害なものでなければならない」――それは何であるか。「私(内村)は、〈勇ましく高尚なる生涯〉であろうと考える」。それでは〝勇ましく高尚なる生涯〟とはどんな生き方なのか。
 「現実のこの世の中は悪魔が支配するのではなく、神が支配している事を信ずること。失望と悲嘆にみちた世の中ではなく、希望と歓喜にあふれた所であることを自らの生涯に実行してみることだ。そうした生き方を記念物としてこの世を去ることである」。
 例えばパウロをとりあげて内村はおどろくべき断言をする。パウロの書簡は実に有益なるものであるが、パウロ自身の生涯にくらべれば価値の少ないものだ。パウロ自身の生き方そのものは「ロマ書」や「ガラテヤ書」よりも価値が高い。同じクロムウェルやトーマス・カーライルの成したのは、余人にはとうていできない大仕事ではあるが、両名の高尚なる生涯とはくらべものにならにない。このように述べ来(きた)って、内村は次の語で講演を結んでいる。
 「我々に後世の人にこれぞといって覚えられるべきものは何にもなくとも、あの人はこの世の中に生きている間は、高尚なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世に遺したいと思います」。
 いわば、自分のやってきたこと(Doing)よりも自分の実存的生き方(Being)そのものを遺すべきであるとの提言である。
 私なりにまとめると――大義と大愛のためには自らの生命を投げ打っても実践する(=勇ましい)こと。すなわち、この世には「生命」よりも大切なことがあると見極め、それに殉(じゅん)ずる覚悟が「勇ましい」の意味。そして、為したことを周りに大声で語らないという〝陰徳〟を積むこと(=高尚なる)。すなわち、自分が成したのではなく、大いなるものに証しするために直面する事を「させていただいた」(=高尚なる)だけであるとの態度をいうのである。
 樋口元将軍は、最大の遺物を後世のわたしたちの心に刻みこんでくれた。ユダヤ人の生命を救うことは潔(いさぎよ)いその生き方の一端を示すものである。着目すべきは、日本人に本来具わっている数々の〝美質〟を「自ら意識することなく」遺して逝かれた「代表的日本人」のお一人であったということではあるまいか。
 という次第で、稀有なるテーマの講演会に出席したご利益で、私は久しぶりに〝この人を見よ〟の充足感にひたることができた。




「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(4)ー日本の戦後七十年は、なぜバビロニア捕囚に例えられるのかー


「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(4)
 ―日本の戦後七十年は、なぜバビロニア捕囚に例えられるのか―
 元草加市議会議員 瀬 戸 健 一 郎

 日本を愛するキリスト者の会が開催した第一回講演と懇親の会では、第一部で樋口隆一先生、第二部で手束正昭先生がご講演されました。ご講演内容は、私たちが日本の戦後七〇年を深く霊的に捕える貴重な機会となりました。以下に、私なりの考察をシェアさせて頂きます。

■なぜ私たちは樋口季一郎中将を知らないのか(講演Ⅰ)
 杉原千畝さんがユダヤ人六千人を救い、樋口季一郎中将は一説には約二万人のユダヤ人を救ったと言われています。しかし、私たちは杉原千畝さんを知っているのに、なぜ樋口季一郎中将を知らないのでしょうか。杉原千畝さんは外交官でしたが、樋口季一郎さんが軍人だったから歴史の陰に隠されてしまったのでしょうか。

■健全なセルフイメージの回復こそが日本宣教の突破口(講演Ⅱ
 古代日本には全国各地に景教の影響が散見されます。民謡の伝承の中では掛け声などにヘブライ語聖書の韻が含まれています。日本人の民族的価値観や生き方は聖書的なのに、日本人が戦後身につけた歴史観は日本人のセルフイメージを傷つけています。健全なセルフイメージを私たちが回復することは、日本宣教の突破口となるはずです。

■War Guilt Information Program(戦争の罪責感を植え付ける計画)
 今年は戦後七〇周年。手束先生が本会設立に寄せて述べておられるように、「精神的バビロニア捕囚からの解放」という節目の年を日本は迎えていると私も実感しています。
思えば、明治維新以来、日本は戦争に次ぐ戦争の歴史を太平洋戦争に敗戦するまで七〇年以上繰り返しました。過去七〇年間が戦争のない平和な歴史を繰り返してきたとは言え、その背景にはGHQによる“War Guilt Information Program”と呼ばれる、日本人に戦争犯罪に対する罪責感を植え付け、日本人を精神的に武装解除するための洗脳教育プログラムが存在していました。これがバビロニア捕囚に例えられる実態です。

■マッカーサーの実像と日本占領政策の実態
 もしもマッカーサーが純粋なクリスチャンであり、本当に福音伝道に熱心であったのだとしたら、私はむしろ米国による占領時代が日本のリバイバルの原動力になったかもしれないと思いますが、残念ながら彼はクリスチャンであると同時にフリーメイスンでした。つまりマッカーサーは靖国神社にも天皇制にも、さらに社会主義や共産主義にも寛容だったわけです。フリーメイスンは人知を超えたあらゆる神格的存在や霊的存在を包摂する友愛団体で、必ずしもキリスト教信仰だけを是とする集団ではありません。多くのアメリカ合衆国大統領がメイスンであったように、かくしてマッカーサー自身も、一日も早く日本占領統治体制を確立し、帰国して大統領になることが夢だったわけです。その為に利用できるものは何でも利用しました。

■トルーマン大統領によるマッカーサー解任
 一九七九年に首相になった日本社会党の片山哲氏は、筋金入りの社会主義者でしたが、彼がクリスチャンであったために、マッカーサーは彼を日本の信教の自由の象徴的存在として絶賛しました。マッカーサーは熱心なクリスチャンでありましたが、その後の世界が自由主義対社会主義、資本主義対共産主義というイデオロギー対立を迎える中で、アメリカ合衆国が進むべき道、日本国を導くべき道が明確に認識できていなかったのではないでしょうか。結局マッカーサーは、トルーマン・ドクトリン(冷戦体制の宣言)を掲げるトルーマン大統領によってGHQ司令官を解任され、大統領にもなれず、「老兵は死なず、ただ去るのみ。」という有名な言葉を残して歴史から姿を消します。
 War Guilt Information Programが戦後、日本人に伝えたメッセージは、「日本国民は悪くなかった。悪かったのは東京裁判によって有罪判決を受けた軍人たちだ」ということでしたから、私たちは杉原千畝氏のことは知っているのに、軍人であった樋口季一郎氏を知らないわけです。
 次回も、日本宣教の為に深く祈るきっかけが持てますように。




「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(5)ー主の栄光を現す尊い身分ー


「日本を愛するキリスト者の会」講演会に参加しました(5)
 ―主の栄光を現す尊い身分―
 富士見町教会長老 森 敬 子

 「日本宣教の突破口」のあとがきの文中に「東日本大震災は日本人の深層部分に大変動が起き、私達クリスチャンの出番がきた・・・」と記されています。本当に今こそ罪責感や低いセルフイメージから脱却すべき時です。私達クリスチャンは神のものとされた尊い存在です。セルフイメージを更に高めて、歴史を変えた十字架のあがないと復活を通して、主の栄光を現す尊い身分になった。この喜びの大変革を祈るものです。又あとがきの最後に「本書の願いは、日本にキリストによる精神革命が起こされ、福音を通して真に再生していくことである・・・」とあります。今が再生のチャンス、変革の時です。
 エペソ一章一〇節『時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって、一つに集められることなのです』。教団教派を超えて一つになる超教派の働きが大変重要と思います。今一つになる重要性を感じております。
 私の変革ビジョンは、ヨハネ一七章二〇~二三節です。二〇節『わたしを信じる人々のためにお願いします』。ここにはイエス様のお願いが記されています。それは、二一節、『父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼等(クリスチャン)がみな一つとなるためです』。クリスチャンが〝みな〟とあるように、教派を超えて一つとなること、さらに二二節『わたしは、あなたが私に下さった栄光を彼ら(クリスチャン達)に与えました』。主の栄光を現す特権を信じるキリスト者に、ただで無条件で与えて下さっている、この尊い事実を深く思います。この栄光は私達が何か資格があったからでもなく、又一生懸命努力したからでも無く、ただただ一方的な神様のあわれみ、恵みによるものです。
 一七章二二節に、栄光をクリスチャンに与えたこと、そのあとに又『彼ら(クリスチャン達)も、わたしたち、(すなわち神様、イエス様、聖霊様、三位一体の神様)が一つであるように、彼ら(私達クリスチャン)も一つであるためです』。続いて二三節に、〝一つとなる〟理由として、『それは、あなたがわたしを愛されたように、彼ら(クリスチャン達)をも愛されたこと、このことを、この世(ノンクリスチャン、日本では99%)が主を知るためです。また少し前の二一節にあるように、『この世が主を信じるため』なのです。神様、イエス様、聖霊様が一つであるように、私達クリスチャンも一つとなること、この一つとなっている姿を見て、99%のノンクリスチャンが主を知り、主を信じる。私は、一七章二〇~二三節「一つになって主の栄光を現す」、これがリバイバルのカギ、宣教の突破口と考えております。
 キリスト者の目的が主の栄光のために造られたと聖書に記されています。イザヤ書四三章七節『わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った』。そして、Ⅰコリント六章一九~二〇節『あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まわれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものでないことを、知らないのですか、あなたがたは代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって神の栄光を現しなさい』。
 神様の素晴らしさ、うるわしさを現す、本当に尊い身分が、私達キリスト者にただで無条件で与えられています。この神様のあわれみ、恵みを今深く心に思います。この尊い身分、セルフイメージを更に更に深めたいです。私達が主の栄光のために、教団教派を超えて一つとなること、そして罪と死から完全に解放され、永遠の生命の救い、この福音が水が海をおおうように、拡がることを祈ります。








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