月報 2016 1月

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男達の旅路(1)ーここに本物があるー


 男達の旅路(1)
 ―ここに本物がある―
 北 田 一 男

 私の家は代々浄土真宗で、子供の頃から家にはお寺さんが出入りし、当然の様にお経も覚えてしまい、法事の度にお寺さんの法話を聞いては人の生き方についての教えを教わり、他人に優しく、自然から受ける恩恵について感謝の念を持つ等、子供の割には人生円滑に渡る術を知っていたような気がしていました。
 しかしながら、現実は厳しいもので、保育園に行った初日からイジメの嵐、新参者にはこれが洗礼であったようです。この事を私は五歳にして学びました。無理にでも反撃しなければやられっ放しになってしまう。私はイジメをして来た上級の子供達をわずか数日にして打ちのめして、誰からもいじめられない人となりました。やれば出来る事を実感した最初でありました。しかし、進級、就職とコマを進めていくにつれ、腕力では何も解決しない、そればかりか、親が謝罪に行くリスクで大変な親不孝をしてしまう。平安な日々、親や先生に怒られない人になりたいと強く願う事となりました。腕力より知力、知力より心の優しさ力に目覚めるのにそう時間はかかりませんでした。物心ついた時から怖い目に会うと、なぜかオカーチャン、または神様助けて~!と言うではないか。この事が意味するものは何ぞや?現在六十年余り生きてきて、愛する母を天国に見送って、自分の心の中で親孝行をあまり出来ないまま終わってしまったなあ。「お母ちゃん育ててくれてありがとう」これが精一杯の気持ちでした。
 お寺さんとの決別の日は、母の葬儀の時に始まりました。拝金主義の壁に圧倒されてしまったのです。何とも変な気持ちでした。救いは無いのか?長年信じてきた事がすべて崩壊したこの空虚な気持ち、心の中に風が吹いていました。そんな時でした。妻が高砂教会に通い出して、一度のぞいてみて!と勧めてきたのです。今まで宗教団体で良い記憶が無かったので、妻を教会まで迎えに行く程度にしていました。しかし、そこで見たものは…自分の想像とは全く違っていた異空間でした。教会前で笑顔で談笑している人々。その笑顔の穏やかなる事、何と素晴らしい優しいオーラが漂っているではないか!教会の中できっと変な洗脳が行われているに違い無い。しかし知りたい!興味の気持ちがムクムクと頭を持ち上げてくるのにそう時間はかかりませんでした。
 いっそ扉を開いてのぞいてみたらどうなのか。次の機会に妻から見学の誘いを受けた時、私はワインとパンを口に放り込んでいました。何故なら、考える事の無意味さが教会の扉を開いて中に入った瞬間にすべての疑念が霧散消滅してしまい、涙があふれてきたからです。全く初めての体験でした。神が私を選んでくれたのだと心に強く感じた瞬間でした。これは本物だ。少しのためらいも無く洗礼の決意を固めました。素晴らしい仲間の人達。ここでは兄弟と呼ぶらしいのですが、ひとりっ子の私にはこれ程嬉しい事はありませんでした。誰もいじめない、誰もかれもが優しくて温かく迎えてくれる。この世の中にお金を出せば優しくしてくれる人は大勢居ますが、高砂教会の兄弟達は例外無く温かく慈悲に満ちています。やっと来れた心の郷里。少しでも神への道を学び、素晴らしいクリスチャンとしてこれからの人生を生きていこうと思っています。
 洗礼を受けてからの自分は何にでも感謝出来る様になり、苦境の最中でさえ、次なるステージを私の為になるストーリーで神様が用意してくれているのだ、と感じる事が出来、どんなに理不尽な扱いを受けても、心の中で笑顔で過ごせているようになれました。ガキ大将で手のつけられない母子家庭の子供が、今まで一番は良い、二番はダメ、金が無いのは命が無いのと同等、とまで言っていた周囲の人達を、今では気の毒にさえ思えます。紙面の都合で記す事が出来ませんが、過去八回も死にかけた時、奇跡の救いを得ている私は、この救われた理由が知りたくて仕方なかったのですが、今ここに神の業があったのだと感じ、感謝で一杯です。






男達の旅路(2)ー黒田官兵衛のあとを辿りたいー




 男達の旅路(2)
 ―黒田官兵衛のあとを辿りたい―
 神 澤 輝 和

 昨年十二月二十日クリスマスに高砂教会で受洗しました。現在七十四歳です。
 神澤家にキリスト教が持ち込まれたのは三十年前に遡る。姉が網干に嫁ぎ、その義兄の実家が故あり、牧師の方が後妻に嫁いできた。その方の影響で姉夫婦が熱心な信仰者となり、それを神澤家に持ち込んだのであった。当時、母が姉を叱り、神澤家は古くから浄土真宗だからキリスト教の持ち込みはならぬとの厳しい態度で拒否されたと姉から聞かされた。
 四十歳代後半の頃、当時思う事があり、父母の勧めで私はある新興宗教(生長の家)に熱心に通うようになった。それは谷口雅春師が提唱する生命の実相哲学であった。そこには仏教、キリスト教等を融合された万教帰一の思想があった。人間は神の子、病無し、罪無し、皇国信仰を徹底的にたたみ込まれた。一方、神澤家と言えば、高齢になった父母が姉の勧めで私に無断でキリスト教の洗礼を受け、弟や妹の家族までもクリスチャンになっていた。そればかりか、息子の家族五人もそのうちにクリスチャンになっていた。
 その母も五年前に召され、私は母から葬式の選択を託されていた。姉弟妹もクリスチャンだった故もありキリスト教式で葬儀をした。その年に妻が息子家族に誘われクリスチャンになった。残るは神澤家で仏教徒は私だけになってしまった。そしてとうとう、菩提寺の僧は神澤家への月参りに来なくなった。
 私は、退職後、平成十五年に黒田官兵衛の資料館を自宅に立ち上げた。「播州黒田武士の館」と「播磨灘漁具会館」である。程なく平成十八年三月二十日に、黒田官兵衛をNHK大河ドラマにとの誘致運動を仲間と興した。「播磨の黒田武士顕彰会」と言い、今は私が会長をしている。お蔭さまで、平成二十四年十月十日NHK大河は決定した。その後の私は多忙を極めた。講演会や事業で息つく暇も無かった。加えて私の資料館「播州黒田武士の館」には数千人のひとが押し掛けるようになっていた。大型バスで来られる団体も居た。それを妻と二人で対応していた。平成二十五年九月には姫路市の推薦を得て、NHKの全国放送「コロッケのごきげん歌謡笑劇団」、十月の民放関西テレビの「となりの人間国宝」にも取り上げられた。NHK大阪のラジオ番組にも出演した。大河ドラマの後半、平成二十六年十一月には姫路文化功労賞、平成二十七年五月には兵庫県知事から地域活動功労表彰を戴いた、それぞれ思いがけずの出来事で、私には過分な事であった。
 しかし、その頃からか少し体調に異変が出ていた。それまで何事にも前向きであった者が、突然何もする元気が無くなっていた。ある医者はそれを称して「燃え尽き症候群」と診断した。十箇所程の病院を掛け持ち原因を探っていた。ある病院では循環器系の病気と診断され、大病院の見立てでは手術が必要との事であった。
 昨年十二月、私は高砂教会の元老牧師先生に面会を望んだ。幸いにも一日の日は手束牧師先生の面会予定日であった。手束先生は私に「主イエスキリストを信じますか」を問われた。私に選択の余地は残されていなかった。何とかこの難局を乗り切りたい。家族の平安を祈りたい。黒田官兵衛のあとを辿りたい…その一心であった。
 翌二日、新谷主任牧師先生も私の館に来られお祈りを下さった。そこで洗礼式は十二月二十日と決まった。私の手術は二十一日無事終わり、年内に退院できた。教会員皆様の祈りと家族の祈りのお陰であると感謝致します。
 暮れに、私達夫婦は先祖の墓に参り、私がクリスチャンになった報告をした。何故か涙が流れて止まらなかった。これからの余生を、イエス様のあとについて、家族と共に教会に来れる事の喜びと感謝ですと祈った。そして、出来る限り皆様のお役に立ちたいと願った。
 (追記) 受洗前後、手束元老牧師先生の著書を読ませて戴いた。そこには、東回りのキリスト教が存在し、日本文化にも大きく影響していることが書かれていた。又、一月二十三・二十四日の久保有政師の「古代日本に来たクリスチャン達」「武士道とキリスト教」に大変興味が沸き、感激で涙が止まらなかった。昭和天皇のことがキリスト教会で語られる不思議を感じた。感動です。これらこそ、私が求めていた日本文化に近づく道かもしれない。


















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