月報 2017 6

タイトルをクリックしてください        

海外姉妹教会への訪問記(1)〈韓国〉―姉妹教会となったのは神のご計画―

海外姉妹教会への訪問記 (1) 〈韓国〉
 ―姉妹教会となったのは神のご計画―

手 束 美 智 子 師

 去る五月十二日から十六日まで、姉妹教会である桂山中央監理教会から招待を受け、手束元老牧師、プリズムの新田姉、小嶋姉、稲垣姉、佐川姉、そして杉田執事とともに、七名で訪韓しました。
丁度北朝鮮のミサイルが発射され、アメリカの航空母艦が北朝鮮に向かうという緊張状態の中、皆さんの熱い執り成しに励まされて機上の人となりました。仁川国際空港に到着すると、崔信成主任牧師始め、スタッフの方々が満面の笑みを湛えて出迎えてくださいました。予想していた緊張感が吹き飛んでしまうほど何事もないような様子に、却って驚いてしまいました。
 今回は、プリズムにとって初めての海外奉仕であり、韓国語での賛美という大きなチャレンジもいただく中、努力と祈りをもって練習し備えてきた姉妹たちの奉仕への覚悟と期待に、主は応えて祝福されました。また、プリズムの賛美の特徴である伸びやかで美しいハーモニーを、崔信成牧師が大変気に入ってくださり、金曜日の夜、友人の若手牧師が牧会される万数監理教会の深夜祈祷会に奉仕の場が備えられました。証しを交えながらの二十分間、四人は見事に歌い切りました。続く手束元老牧師による「赦し」のメッセージは、この教会が抱えている痛みを乗り越える時期と丁度重なり、大変良き励ましになったと感謝されました。
 土曜日の朝、崔先生は私達を、障害のある方や、生活困窮者の方々が住む高層住宅に案内して下さいました。間取りは二DKくらいの狭さでしたが、そこには〝桂山中央監理教会〟の教会名入りの作業ベストを着た壮年たちが十名ほど、壁紙や天井の張替作業をしておられました。毎月一度の社会奉仕を通して、地域の人々の必要を助ける働きをされているとのことでした。
 そして聖日の朝になると、駐車場の案内や、数百名分もの昼食の皿洗いなど、多くの方が笑顔で奉仕しておられました。それは長老や執事さんたちで、社会的地位の高い方も多いとのこと、謙遜で忠実に仕える姿に深い感動を覚えました。高砂教会の皆さんも主に良く仕えてくださっていると自負していましたが、見習うことがまだまだたくさんあると痛感させられました。
桂山中央監理教会の礼拝堂は、二千数百名も入る大会堂で、訪問の度毎回圧倒されますが、何と今回は、午後の礼拝が「プリズムコンサート」と銘打たれた写真入りのポスターが、ロビーや、教会のあちこちに貼られていました。私達夫婦の写真も、プリズムの写真の横に添えられていました(笑)。
 礼拝では、賛美チームのリードで、現代風にアレンジされた聖歌を楽しく歌い、大変恵まれました。その後、男声合唱の賛美チーム、婦人たちのオカリナ合奏と、いずれも心を打つ素晴らしい賛美が続きました。こうして整えられた霊的雰囲気の中、いよいよプリズムの登壇。広く高い講壇の上に立つ三人と、小嶋姉のピアノの位置がかなり遠くて心配するも、賛美の度に盛大な拍手が巻き起こり、素晴らしい臨在の中で励ましを受けて、私も途中で独唱させていただき、無事奉仕を果たすことができました。また、杉田兄は動画の撮影など、裏方として助けてくださいました
 続いて手束元老牧師が日韓関係の底に潜む問題についてメッセージ。間接的ではあるものの、互いの苦味を棄て去り、ともに許し合い、愛し合いつつ主のリバイバルを願う思いが強められた良きメッセージであったと感じました。
 滞在中は観光も用意してくださり、食事の折には、信成先生はじめ長老さんたちとの楽しい会話が大いに盛り上がり、時には冗談の応酬で、私たちも笑いのツボにはまってお腹がよじれるほどでした。名通訳者金フンギュ牧師の陰の力によって、さらに親しい関係へと引き上げられたことを思い、改めて深く感謝しました。
 今回の訪問を通して、二つの教会を姉妹教会としてくださった神様のご計画の素晴しさを、改めて感じました。高砂教会と桂山中央教会は、偶然にも創立が一九〇〇年と同じであること。また、崔元老牧師先生と手束元老牧師先生は、共に自国の民族総福音化運動に専心しておられること。また、現在若い主任牧師先生が牧会の責任を担い、互いの教会を尊敬し、学び合う心を持っていることは、なんと素晴らしいことでしょうか!

海外姉妹教会への訪問記(2)〈台湾〉―弱られた林誠牧師夫妻のために祈ろう―

海外姉妹教会への訪問記(2)〈台湾〉
 ―弱られた林誠牧師夫妻のために祈ろう―

音楽主事 盛 谷 耕 三

 五月二十五日(木)の午後、私たちは、台湾中部の山合、博愛教会へと向かう車に揺られていた。手束牧師先生、そして沖縄泡瀬バプテスト教会の具志堅ナオ子先生と私、三人での台湾伝道旅行がその日から始まる。このチームが固定化したのは四年前からで、牧師先生いわく、年に一度の〝七夕伝道チーム〟であると。出迎えて下さったのは、博愛教会のバトゥ師と呉聖文さんの二人であった。
 博愛教会は台中県和平鄕松鶴区という台湾中部の山村にあり、私たちのイメージにある〝博愛村〟の呼称は使われていない。夕方近く松鶴の村に着いた私たちは、懐かしい林誠牧師夫妻、そして伝道旅行のお世話役である劉蘭妹さんと再会。夜には山のレストランで歓迎夕食会。カラオケまで登場して、日本の歌で大いに盛り上がり、その夜は林先生の山のコテージで熟睡?
 翌二十六日の朝一番、奥さんに出会うが顔色がすぐれない。聞けば、林先生は身体中にできた痒疹がとても痒く、夜もほとんど眠れていないとのこと。林先生は御年九十二歳。昨年末には、「もう一度高砂に…」とずいぶん楽しみにしておられたが、それもとうとう実現できず終いとなっている。耳もすっかり遠くなり、足腰も弱ってしまわれた林先生の、高砂教会への特別な想いを聞くにつけ、これまでの様々な思い出がひとしお込み上げてきて目頭が熱くなった。
 朝食の後は林先生による恒例のお茶タイム。牧師先生も楽しみにしておられる。二階食堂の大テーブルを囲み、裏の柿の木畑と遠く連なる山々を望みながら、凜とした朝の空気の中で注がれる一杯のお茶、その小さな器から口中いっぱいに甘い芳香が広がる。心に浸みるふるさとの味を堪能しつつ、静かに時が流れる。
 夕方、教会の集会所でご婦人方の手料理を御馳走になる。懐かしい顔がたくさん並ぶも、アツァン長老の顔が見えない。また哈崙台教会の人たちもいない。近ごろ没交渉とのことで、このことはとても苦い思いとして残った。
 夜の陪霊会には四十名ばかりの方が参加。ナオ子先生のタイヤール語による美しい讃美に続き、手束牧師先生の「内側の汚れを取り除け」と題してのメッセージが語られる。。
 日常生活の中で怒りや恨みの感情を持つことは仕方がない。しかしそれを持ち続けるならばルサンチマンを溜め込んでしまう。怒り、恨みの感情はすべて主にお預けして委ね、主によって幸せな人生を歩ませていただこう、と力強く語られた。その後に祈りの時が持たれた。テーマを数点示され、バトゥ師のお勧めの後に続いて皆で統声祈祷する。その濃厚な主の臨在に身が引き締まる思いであった。ただし、これが随分気合いが入っていて、この間立ちっぱなしというのは、私にとって少々きついものがあった。
 林先生のコテージには二晩の宿をいただいたが、決して豊かではない暮らしの中で、いつも温かく迎えてくださるご夫妻にはただただ感謝の思いがあふれるばかりである。山の教会に聖霊の火を…との熱い思いで教会建て上げのために尊い働きをなしてこられた先生に豊かな祝福が注がれるように、主にあって辛い痒みが取り除かれるように、また、哈崙台教会との霊の絆が回復されるように、そして来年もぜひ元気でお目にかかることができるようにと祈りつつ、涙のうちに二十七日(土)山を降った。
 午前中は台北へと移動。午後は、雙連教会安養中心(戴約信師)で老人集会の奉仕。二十八日は、陳文欣師が牧会される大安教会にて聖日礼拝の奉仕に与る。そして午後には新幹線で北部から最南端へと移動し、最後の奉仕教会となる萬安教会へと向かう。屏東県にあるナザレン教団の小さな教会で、台湾で二番目に多い原住民パイワン族の集う教会。二十三年前、手束牧師先生が汐﨑勧士と松本明子姉の随行で訪問された教会とのこと。手束師はこの地に足を踏み入れたただ一人の日本人牧師であると、前任の劉朝川師が懐かしげに語られた。現在は娘さんの劉雪花師が牧会を受け継いでおられる。
 陪霊会では、早天祈祷奨励のメッセージと共に、にわか仕立てのパイワン語で讃美されたナオ子先生の「いつくしみ深き」も大好評を博し、豊かな実りのうちに集会を終えることができた。大歓待の上に、是非また来てほしいとの熱いコールをいただき、感謝、感謝! 

日本キリスト教団 高砂教会  
〒676-0015 兵庫県高砂市荒井町紙町1-34  TEL-079-442-4854 FAX-079-442-4878
Copyright (C) 2010 Takasago Church Corporation. All Rights Reserved.