月報 2019 2

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成人式を迎えて、新たな決意(1)―恩返しできる人間になりたい―

成人式を迎えて、新たな決意(1)
 ―恩返しできる人間になりたい―

永 友 勇 気

 この度、両親や教会の皆様の支えのもと、なんとか成人を迎えられたことを本当に感謝します。思えば、私は今までにたくさんの試練を乗り越えてきたと思います。小学校では、いじめや辛かったバレーボール、中学校では人間関係、高校では様々な理不尽に耐え続けました。小さな事ならもっとたくさんありました。教会と出会う前の私なら、きっと死んでいたかなと思います。泣き虫で自己中心、自分も人も嫌い、全て環境のせいにするような人間だったからです。
 でも私は高砂教会に出会いました。そして、神様とイエス様と聖霊様とたくさんの方々に出会って、まず愛を知りました。そして事あるごとに祈って頂き、今まで試練を乗り越え続けることが出来ました。今日があるのは皆様のおかげだと思っています。また、全ての試練が私にとって益となりました。これがクリスチャンの凄いところだと思います。人の性格は変わらないとよく聞きますが、神様には変えられるんです。私は今でもまだまだ未熟者ですが、昔と比べると本当に変わったと思います。振り返ってみると感謝で溢れてきました。本当にありがとうございます。
 二十歳になって思うこととしては、やっとお酒が飲めるようになって嬉しいです。そんなに飲めるタイプではないのですが、イエス様が地上におられた時代にも、よく祝いの席でお酒を飲んだりしていたようなので、これで自分もやっと大人のクリスチャンになれたような気がするからです。でも私は、大人になっても心は子供のようでいたいなと思っています。何でも楽しんで、嫌なことは嫌と言い、苦しい時は周りの人に支えて頂き、祈って感謝して成長していく。でも示された事や悔い改めがあれば、素直に応答する。時には難しく考えてしまい、また祈って答えを出す。様々に変化する環境の中でそんなに簡単じゃないかもしれないですが、そんな生き方をしていきたいと思っています。だから、きっとこれからもたくさん迷惑をかけると思いますが、ご了承ください。
 というわけで、今から始めるには遅いと思われそうですが、ダンスを始めました。ジャンルは前田明宏兄と同じPΟPというダンスです。今まで一切ダンスはしたことがなく、みんなからよく「今から?」「何で?」と言われます。きっかけは、高校の頃によく見ていた動画がたまたまPΟPの中のアニメーションというダンスだったことから、明宏兄にお誘いを頂いたからです。これが本当に楽しくて、身体一つあればどこでもできるところが魅力的で、はまってしまいました。もちろんまだまだへたですが、これで表現者の一員となれました。私の大好きなダンスも音楽もすべて神様のもので、その両方に携われていることを嬉しく思います。そしてただ楽しむだけではなく、これは私の賜物だと思っているので、これらを用いて三位一体なる神様を表現していきたいと思っていますので、どうか応援よろしくお願い致します。兄の寛大もLΟCKというジャンルでダンスをやっているので、こちらもよろしくお願いします。
 仕事の方は、順調というわけにはいかなくて、只今試練の真っ只中にいます。自分自身も悪いのですが、社会はとても汚くて荒波にもまれています。どうなっていくかわかりませんが、とにかく、この世にではなく神様に従って歩んでいけるように祈って頂きたいです。
 感謝とお願いばかりですが、二十歳になって今更自分のことばかり考えている事に気づきました。手伝い等も全然してこなかったし、人のためを思うこともほとんどありませんでした。たくさんの人に甘えてばっかりだなと悔い改めました。私は弱い人間で、口だけかも知れないですが、神様に示される中で絶対に変わっていけると信じているので、時間がかかってでも、必ず人のためにさっと動けるような人間になりたいと思います。そうして少しずつですが、皆様に恩返ししていきます。
 またCSの教師もさせて頂いているので、子供達のお手本になれるような先生になりたいと思います。そしていつかは教会を引っ張っていけるような存在になれたらいいなと思います。これからもよろしくお願い致します。






成人式を迎えて、新たな決意(2)―主に喜ばれる者と変えられていきたい―

成人式を迎えて、新たな決意(2)
 ―主に喜ばれる者と変えられていきたい―

神 澤 日 子

「あなたはわたしのために、嘆きを踊りにかえ、荒布を解き、喜びをわたしの帯とされました。これはわたしの魂があなたをほめたたえて、口をつぐむことのないためです。わが神、主よ、わたしはとこしえにあなたに感謝します。」(詩篇三十・十一ー十二)
 私は今年で二十歳になります。この二十年間主が守り、導いてくださったことを感謝します。今こうしてイエス様と出会って一緒に歩むことが出来ることが何よりも幸いなことです!
 私が三、四歳の頃、母が洗礼を受け高砂教会に通うようになりました。母は「イエス様のことだけは絶対に伝えないとあかん」という思いで、毎週教会学校に私たちを連れて行っていたと聞いたとき、その時の母の祈りによって、今こうして私と主が繋がることができているんだと知り、感謝でいっぱいです。
 それから時が経ち、高校を卒業して社会人一年目となった頃、ある転機が訪れました。それまでの私の暮らしは、高校入学と同時に携帯を持ち始め、様々な情報が入ってくる中で、イエス様よりもファッション、音楽、友達、恋愛などに夢中な毎日でした。でも、高校三年生の頃から教会で養育システムの学びに参加するようになり、御言葉や聖書の御言葉に触れる時間が増えていきました。そして、イエス様のことを日々分かり始めていく中で、どんどんイエス様のことが大好きになっていきました。毎週通う教会学校でも、何が主に喜ばれ、喜ばれないのかなどについて教えられました。しかし、知識の上ではこれは喜ばれないんだろうなと理解し、主に喜ばれたい!と口では告白しながら、実際はそうではない生活を送っていたため、良心が痛み苦しみました。手放すべきだと分かっていても、その生活を手放すことはなかなか出来ず、また、主はすべてをご存知であられることも知っているのに、「私のこの部分(喜ばれないことをしている自分)は見ないでください」などと心の中で思ったりもしていました。
 その後、二〇一七年に参加したYCキャンプでいただいたメッセージや、日々の聖書通読で触れる多くの御言葉を通して、「無駄な抵抗はやめろ!」と言われる犯人の様に、私の黒い部分は突かれていきました。
「だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。」(マタイによる福音書六・二四)
 ある時この御言葉が私の胸に突き刺さり、私は主をどれだけ悲しませていたんだろうか、ほんとに罪深い、もう主を悲しませたくない、もう正直にイエス様に言おうと思わされて、「イエス様ごめんなさい」と祈り続けました。そして数日後、朝祈っているとき、自分の思いではない思いが私の心に語られました。「祈り続けなさい。私はあなたを祝福する」という主からの言葉に「こんな者でもそう言ってもらえるんですか?!」とびっくりしました。私の心は平安に満ち溢れました。その時初めて、救いと赦しを体験したように思います。まさに冒頭の御言葉のように、「嘆きを踊りに変え、荒布を解き、喜びをわたしの帯とされました。」という表現がぴったりでした。
 イエス様は素晴らしいお方です!イエス様が私に聖別する力を与えてくださったお陰で、いろんなものを手放すことができました。手放したというよりも、イエス様の方を向いたことで以前よりも興味がなくなったのです。大切な人との別れを選択しなければならないこともありましたが、相手の方とギクシャクすることもなく別れを告げることが出来、主の守りを強く感じた時となりました。主の手にかかれば、私のどんな出来事も万事益としてくださり、主の栄光に変えられる。本当に素晴らしいです! 毎日の生活、仕事中、日曜日教会にいるとき、どんなときでも主はいつも私と共にいてくださいます。主の恵みはいつも私に注がれています。目に見えなくても!その一つ一つに目をとめて主に感謝を捧げ続けていたいです。
 イエス様、あなたを礼拝できることを感謝します。あなたを愛しています。それはいつも主の愛が私の心に注がれているからです。主が私の内に住まわれて生きておられることを感謝します。もっとあなたとの関係が深いものとなって、主の御心を知り、行い、主が喜ばれる者へと変えられていきたいです。これからの将来も主に期待します。主がまっすぐな道へと導いてくださいますように。 





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