月報 2019 3

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主の前で献身を誓った者として(1)―先ず金銭への執着を断ち切る―

主の前で献身を誓った者として(1)
 ―先ず金銭への執着を断ち切る―

原 愛

 二〇一八年度の修養会前、私は仕事のことで悩んでいました。医療事務の仕事はやりがいもありましたが、人間関係のやり辛さ、人間の弱さを目の当たりにしていました。素の私を出せない職場、凄く風通しの悪い職場ですが、給料が良く、生活面を考えると、妊娠するまでは忍耐して居続けないといけないんだと自分に言い聞かせて、必死に祈りながら四年半耐えてきました。仕事のストレス、家庭の事、教会奉仕が増え、考えなければいけないことも多くなり、私の中で限界がきました。疲れた・・・このままで良いのだろうか、神様に仕えたい気持ちはあるのに心から仕えられていない私、どうにかしたい、神様の事をもっと知りたい、ちゃんと学びたい、KBIの三週間コースに行きたい。そんな気持ちが出てきました。しかし、行くには仕事を辞めなければいけない、金銭面も苦しくなる。色んな思いを持っての修養会参加でした。
 そして、修養会の第四聖会。「家族を捨てても、犠牲にしても主についていくと決心された方は立ってください」と万代先生の献身の招きがありました。正直私は、自分は犠牲に出来たとしても家族を捨てる・・・?出来ないかな。お金も捨てがたい。夫、両親や妹家族の顔が浮かんできてどうしようかと思っていました。しかし、立ち上がらないといけないと思わされて立ちました。そして祈る中で、「大丈夫。主は弱いこの思いも全部知って下さっていて、それでも立ち上がらせて下さった。KBIの三週間コースに行きたい。これから何が出来るかわからないけど、私ができること全てで主についていく。主に捧げます」そんな祈りをしました。悩んでいたことに、第四聖会で答えをもらった気がしました。
 今振り返れば、神様よりお金に執着し、また環境を変えることを恐れていたのだと思います。そして修養会の二週間後、私は仕事を退職しました。その間色々ありましたが、勇気を持って主のために一歩踏み出し、専業主婦になったのです。
 その後の私は、正直、主にすべて捧げていますとは言えないのですが・・・。いつも思わされます。「今しようとしていることは、神様が望まれるのか、神様のためにするのか」と。眠たいけど夫にマッサージをする、励ましの言葉を伝える、甥っ子達と遊ぶ時間や家事をする時、人のために優しい声掛けをする・・・など、すべて神様にするように、その時間を神様に捧げようと思い、そのように心がけて行動するようになってきました。
 また、什一献金についての大切さを感じています。無職になってきついなと感じる時もあるのですが、「わたしが天の窓を開いて、あふるる恵みを、あなたに注ぐか否かを見なさい」とマラキ書にある通り、信仰を持って毎月絶やすことなく捧げています。神様は素晴らしいお方で、お金が足りないなと思った時、助けてくださいます。どうしよう・・・と心配することもあるのですが、そんなとき、実家からお米をもらえたり、差し入れがあったり、必要なお金がなぜか満たされる状況になったり、ピンチな時にこそ主が働き、私の必要のすべてを満たしてくださるということを体験しています。献金をしていない方、損です。捧げる事をお勧めします。主は必ず報いてくれます。
 これから、ライフスタイルが変化していく時期になりますが、その一つ一つを主のためにしていきたいです。現在、家を建てたいと思わされています。しかし、ただ自分達の夢のために建てるだけではなくて、その家を、神の家族達が沢山集まる交わりの場所、伝道の場所にしたい、主の優しさ、光が流れ出す家にしたいと夫婦で考え、今祈りながら探しているところです。良い場所、良い業者、良い担当者に出会えるように祈ってください!
 教会に行く、礼拝を守る、祈祷会に行く、もちろんそれは大事で必要なことです。しかし、形式的にはなりたくないなと思います。主は心を見られます。周りの人に合わせようと必死になるよりも、人それぞれに与えられている賜物をもって、人々に、また与えられた領域で精いっぱい主に仕えること、そのための時間なら惜しみなく捧げることが献身だと感じます。小さなことだと思える事でも、主は見ておられ、喜んでくださるということを忘れないように、主のために生きていく家族でありたいです。






主の前で献身を誓った者として(2)―急に決まった神学校への道―

主の前で献身を誓った者として(2)
 ―急に決まった神学校への道―

神 澤 晏 児

 この三月をもって、感謝なことに高校を卒業することができました。今まで支えてくれた主に、家族に、周りの方々に感謝します。そして、四月からは、関西聖書学院(KBI)の三週間コースに行かせて頂くこととなりました。卒業後の進路選択において、主は良い計らいと導きを成してくださいました。
 私が一歳のときに母が救われ、私はその母に連れられて教会に通うようになりました。そして、七歳のときに洗礼を受けました。根っからの教会っ子として過ごしてきた中で、ときには、教会に行きたくないときや、イエス様から目を逸らしていたときもありました。しかし主は、その都度その都度私に触れ、少しずつ成長させてくれました。
 中学三年のとき、私は主に触れられ変えられていく経験をしました。それまでの自分の信仰生活は、洗礼は受けていたものの、救いの確信、喜びはなく、ただ受け身の信仰生活でした。中学校になると部活で教会に行けなくなり、さらに、仲のいい友達が教会におらず、教会に行きたくないという思いもありました。しかし、中学三年の夏に部活を引退し、教会に通うようになってから、賛美の中で、そしてメッセージによって、徐々に私の心は変えられていきました。そして、主を礼拝するために教会に行きたいと思うようになりました。それまで退屈だった礼拝が、楽しく、喜びに溢れたものとなっていきました。主に触れられ、聖霊の満たしを通して、イエス様と共に歩むことは喜びなんだと思えるようになりました。こうして、主は私の心を作り変えてくださいました。
 中でも、特に私の心を震わせ、目を覚まさせられたものがありました。それが、〝イエス・キリストが再びこの地上に戻ってこられる〟という預言の御言葉でした。今の時代がイエス様の再臨を目前にしている時代であり、終わりの時代の最終局面にある時代なのだということ、さらに、再臨預言の成就のために果たされなければならない、異邦人の救いとユダヤ人の救い、これがなされた後に、主がこの地に戻ってこられることを知りました。この主の最終計画を目前に控えたこの時代に生かされていることを知るとき、主は、数少ない日本のクリスチャン一人一人に大きな期待を持っておられるのだと思わされました。そのとき私は、この大きな使命を与えられているのならば、人生をもって主に応答していきたいと思いました。修養会の際に万代先生から語られた熱いメッセージが、この思いをさらに一層強めました。
 高校卒業後の進路について、私は凄く悩みました。卒業後すぐに神学校に行くべきか、大学に行くべきか、就職するべきか。このことについては、多くの方々に相談に乗っていただきました。感謝します。修養会では万代先生が、本気でチャレンジをしなければいけない、最も厳しい道を歩むことができるように、と祈って下さいました。私はこれを聞き、主に祈り尋ねました。「この道はどの道でしょうか」と。はっきりと語られたのではありませんが、そのとき心に浮かんだ思いは、大学に行くことでした。私は、大学受験が与えられたチャレンジなのかなと思い、大学へ行って様々なことを学び、経験し、その中で祈りつつ、最終的に、主が召してくださるなら献身しよう!と決断しました。
 しかし、受験勉強の末、希望していた大学には合格することができませんでした。挫折を味わった私は、「主よ、なぜですか、どこへ導いておられるのですか」という思いになりました。そんな中で開かれたのが、KBIという道でした。私は、これを主の導きだと受け取ることにしました。しかし、もともとKBIへは行くつもりもなく、急に決まったことだったので、主はどこに導かれるか分からないなと思いました。挫折の経験をも、また、これからの歩みをも、全てを益としてくださる主に感謝します。まだまだ未熟で能力もない私は、ペテロが御声を信じて湖の上を歩き、主の御手にすがったように、私も主に寄り縋り、御声によって歩む他ないということを思わされています。神学校へと送り出してくださる教会、また家族に感謝します。






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