月報 2018 1

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かくして、私は受洗することにしました (1)―二冊の書物によって心の扉が開かれた―

かくして、私は受洗することにしました (1)
 ―二冊の書物によって心の扉が開かれた―

石 田 恵 美

 「どうして私は、ここに生まれたのだろう…」小さい頃に時折ふと考えたことがあります。きっと誰もが一度は考えたことがあることなのだろうと思います。
『自分とは何なのか?自分はなぜこの世に存在し、どのような意味と目的を持っているのか?このことを探し求める旅路こそ人生に他ならない。』手束先生のご著書「恩寵燦々と」の冒頭に書かれたこの数行から、二〇一七年十二月二十四日の洗礼を受けるまでのはやい流れが始まりました。
 キリスト教との出会いは、私が一九九六年からデンマークへ留学し、そのままデンマークの設計事務所で働き、数年後に初めて担当したプロジェクトがキリスト教会だったということが始まりでした。当時は、教会というものを知るために、週末いろいろな教会を見学して歩きました。行く先々で、建築の空間の勉強と共に、いろいろな方と出会いました。寄付をされたレンガの壁を愛おしそうになでながら説明をされた老人や、ふらりと来た見ず知らずの東洋人を教会の交わりの食事に誘ってくださり、温かいもてなしをして下さったご婦人など…実際の建築の設計には関係のないことでしたが、とても思い出深く心に残っています。
 教会は、基本設計までは進みましたが、途中、寄付や投資が十分に集まらないためストップし、幾年もの月日が過ぎました。初めてのプロジェクトを最後まで見届けたいという思いもありましたが、自分自身の仕事の独立や結婚があり、日本に帰ることになりました。帰って間もなく、このプロジェクトは、再び動き始めました。こうしたことから、日本に帰ってからも、教会を建てたいという思いは続き、高砂教会の改修コンペにまで、つながったのでした。
 高砂教会とのご縁から、その後京都シオンの丘キリスト教会へと続き、その教会の関係のある方々からもご縁をいただき仕事がつながっていきました。日本の教会建築をさせていただいていく中で、出会うことのできたクリスチャンの方々のほとんどが、とても誠実で明るく、前向きな方が多い印象でした。また、言語が日本語ということで、語り合いも分かりやすかったのかもしれません。自分自身の中で、キリスト教を知るうちに、教会建築を造りたいのであればもっと学びたいという思いが起きました。しかし、また同時に自分がクリスチャンではないことに葛藤がありました。しかし、すぐにクリスチャンになればいいということもできずにいました。それは、今考えると土壌が用意されていなかったということかもしれません。私の家族や親戚には、クリスチャンの人は一人もいません。クリスチャンになるということは、本当に私にとって未知の世界だったのです。
 そんな時に、二〇一七年の四月、高砂教会から、手束先生のご著書「恩寵燦々と」の案内のお手紙をいただき、読み始めたのが、心の扉を叩かれた思いでした。それは、これまで未知の世界であったいろいろな点がつながり納得のいくものとして、私の中に落ちてきたのでした。その後、籠谷姉のアトリエのプロジェクトで籠谷姉とお会いする機会が増える毎に、クリスチャンとしての生活の疑問点などがクリアになっていきました。そして、洗礼を受けようと決心をしたのは、十一月はじめの私の誕生日に籠谷姉からいただいたリック・ウォレン師著の「人生を導く五つの目的」という著書からでした。四十日間一日一章ごとに読み進めていく中で、同じように目からうろこで、いろいろな点がつながっていきました。人は、神の喜びのため、仕えるために造られたということ。教会は、キリストの体であるということ。一人一人は、それぞれの器官であり、一つとして同じものはなく、それぞれに重要であるということ、などなど。その中でも、心の扉を開けたのは、「私たちは、御言葉を実行する人にならなければならない。真理を知るだけでなく、それに従うことが重要。」ということから、信じるだけでなく、実行をしなければという思いが洗礼を受ける動機となりました。
 その後、十二月初めに籠谷姉のアトリエでの聖書の学び会に呼んでいただき、新谷先生とお会いし、お話をした時には、「石田さんは、もう水をかけるだけですね」ということから、十二月二十四日には、洗礼を受けるというはやい流れでここまで来ました。
 二〇一八年、新年早々インフルエンザにかかったり、いろいろ不安や心配なことがあったりもしますが、礼拝のライブ配信や聖書アプリで御言葉に触れるたびに救われ、何度も洗礼を受けてよかったと思っています。まだまだ未熟者ですので、共に成長するために色々なことを教えて下さい。



かくして、私は受洗することにしました(2)―次女の奇跡的ないやしに遭遇し―

かくして、私は受洗することにしました(2)
 ―次女の奇跡的ないやしに遭遇し―

星 尾 萬 里 子

 私には、二人の娘がいます。長女は山本智子、次女は櫻井百合。二人とも洗礼を受けていました。
 昨年四月十六日の朝、次女の長男からのメールで私達の辛い日々が始まりました。「母ちゃんが事故にあった。すぐ病院へ連れて行って」。急いで孫達を連れて病院へ行きました。娘婿が救急治療室から出てきて「お義母さん『今から緊急の手術をしますが命はわかりません。このままになるかもしれませんので、皆さんに連絡して待機しておいてください』と言われた」と言うのです。
 不安な長い沈黙が続いた後、娘婿と私は説明を受けました。「大変厳しいです。内臓の損傷で多量の出血をしています。出血が多くて出血している場所が確認できないのでガーゼで圧迫し止血しています。お腹は開けたままにしています。今日は少し顔を見て、家で待機していてください」。そして、集中治療室に入ると、人口呼吸器を付け沢山の管がぶらさがり、変わり果てた娘がベッドに寝ていましたが、声をかけ手を握ってやるだけでした。
 あくる日、五人の孫達を学校へ送り出した後、病院から緊急手術をすると連絡が入りました。急いで孫達を迎えに行き病院へ行きました。「別の所から出血して止まらないため全身麻酔をかけるので体力的に持ちこたえるかどうか。耐えられなかったら途中で…」とのこと。この時長女が「お母さん、もしかの時、私は高砂教会にお願いしたらと思っているのだけど」と。長女が洗礼を受けていたのは何となく分かっていましたが、次女も受けていたのは知りませんでした。
 そんな話をしている時に、教会の上瀧姉と神澤姉が少しでも近くでお祈りをしたいと来てくださいました。そして教会の皆さんが朝に夕にお祈りをして下さっていると聞いてびっくりしました。沢山の方に祈っていただいたことは本当に感謝でした。
 手術が終わって無事に集中治療室へ帰ってきました。先生から「肝臓、腎臓から大量の出血をしていました。何とか止めることができましたが、胆嚢と脾臓は全摘しました。腎臓一つは切り離しました。腎臓は二つあるから大丈夫ですが二次感染が心配です。何が起こるかわかりません。大変厳しい状態です」と説明がありました。
 一日四回、一回十五分だけの面会。意識のない顔を見て手を握って呼びかけるだけの日が続きます。早く何か言ってほしい。一週間、二週間が過ぎていきました。そんな気持ちが折れそうな時、長女と二人で教会へ行きました。新谷先生の部屋で話しを聞いていただき、お祈りをしていただきました。また後日、新谷先生は病院まで来てくださり、手をお腹に当ててお祈りしてくださいました。感謝でした。娘だけでなく、私自身、家族、身内のためにも祈ってくださいました。次の日曜日、娘婿、孫達皆で教会へ行きました。礼拝が終わった後、家族皆で輪になって新谷先生からお祈りをしていただきました。
 その頃、長女は面会の時、聖書を耳元で読んでいました。新谷先生に教えていただいてヨハネ三章一六節と詩篇二十三篇を読んでいたそうです。長女も孫達のお弁当、学校のお迎え、学校の行事など本当によく頑張ってくれました。三週間経っても娘はまだ話すことも出来ず、呼びかけに目を開けますがすぐに眠る状態でした。
 五月九日、再び新谷先生が来てくださいました。私達もベッドを囲み、お祈りをして、最後の「アーメン」と言った時、なんと娘は小さい声で「アーメン」と言ったのです。びっくりしました。聞こえた!お祈りが届いたのですね。その日を境に日に日に回復していきました。奇跡です。そして、しばらくすると一般病棟へ移りました。一般病棟に移ってから、いろいろ話をしていると、意識が無い時に賛美歌が流れていたそうです。
 九月には私も洗礼を受けました。今私には守ってくださる方がいます。話を聞いてもらっています。気持ちが楽になりました。自分が少しずつ変わってきていると思います。
 私は幼い頃、二つ上の姉と日曜学校へ行っていました。日曜礼拝へ行って賛美歌を歌っていると懐かしく思い出します。今では長女と次女に加わって私も高砂教会で礼拝を捧げることができることが嬉しくてたまりません。こんな私達ですがどうぞよろしくお願いいたします。



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