月報 2017 10

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献身者として生きる決意 (1)―その大きすぎる愛を証したい―

献身者として生きる決意 (1)
 ―その大きすぎる愛を証したい―

池 端 克 弥

 今年の修養会も、とても恵みが多く感謝でした。数多くあるその恵みの中で一番私にとって恵みだったのが、主に仕えたい、献身したいと思え、そして決心できたことです。実は、今年の修養会で初めてその思いが与えられたわけではなく、私が主に仕えていきたいと意識し始めたのは、YC生の頃でした。大胆に主を証し、賛美している小森康三先生や、自分より年上のYC生たち、また忙しい中、教会で奉仕し続けている母の姿に、かっこいいな、すごいな、自分も喜んで主に仕えていきたいなと、憧れにも似た感情を抱いたのを今でも覚えています。
 ただ、同時に自分には何ができるだろうか、と考えるようになりました。何か楽器が出来るわけでもない。歌を歌うのが上手でもない。話すことが上手でもない。熱心に祈れるわけでもない。そう思った時に、自分には何もできない。たとえチャレンジ出来る場面があったとしても、下手な自分がやれば迷惑がかかってしまう。それなら違う人にやってもらったほうがいい。そのほうが絶対にイエス様は喜ばれる、と。自分が失敗して、恥をかくことを恐れて、そこから逃げる言い訳にイエス様を使って逃げるようになりました。そして、主に仕えたいと思った感情からも逃げるようになりました。それからというもの、礼拝を捧げる時は、熱くもなく、冷めているわけでもない、普通のクリスチャンを演じるようになりました。そうしていくうちに、教会に来ること、礼拝を捧げることが段々と苦痛になっていきました。ただ毎週家族が教会に行くので、自分だけ行かないという選択肢は存在せず、行かざるを得ない状態で教会に来る、そんな日々を送っていました。
 そうした中で、本当に毎週教会に行かなくてはならないのか、毎日祈らないといけないのか、など様々な疑問が浮かんできました。その疑問は大学四回生の頃までずっと抱き続けていました。そして、就職と同時に兵庫の地を離れ、大阪で一人暮らしをするようになりました。初めは何の問題もなく、ただただ楽しく仕事をし、生活していました。しかし、そう思えたのはしばらくの間だけで、徐々に様々な問題が出てきました。その中で一番辛くしんどかったのは、職場での人間関係でした。大体の人とは仲が良かったのですが、直属の上司だけは仲が深まらず、むしろ距離が開いていく一方でした。色々な悪口を言われたり、私がやった仕事に対して文句を言われたりと、私もどう接して良いか分からず、苦痛な毎日を送っていました。自分は必要とされていない、いなくなったほうがいいんじゃないか、とさえ思うようになりました。そう思うと同時に、自分ではどうやっても解決出来ないこの問題を解決出来るのは、神様以外にいないと感じました。それから毎日問題解決の為に祈るようになり、聖書も読むようになりました。そうすると、どうしようもなかったこの問題が徐々に改善されていき、とうとう笑いながらお酒を飲むようになるまで関係が良くなりました。このことを通して、放蕩息子ではないですが、神様から離れ、言うことも聞かず、自由奔放に暮らしていた私でさえ、愛し続けて待っておられた、その大きすぎる愛に触れて、主に立ち返ることが出来ました。
 それからは教会に望んで行くようになり、毎日祈ること、聖書を読むことが当たり前になりました。その日々の中で、霊的に燃やされ、信仰が熱くされ、改めて、主に仕えていきたい、その大きすぎる愛を証し、賛美していきたいと思わされるようになりました。そして、その気持ちを固く決心することの出来た修養会でした。



献身者として生きる決意 (2)―主に人生を捧げることは私の喜び―

献身者として生きる決意 (2)
 ―主に人生を捧げることは私の喜び―

高 谷 美 里

 この夏の修養会も、万代栄嗣先生が来てくださり、とても恵み沢山の修養会となったことを感謝します。でも、正直心が騒がしくなったことが思い出されます。
 第四聖会のメッセージ後の導きで「主に心から献身する思いのある人は、立ち上がりなさい」、そう導かれたとき、「はい」。そう思いました。でも、そのあと先生は、「もう一度聞きます。家族も、結婚も、子供も、命も、自分の今までの大切にしてきた全ての物を本当にささげることができる人だけ立ち上がりなさい」。そう言われた時、胸が苦しくなりました…。正直、「えっ?それも?…」。そう思いました。でも、立ち上がらない選択も嫌でした。神様に背くような気がして、また、周りの目も気になりました。聖書学校に行ってるのに立ち上がらないの?そう思われるかも…そんないろんな気持ちが騒がしく心にありながら、私は立ち上がっていました。「〝神様に仕えたい〟その思いは確かにあるけど、でも全部って言われると…」。そのように、心から喜んで全てを捧げますとはなれなかったのが正直な思いです。
 その後、本当に私は神様に全て捧げれるのかな?捧げるってなんなのかな?私は、簡単に神様を愛してますって言ってたんだな…自分って最低やな…捧げますってすごい難しいことなんだなって、すごく心が痛くなりました。主は、そんな思いの私を一番ご存知で、「そこまでの思いないんだね」と見捨ててもいいのに、主は優しく私を見捨てず、この修養会の後も、何度も私を見守り語ってくださったのです。
 聖書学校での二学期が始まり、その最初の主の語りかけが、マタイの福音書十四章二十三節から三十三節の、ペテロが水の上を歩く所からでした。ペテロが舟の上から一歩踏み出したところで、「イェス様、あなたのしていることを私にもやらせてください」と求めたことの大切さについて語ってくださいました。イェス様の「来なさい」という言葉で、ペテロは一歩踏み出しました。イェス様の言葉を信じて踏み出したのです。私の中では、まだこれもできてないし、あれもまだ未熟だしと、制限をかけていたことに気がつきました。主は私の最も弱いところを全てご存知で、しかも、その弱いところを神様の栄光の為に用いる事ができると語ってくださいました。一歩踏み出す事が大切。でも、主は決してそれを無理やり強制はされないお方で、私に選択を与えてくださいました。でも、一歩踏み出さなければ、主のなさることが見れないのです。踏み出した時に、主が必ずその足を支えてくださるのです。『恐れるな』といつも主が語ってくださっていて、そして、そこに戻った時は、イェス様の信仰になっていると教えてくださいました。イェス様の〝来なさい〟の言葉の上を歩いたペテロのように、私も主のみことばに歩む者になりたいです。舟に残った十一人ではなく、ペテロの信仰に立ちたいと思わされました。
 そして、ゲストの先生を通して主はもう一度私に語ってくださいました。私に全てを捧げられるか?って。Ⅰヨハネ二章一七節《世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行う者は、いつまでもながらえます》。その先生が、【神に従う事は、代価がかかるが、神に従わない事は、もっと大きな代価がかかる】と教えてくださいました。それを聞いて、主に私の人生を捧げたいとやっと決心できました。主は良いお方です。主に私の人生を捧げることは、私の喜びなのです!そして、ヨハネ四章三五節は語っています。《あなたがたは、刈り入れ時が来るまでに、まだ四ヶ月あると言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています》。
 これから主に仕えていくためには、神様が私に与えてくださる召しをしっかりと知らなければいけません。そしてしっかり祈り、準備し、その召しに入り、留まり、それを達成していく必要があると教えられました。私にしかできない働きをさらに求めて祈り、神様の声に耳を傾けて、主がしなさい、行きなさいと言われることに忠実に従っていきたいと思います。






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