月報 2018 12

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牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(1)―「手束塾」から流れ出る祝福―

牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(1)
 ―「手束塾」から流れ出る祝福―

福音バプテスト宣教団 北広島チャペルキリスト教会牧師 木 村 恵 一

 この度は、敬愛致します手束正昭先生のご好意に与かり、祝福溢れんばかりの六日間を過ごさせていただきましたことを、心より感謝致しております。あの手束先生のもと、高砂教会での研修会、自分にとってはとてつもない学びの時となるのではないかと、期待に胸を膨らませ、ワクワクしながら研修会に臨ませていただき、同じく研修を共にする、忠実に主にお仕えしておられる四名の牧師先生方と一緒に、六日間を過ごさせていただきました。そして、その六日間はやはり、自分のこれまでの牧会姿勢とその意識を大きく作り変える、まさしく、自分自身がご聖霊に取り扱われ刷新成る時となりました。
 研修の一日一日において学ばせていただくその一つ一つのプログラムが、そこに集われる方々もその場も、まさしくご聖霊の臨在とその働きに満ちるものでありまして、その全てが、これまでの自分の経験を遥かに越えた聖なる主の臨在に溢れた場面場面でありました。
 それ故に、迎える諸々のプログラムにおいて、これでもかと思えるほどの新たなる気付きと、これからの指針と導きを一杯にいただき、学ばせていただく恵みのあまりの豊かさ故に、それらを整理し纏めることができようかとの心配を覚えつつも、それでも、注ぎまくる御恵を楽しみ喜ばせていただき、それ故、研修中の毎朝の早天祈祷会では「主よ、今日はまた何を私に見せて学ばせてくださるのでしょうか?」とワクワクしつつ、期待と感謝に溢れて主とまみえさせていただきました。
 私はこの度の研修において、私に示そうとする主の御思いを明らかにさせていただきました。それは、この研修を通し、改めて召された者としての新たなる献身と、ご聖霊共なるその働きに身を投じて行くその決意を、手束先生の言われます、その覚悟に至らしめられました。これまでの私は、対外的な働きの忙しさにかこつけて、教会内において関わるところの全てを、自分で調子良く納得させてしまうという「お花畑的思考」で纏め上げ、現実にはまだまだこれから成して行かなくてはならぬ多くのことを抱えながらも、全ては主の導きのままにと、ある意味気ままに構えている者でありました。
 私はバプテスト派であり、聖書に記述されているご聖霊のお働きもしっかりと受け入れているつもりではありました。また、ペンテコステ派やカリスマ派の友人牧師達とも親しくさせている故に、その先生達の信じ強調するところも理解はしておりました。けれども、手束先生と高砂教会を知るにあたり、そのご聖霊のお働きを更なる確信を持って信じることと、初代教会の在り方に回帰することの重要さを改めて受けれ入れざるを得なくなり、今は、手束先生の御著書を通してカリスマ派の神学を学び直している只中であります。
 またこの度の研修におきましては、手束先生からの座学の時のみならず、普段のその牧会のお姿、その霊的な一挙手一投足がこの者を捉え、そのお姿から溢れ出る聖なる権威とご人格の奥ゆかしさ、そしてご自分への厳しさの反面、周りに及ぼすその暖かさとユーモアをもって場を和ますそのお人柄に圧倒され、手束先生を通して、正しく牧会者の何たるかを学ばせていただけましたことに、感謝するばかりでございました。 
 この度の研修会は、私にとって大いなる祝福の始まりとなりました。主は私に、『見よ。わたしは新しいことをする。今もうそれは起ころうとしている。あなたがたはそれを知らないのか。確かにわたしは、荒野に道を設け、荒地に川を設ける。』(イザヤ四三・一九)との御言葉を与えてくださり、これからの私の牧会に励ましの御約束を示してくださいました。それ故に、手束先生と高砂教会で学ばせていただいた恵みをもって、主の御体なる教会に仕える新たな思いに燃え立たせていただいております。
 そして今、もはやその祝福に与り始めているのです。研修から戻って来てからすぐ、祈祷会出席者が増え初め、特別な学び会も始まることになって、その中の二人の姉妹におきましては、これから主と教会に仕えるスタッフのような者となりたいと進み出ております。研修会故の祝福を感謝し、主の御名を崇めるばかりです。「教会作り共同研修会」は、正しく手束正昭先生からの素晴らしい薫陶いただく「手束塾」であり、この者は、その二十七期生となったことを、心より誇りと思っております。



牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(2)―「教会成長の勘所」を実際に見ることができた―

牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(2)
 ―「教会成長の勘所」を実際に見ることができた―

ハウスオブプレイズチャーチ牧師 レッドベター 幸 枝

 今回の高砂教会での教会作り共同研修会において、教会の実践的な活動を体験する機会をいただき、その現実を見て、聞き、雰囲気を直接感じ、多くのことを学ぶ特別な恵みの時となりました。これまで、沖縄でお会いする手束先生しか知りませんでしたが、今回は、高砂教会で仕え支えておられる牧師夫人、主任牧師、伝道師、勧士・執事の皆様ともお交わりする中で、牧師先生と役員さんとのユーモラスな会話、時にはジョークを言い合うお姿を拝見し、自由に安心して話せる関係が実にほほえましく思えました。牧師と役員との信頼関係こそが、教会のビジョンに一丸となって向かっていく原動力なのではないかと思いました。
 早天祈祷では、多くの信徒さんが朝の暗いうちから会堂に入って行かれました。その様子を見て思ったことは、第一に、主にお会いしたい、主に祈りをお捧げしたいとの思いで早天祈祷に来られるその信仰に圧倒させられました。火~土曜日の早天祈祷でささげられる賛美、毎朝の会衆への御言葉の準備は、牧師の大きな働きと務めであるゆえ、その働きと務めを何よりも第一とされている牧師先生の霊性と霊的祝福が、教会へ、信徒へと流されていることを見ました。私自身も、早天祈祷の中で聖霊様が触れて下さり、神の臨在に包まれ、涙をもって祈ることができた朝の祈りに感謝でした。
 手束先生の著書『教会成長の勘所』によると、「牧師は祈りと御言葉に専念すること」と御言葉にあるごとく、先生は常々よく沖縄での聖会でも語られておりましたが、今回の研修を通し、実際的な教会組織の形成と働きがよく見え、理解することが出来ました。牧師の補佐役としての勧士・執事の働き、牧師の為のとりなし祈りを継続して行われる役員の方々の献身的な信仰姿勢のあり方、メントリング委員会の働き、特に、受洗者のフォローアップ。信仰的に支えが必要な方へのカウンセリングその他のお世話については、担当者を誰にしたら良いかと具体案を出し合う。このような事柄は、普通牧師の仕事となりますが、牧師の牧会の働きを担い助ける、勧士さん、執事さんたちの真剣に取り組むミーティングの様子は、とても印象に残っています。私も今後は、役員との関係をさらに強めていく中で、役員さんの信仰を建て上げていきたいと思います。また、信徒に働きを委ね、そのリーダーシップも強めていきたいです。
 セルグループについては、一番興味のある分野でしたが、高砂教会にはセルグループがいくつもあって、それぞれ個性があり、年齢層や職業などによってグループ分けされています。その中の一つカナン会では、卓球を通して楽しく交わる時が与えられて良かったです。楽しく過ごす時間は大事ですね!卓球部の皆さんは輝いていました。霊肉共に鍛えられ、聖日の礼拝では聖歌隊で賛美されている表情に、私も喜びに満たされ励まされました。近い将来、私の教会でも卓球部を作りたいものです。そしてナイトセルの見学。家を開放し、ホストの方の暖かなおもてなしと、アットホームな雰囲気の中で賛美が始まり、新谷先生のみ言葉の導きによって、一人一人が心を開き、本音で語ることが出来ているセルグループ。セルの強みと良さは、教会とはまた違う家庭ならではの暖かさ。子連れの若いお母さん方も喜んで参加し、安心して学ぶことができるので、信徒同士の関係を強めつつ、信仰を建て上げることができるというところにあります。私のチャレンジとして、セルリーダーを生み出し、それを増やしていくことをビジョンに掲げていきたいです。み言葉によって養い育てるセル、心を開き本音で語り合えるセルグループを目指します。
 今回、美智子先生から交流分析を受けて後、今後はこれを求道者の方にも用いていけたらと思いました。私自身の為にも、自分の内面に気づきながら引き続き交流分析を用い、時には変化と新鮮さを取り入れ、信徒との学び会を工夫していけたらと思わされています。
 高砂教会で頂いた霊的祝福を、恵みを、今後流し出していくことに努めていきます。




牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(3)―学びのすべてがアメイジング・グレイス―

牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(3)
 ―学びのすべてがアメイジング・グレイス―

シオンフルゴスペルチャーチ牧師 田 端 良 恵

 今年の五月、旅先の滋賀県で信仰書の目録を眺めていた私に主がGO!サインを出された一冊の本が有りました。「ヨシュアの如く生きん」、御著者は兵庫県にある日本キリスト教団高砂教会の手束正昭牧師先生でした。
 数ヶ月後、高砂教会の事務所に本の発注をしますと、思いがけなくご本人のお声に接することができた上に、十一月九日~十四日に行われる「教会作り共同研修会」への有り難いお招きを頂きました。「教会作り」こそは、近年私が最も学びたいと切願していたことで驚きましたが、主は全てをご存知だったのです。後日、教会より研修会の日程スケジュールと、それにお招き下さる旨が明記されたものが届き、それを拝見した私は一瞬、本当に絶句致しました。「日本の教会に、これほどの真実とアガペーの愛を他教会のクリスチャン達に惜しみなく差し出されており、信仰と希望の基軸に踏みとどまり、それを実践しておられる教会が実在していたとは!」この現実こそ、高砂教会から学んだ最初の驚嘆すべき尊い科目であり、主を讃えました。
 十一月九日、初めて教会をお訪ねしました。外で出迎えて下さった方が、「先生!」と親しみを込めて走り寄り、荷物を持って下さった時、主の御愛を感じ胸が熱くなり、特別な訓練を受け、磨かれた方だと感心したのでした。その後は手束正昭牧師先生や皆さまにお目にかかり、喜びと安心感で、明日からの実践的学びに期待し夢が広がって、主に感謝致しました。男性牧師二人と私たち女性牧師三人の宿舎は、教会の敷地内にあり、全てが清潔に完備されておりました。何から何まで主の御愛の籠もった対応に、私たちの心は平安で満たされ、何かの弾みで笑う時は三人共に腹の底から笑いました(しかも、朝も昼も夜も)。
 最も関心のあった「教会作り」の学びでは、手束先生の御著書がテキストであった事が重要で(すでに拝読しておりましたので)、深い学びを得ると同時に、教会内での見聞による実践的な学びも加えられ、感動の連続となりました。ふるめかしい教会観などは水没。主が望まれる正しい認識に導かれ、心に喜びが湧き、自分達が教会にもどったら何を新しく導入すべきかを、うれしく気付かされました。また、手束先生とご一緒の楽しいランチタイム、そして、牧師館へ招かれていただいた美味しいお食事や談笑の中にも、安らぎと学びがありました。
 主日礼拝では「霊とまことをもって礼拝する者を待っておられる」御方の前に、聖い畏れと沢山の憐れみ・慰め・喜び・悔い改めをもって礼拝し、尊い聖餐式を通して祝福を賜りました。教会学校の見学では、男性の伝道師先生が生徒さんに体を両手でつかまれた時、実の親子の様なやさしい対応に、信仰の成長を見守る深い愛情と教育のお姿にも感動!また、青年の正直で潔い信仰のお話に主を讃えました。
 美智子先生による「交流分析」の学びでは、沢山の資料の準備と真摯なる御指導をいただき感動いたしました。中でも一番心に深く残りました事は、自分の生育歴と素直に向き合い、それをもとにした、主の愛を込めた正しい分析と正しい対応の重要さを知り驚きました。その結果として、私は今日まで心に一つの疑問を持ち続けていたのですが、その謎も解け、特別な主の御恵みと思い感謝が溢れました。
 活発に卓球に励むカナン会の皆様が、礼拝の時にはエレガントな聖歌隊員に変身!お見事と感じ感謝です。また、皆さん方とご一緒に「聖戦をふれよ。勇士たちよ立て」を讃美していた時、第二テモテ二章三~四と十五節の御言葉を頂き、私に召命をかけて下さった主を思い、厳かな気持ちの覚悟と信仰が与えられました。
 「ヨシュアの如く生きん」、この一冊の御本によって、私はアガペーの愛を実践し活動される高砂教会とへ導かれ、尊い学びを豊かに与えられることができました。主の聖名を喜び讃えます。




牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(4)―何て凄い教会なのか―

牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(4)
 ―何て凄い教会なのか―

日本基督教団尼崎竹谷教会牧師 垣 内 尚 美

この研修会へのお誘いのお電話を手束先生より直々に頂戴し、本当に感謝と喜びに堪えませんでした。実際、研修会は大変内容の深いもので、しかも初めから最後までこの上ないおもてなしを頂戴し、「なんてすごい教会なのだろう。こんなのは絶対真似できない」という驚きと感謝でいっぱいの時となりました。
 セルグループの見学では、ある一つのマンションで、主が素晴らしいリバイバルを起こして下さっているのを目の当たりにしました。そこにお集いになられた方々の表情も本当に生き生きとされているのが印象的でした。いろいろな環境にあって主に呼ばれ集められた方々が、一つとなって主を賛美し、主の御業を褒め称えておられる姿に、「まさに日本のリバイバルの鍵はここにある!」と思わされました。
 また早天祈祷会の出席者の数の多さに圧倒されました。今まで私の所属した教会では、せいぜい多くて十二名程度でしたので、百名以上の教会員が集まられる早天祈祷会の光景に、大変な驚きを感じました。その後に持たれた朝食会では、盲目のピアニスト・グレイス姉の素晴らしい生演奏が披露され、まるでどこかのホテルのような錯覚を覚えて大変恵まれました。「なぜこんな素晴らしい集会をあちこちで持つことが出来るのだろう」と不思議でなりません。
 教務研修では、教会内の組織や活動について余すところなくご説明頂き、感謝でした。また近隣の教会堂視察も、そこで活躍されている先生方とお会い出来、良い刺激となりました。
 ラビングケア・グループの見学では、三十年近く経験のなかった卓球を共にし、それを通して、皆様のさりげない行き届いた心遣いやサポートに大きな感銘を受けたりしました。
 また、聖日準備祈祷会は、「やればどんなに良いだろう」と、理想としては分かっていることを実際に皆様が毎週されている。本当に羨ましい限りでした。私もたとえ一人でも真剣に始めなくては、と思わされました。
 CSの見学は、充実した青年スタッフと、その献身的な奉仕の姿をお見受けし、私も幼子のように共に楽しく主を賛美しました。子供達も、集中してお兄さん先生のお話を聞いていましたし、ダンスや賛美を全身で心から神様に捧げているのが印象的でした。主日礼拝では、聖餐式がありましたが、皆が前に集まり、共に手を取り合って祈るというのは、初めての経験でした。まさに教会の一致を思わせる印象的な体験で、主の臨在を豊かに感じる礼拝でした。
 また、各種セルリーダー会も持たれており、そこには、共に祈り支え合うリーダーさんが本当に沢山いらして、素晴らしい教会だと思います。こんなに恵まれた教会なら、初めての方でも確かに安心して来ることが出来ると感じます。あまりに大勢いらっしゃるので、「奉仕でお疲れにならないかな」と、一人何役もこなしておられるような錯覚まで覚えました。さらに、メントリング委員会や聖別会、交流分析の学びなど、手厚く行き届いたケアの体制にただただ感服の思いでした。
 手束先生からは、就任時のご苦労話などをお聴きする機会がありましたが、本当に大変なところを通って来られて今の高砂教会があることを知り、大変勉強になりました。私も今、新しい出発の時を迎えております。目の前の現状とこれからのことを考えると、なんだか思案に陥り、祈りの時にありますが、手束先生、美智子先生の経験談によって大変励まされました。
 今回、この貴重な研修会にお招きいただいたことは、私にとって、本当に時に適った主の尊い導きであったと感謝致しております。本当に有り難うございました。今後は、誠に小さな者ではありますが、一人でも多くの日本人が主の福音を信じ、神様の祝福を受け取られる、恵まれた教会づくりを目指し、私も精一杯主に仕えて参りたいと存じます。これからもどうかよろしくお願い致します。





牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(5)―そうだ、信仰は戦いなのだ―

牧会の転機をもたらした「教会作り共同研修会」(5)
 ―そうだ、信仰は戦いなのだ―

礼邦バプテスト教会牧師  玉 城 宏

 「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいる諸々の悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、またいっさいを成し遂げて堅く立つことができるように、神の武具をとりなさい。」(エペソ人への手紙6・一二ー一三)
 参加前に五泊六日の研修会は、私にとっては長く、気力体力とも耐えられるかどうか不安でしたが、高砂教会の月間予定表を拝見して、活動とその取り組みの豊富さに驚き、学ぶには時間が足りないと思いました。今回の研修会における数多い学びの中から、印象深く心に残った二つのことを記したいと思います。
 第一は、教会の尊い使命としての伝道に対する取り組みです。高砂教会は多種多様な会員の賜物と趣味に着目し、讃美型グループ、交わり型グループ、学び型グループ、賜物型グループが設けられている。さらに細分化された十五のグループの活動には、年齢や性別を問わず誰でもその交わりの中に受け入れられ、共に楽しみ、共に学ぶ中で関係を築いて福音をお伝えする。一歩進んで求道、救いへと導く教会の働きに引き継がれていく。そして、主を受け入れた方が自立し定着するための育成プログラムと、さらに進んで主の弟子となって仕えるための訓練プログラムは、高砂教会の礎となる大切な人作りのシステムですね。また、地域伝道の取り組みは、拠点となる各地域にお住まいの教会員が、ご家庭を開放し、まだ福音を知らない方を招いて讃美と御言葉、証と交わりを共有するセル集会を通して、福音が地域に浸透しつつありました。その働きも教会に新しい魂の収穫をもたらす豊かな農場のようでした。手束先生は教会を島に例えられ、「伝道は、人々がその島に渡って来られるように橋を架け、道を造ることです」と説明されました。お聞きしながら、目から鱗が落ちる思いがしました。私たちの教会に与えられている賜物は何だろう・・・趣味は・・・と思いが膨らんできました。
 第二は、〝信仰は戦いです〟。クリスチャンはいつも霊的な戦いの中にいることを忘れないように。教会の働きも奉仕する信徒に対しても、その信仰成長をも妨げようとする悪の力が必ず働きます。戦いを挑んでくる諸々の霊とサタンの霊を見分けて対応する方法を身につけること。主イエス・キリストの御名は偉大な力があります。ですから御名によって祈ってくださいと勧められました
 およそ四年前、教会用地の売却が決まってそこを離れることになり、小さな集会所と、別に牧師住居と教会の連絡先を兼ねたアパートを借り、新たな活動を再開すると、様々な妨げが起こり始めました。会堂建築委員であった中心的な兄弟が家族とともに教会を去って行ったり、新会堂の大まかな青写真も出来、仮契約まで漕ぎ着けていた土地の購入手続きを進めていた最中、臨時教会総会で大多数が反対し中止が決まりました。三年余り話し合い交渉を続けたことが、すべて無駄となって消えてしまいました。
 また、説教作りを始める度に会場から雑音や足音が響いてきたり、決まって体は不調となり、足は錘が巻き付いたように重くなって、身も心も消耗しきった状態で準備を終える。その繰り返しでした。研修を終えて帰り、部屋に入ると、足にまとわりつく見えないものがあっていつものように重くなるのを感じました。咄嗟に「信仰は戦いです」を思いだして、「聖別の祈り」をしてみました。すると直ぐにそれは取り去られたのです。
 手束先生の霊的洞察力と柔軟で的確なご指示は、モヤがかかって見えなかったものを明らかにし払拭してくれました。「神の武具を身に着け、暗やみの支配者に対抗できるように備えよ・・・」これこそ、勝利を得るための力強いパウロの助言ですね。






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