月報 2019 1

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洗礼までの長き道のり(1)―人生に絶望していた中から―

洗礼までの長き道のり(1)
 ―人生に絶望していた中から―

西 田 清 子

 私と高砂教会の出会いは十年程前になります。私は愛されると信じて結婚したのですが、間もなく夫は豹変し、気に入らないと毎日私を罵倒し責めました。夫とわかりあいたくて手紙を書きましたが理解されず、二年後、離婚を願い出ました。私の味方は誰もなく、夫と姑からは、お前から子供を取り上げ一生会えなくしてやると脅されました。そこで私は、自分の人生を子供に全て捧げると誓い、以後私の持てる愛情の全てを注ぎました。家を新築すると、夫はさらに「誰のおかげで飯が食え、この家に住める、お前は何様だ」と私をいたぶり、どんなに愛を捧げても心が繋がらない、愛されない寂しさと自分の価値に絶望し、癌になって天に召されることを神に願いました。そしてとうとう、私はすべてを捨てて家を出ることになりました。その後再婚したものの、そこには夢に見た安らぎの生活はなく、心の奥のむなしさは消えることがなかったのです。
 そんな頃に高谷姉妹と出会って教会に誘われ、心は涙で洗われるようでした。寂しい自分から立ち直りたいと、高谷姉妹からアンドリュー先生を紹介され、カウンセリングを受けました。否定され続けた私を先生は認め励ましてくださり、魂の安らぎを感じました。もっと早く出会っていたら、こんな人生にはならなかったのにと思い悔やみました。思えば、私の苦しい時にいつも手を差し伸べてくれる高谷姉妹がいました。
 しかし、さらに様々な試練がこれでもかとやって来ました。信じた友は離れ、身内の者との人間関係に傷つき、私のこれまでしてきたおもてなしは何だったのか、私の信じたものは全て指の間からこぼれ落ち、欲しかったものは与えられず、人生に失望し生きているのが辛かった。見かねた高谷姉妹が礼拝にと誘ってくれました。そこでいただいた新谷牧師の「一歩神の前に踏み出して人生を変えよう」の説教は、私へのメッセージのように思えました。お話の中で、イエスの御言葉を聞いた時、今日の礼拝はここに私を招くためにあり、必然的にここに導かれたのだと思えたのです。〝全て疲れた者、重荷を負う者は私の元に来なさい。私が休ませてあげよう〟この言葉が私の心に染み渡りました。人生の重荷をもう一人で背負いきれない、楽になりたい、神様助けてください、と神様にすがり救いを求め、そして生まれ変わりたいと強く願ったのでした。今までひとりぼっちで彷徨っていた魂が神様に出会えて、ようやく居場所が見つかったようでした。今まで、信仰を持つことはないと信じていた私なのですが、不思議なことに、神様に救いを求めた瞬間、癒され心が開放されるように安らいだのでした。
 受洗するまでよく泣いていましたが、先輩姉妹方がいつも寄り添ってくださって心強く、聖書の学びは興味深く、新谷牧師先生は分かり易く教えてくださり、私の疑問に誠実に応えてくださったので、不安は少しずつ取り除かれました。けれども、皆様の神様を求め愛する情熱に、私は気後れし不安になった時もありました。しかし、新谷先生が「生まれたばかりの赤ちゃんが二十歳の大人を見て急にそうなりたいと思いますか、貴女は新生したばかりです、ゆっくり歩んで行けばいいのですよ」とお話くださり、心からほっと安心し嬉しくなりました。何度も機会があったのに、十年の時を経て、聖霊の降る素晴らしい高砂教会に私は神様のお招きにより導かれた。神様から手束牧師先生と食事をご一緒する機会を与えられ、「恩寵燦燦と」の自叙伝を知って、興味深く読んだ。先生の教養の高さ、道を切り開くたくましさに胸打たれ、感動しながらあっと言う間に読み終えた。また、美智子先生とご一緒する機会も直ぐに与えられ、「花も嵐も踏み越えて」のブログを読み、若い美智子先生が昔の私と重なり身近に感じられ、美智子先生が私の中にどんどん入ってきた。お二人が神様と共に歩まれた人生の苦難を想い、神の恵みを知り、このお二人が築かれた高砂教会と出会えた事を心から嬉しく思い、感謝したのです。聖書の素晴らしい御言葉に出会う度、私は教えられ、もっと早くキリストと出会っていれば、自分の人生はどんなに変わっていただろうと思わずにはいられなかった。十一月は涙の嵐だったのに、今は神の愛を信じ、祈りながら安心して眠れる幸せを頂いている。心から神様を愛し、ますます愛される事を願います。





洗礼までの長き道のり(2)―自然に湧き出てきた思い―

洗礼までの長き道のり(2)
 ―自然に湧き出てきた思い―

手 束 佳 奈

 手束家の次男聖一さんと結婚して三年が経とうとする頃、私は洗礼を受けたいと考えるようになりました。何か特別な、奇跡的な体験があって決意したわけではありません。それは本当に自然に、私の中に湧き出てきた思いでした。
 ですが、「洗礼を受けたい」という自分の気持ちに気づいたとき、私は深い感動と、感謝を覚えました。なぜなら、私はそれまで、「手束家に嫁いだ以上、キリスト教を信仰しなくては」と思いながらも信仰に迷い、もしかすると自分は一生クリスチャンになれないかもしれない、と悩んだ時期が、長くあったからです。
 手束家の方々は、クリスチャンでない私にも親身で温かく、キリスト教の信仰を求めることもなさいませんでした。それをありがたく感じながらも、私は自分だけがキリスト教を信仰していないことが心苦しく、いつも罪悪感がありました。私は決して、キリスト教と無縁に生きてきたわけではありませんでした。私の母は神戸女学院の出身で、私の通った幼稚園は、母の女学院の先輩が園長として運営されているキリスト教系の園でした。小学校は公立の学校に進みましたが、神様にお祈りをすることはその後もずっと私にとって毎日の習慣であり、生活の一部でした。日々の無事を感謝し、家族にも話せない悩みを打ち明け、神様にお祈りをすることは、常に私の心の支えでした。ですが、長い間キリスト教と離れて生活するうち、不幸なことに、私は自分がお祈りしている神様の名前を、いつの間にか忘れてしまっていました。
 結婚し、初めて礼拝に出席した時、私は違和感を覚えました。イエス様にお祈りをしながらも、「それでは、私が三十年間お祈りをしてきた神様は、一体誰なのだろう」と疑問を持ったのです。
 それから、信仰に迷う日々を過ごすことになりました。神様とは誰なのかがわからなくなり、心が閉ざされていきました。そんな気持ちで主人と礼拝に出席しても、自分はその場に相応しくないように思えて居づらく、主人に、もう教会には一人で行ってほしいと頼もうとしたことも、何度もありました。なぜ私はイエス様を信じられないのだろう、なぜ神様は信じさせてくださらないのだろう、と涙したこともありました。
 ですがある時、これは神様が、まだ私はその時ではないとお考えなのだ、と思うようになりました。今、私が無理に信仰を持とうとしなくても、しかるべき時に神様が私の心を変えてくださる。神様のなさることに間違いはないのだから。私は、いずれ自分の心が変えさせられる時まで、逆らわずに過ごしていればいいのだと、そう気づいたのです。そして、もしいつか私の心に変化が現れたなら、それは神様のご意思であるから、その時は迷わず飛び込もうと決めました。途端に目の前が開け、それから教会へ行くことが次第に喜びに変わっていきました。そしてある日の礼拝の帰り、洗礼を受けたいなと考えていた自分にハッとしました。神様が私の心を変えてくださったことを実感しました。あんなに頑なだった私の心を、神様は何の無理もなく、変えさせられたのです。
 洗礼を受けた時の感動は、忘れることができません。長い間回り道をしてしまいましたが、三十年、私がお祈りをしてきたお方が目の前におられ、正に今、神様の子供となることができたのですから。私の三十年はこの時のためにあったのだと思いました。手束家に嫁いでいなければ、私は今も、神様がどなたであるかを知らずに過ごしていたことでしょう。主人との結婚が決まってから知ったことですが、私は手束家の方々と、実はいくつも接点がありました。この結婚も、神様が私にイエス様への信仰を取り戻せるよう、用意してくださったことなのかもしれません。
 今は手束家の方々だけでなく、信徒の皆様と家族になれたことが大きな喜びです。これから、どうぞよろしくお願いいたします。





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