月報 2016 7月

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伝道を推し進めよう(1)ー先ず、神様を喜ぶことからー



伝道を推し進めよう(1)
 ―先ず、神様を喜ぶことから―
 高 谷 宣 子

 今年度の私たちの教会の方針は「神と出会える礼拝と伝道を求めて」です。この方針のごとく、毎週もたれる礼拝の中で、また、聖日礼拝に限らず日常の生活の中で、心から主を讃美し主を喜び、それぞれ召されている場所で主を証しする者となっていく事を主が願っておられると強く感じています。また、先日の聖霊刷新協議会全国大会の分科会で周神助師が、奉仕奉仕、伝道伝道の働き重視でなく、主の前に安息して心から主を喜び、霊と心と身体が健康である時に自分自身も教会も成長すると言われていました。これは、今年度私たちの教会に与えられている方針とも通じるものがあるのではと思いました。
 まず自分と主との関係が大事であるという事です。主がどんなに素晴らしいお方でどれだけ私の事を愛してくださっているかを深く知る事は、主との愛の関係を更に強くしていく事になります。主を喜ぶ事は私たちの力であるからです。そして主の元で安息する事で私たちは外へ向かっていく力も与えられていくのだと思います。
 今年度、ミッションセルリーダー会では、新谷主任牧師先生より天外内トレーニングの学びを受けています。全国大会でもお互いに愛し合う事、またその関係づけが大事である事を学びましたが、まさしく天=神との関係、外=求道者との関係、内=自分とクリスチャンの仲間達との関係が大事であるという事です。この中でまず神様を喜ぶ事、そして神様に聴き従う事が重要であると教えられています。この学びを頂いてからは、一日の始めにまず主の前に静まって、主が私の事をどう思ってくださっているかを聴き、今日私がしなければならない事を教えて頂きます。
 今日、私は誰に仕えるべきですか?誰に福音を伝えたらいいですか?を聴きながら、主が教えてくださった方へ会いに出かける、メールをする、交わるという事を実践しています。時には何も語られない?聴けない時もありますが、毎日継続してやり続ける事が大事だと思い行っています。毎日のデボ―ションをメモに取り、後で読み返していくと自分の弱点に気付かされます。親子関係、友人知人、職場での人間関係など、互いに愛し合う事が大事だと分かっていても、それをする力が自分にない事に気付かされます。けれどもだからこそ主を喜び、御言葉に聴き従い続けていく時に和解が与えられ、お互いに愛し合える関係を築き合う事ができるという事を日々教えられています。そして、このデボ―ションを継続していく為にセルを持ち、互いに天外内を分かち合い、祈り合い、励まし合っています。このセルがあるからこそお互いに成長し合えるように思います。
 今までの伝道のイメージは、〝ねばならない〟と言った強制的な受け取り方が強かったように思いますが、本来の伝道はとても自然なものなのだと改めて思わされています。私たち一人一人が主を喜び、互いに愛し合う交わりがあるならば、自然と求道者の方が惹きつけられてくる。一人一人の存在が主を証しする者となる。私たちがどこに居てもその場所が主が臨在する場所となっていくのだと思わされています。
 また、ここ数年前から自ら教会の門を叩かれる方が多くなっています。先日(六月十九日)の伝道奨励礼拝にも求道者二十一名、内新来会者は九名と、今までにない位の方が来てくださいました。教会の中がたくさんの求道者の方で溢れ、うまいもん天国のバザーも手伝って活気溢れた一日となり、まさしく天国の様な一日となった事はとても感謝でした。
 これから八月にはキャンプや修養会も予定されており、霊的にも養われていく恵みの時です。一人一人が聖霊の油注ぎを頂き、各々が召されている場所場所へと福音を携えていきましょう!
「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」(ローマ一〇:一五)







伝道を推し進めよう(2)ー一番大切な事は神に聴くことー



 伝道を推し進めよう(2)
  ―一番大切な事は神に聴くこと
  滝 本 聖 子

 私が神様を知るきっかけとなったのは、ノンクリスチャンの友人に「子育てのお話があるから一緒に行ってみない?」と誘われた事でした。特に大きな問題があった訳でも、ましてや神様を求めている訳でもありませんでしたが、当時三男を出産したばかりで、ほとんど外出する事ができなかった私にとって、子供を連れて出かける場所があると聞き、喜んで付いて行きました。交流分析を通して、実は問題が無いのではなく問題を直視せず無理をしている自分に気付き始めていましたが、その頃の私は「キリスト教」という知らない世界に対する不安が大きく、クリスチャンには良い印象を持ちながらも、神様に頼ろうとはしませんでした。そんな生活を七年間も続けた後、とうとう自分の力ではどうすることもできない事がある事に気付き、やっと神様を受け入れる決心をしました。その間、無理に受洗を勧める訳でもなく、ただただ会って話を聞いて神様の愛を流し続けて下さった姉妹方には、心から感謝しています。
 救われた直後の私は、溢れるほどの神様の祝福を受けながらも、「伝道」に対する意識は低く、自分とはあまり関係のないものと思っていました。
 それから三年ほどたったある日、神様から「いつまで留まっている。もう十分ではないか。出て行って宣べ伝えよ。」という思いが来ました。その時初めて、今まで祝福を受け取るだけで、何もお返しできていない事に気付きました。そして、多くの犠牲を払って粘り強く私に関わり続けて下さった姉妹方の事を思い出し、今度は私が頂いた祝福を拡散する事で少しでもお返しできるのでは…と思うようになりました。それからは喜んで伝道し、周りの大切な友人や家族がどんどん救われていきました。お返しのつもりで始めた伝道でしたが、逆に祝福は流し出すと更に沸いてくることを体験し、『受けるよりは与える方がさいわいである』(使徒二〇・三五)の御言葉通り、今まで受けてきた恵みとは比べ物にならないほどの喜びを感じていました。
 そんな充実した信仰生活を送っていましたが、なぜか今まで次々に溢れ出ていた喜びが徐々に感じられなくなっていきました。いつもすぐそばにいて下さっていた神様を見失い、伝道に対しても、喜んでと言うより、今まで受けた祝福の貯金を切り崩しながら絞り出すように行っているような感覚でした。なぜその様な感覚になるのか分からず、悩みながらも目の前の役割をこなしていくのが精一杯でした。そのような状況の中で、いくら伝道しても救いまでは届かず、苦しい時期を過ごしていたある日、突然全てに対する意欲が消え、伝道だけではなく仕事や家事さえもできなくなってしまいました。そんな私を心配して多くの兄弟姉妹が陰で執り成し祈って下さいました。そのお陰で大切なことに気付きました。その頃の私は、神様と交わる時間を選び取ることをせず、役割をこなすことで神様に仕えていると勘違いしていたのです。いつも時間に追われ、神様に聴くことを怠っていました。頂いた祝福を流すだけではいつか枯れてしまいます。
 今私は、ノンクリスチャンの方だけでなく、いつも陰で支えてくれている信仰の友にも神様の愛を流していきたいと思っています。その為にも、常に神様に繋がり続け、いつも神様に聴きながら歩んでいく事を心掛けていきたいと思います。
 高砂教会は、交流分析などのセミナーや、うまいもん天国やBBQなど色々なイベントが行われ、伝道しやすい環境にありますが、そこに誰かをお誘いすることを目的とするのではなく、そこに集う方々が神様を中心とした交わりを共に楽しむ事こそが本当の伝道になると思います。お一人お一人が神様と出会い、神様の愛を受け取れるようお祈りしています。


























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