お父さん出番ですよ!

子育てってどうすればいいの?と悩むおとうさんの必見のコラム集です!

1


  お父さん。あなたはお父さんである前に、夫です。

 お父さんの家庭における第一の使命は何でしょうか。

 それは奥さんを愛することです。

 次のような英語の言葉があります。

 “The greatest thing a man can do for his children is to love their mother.”

 (一人の男性が、自分の子供達にできる最大の祝福、

 それは、その子供達の母親を愛することです。)

 日本のご主人方にとって耳の痛い言葉です。  



 聖書の中にも次のような教えがあります。                                     

 「夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのために御自身をささげられたように、

 妻を愛しなさい」と。

 夫婦がしっかりとした愛情の絆で結ばれていて初めて、

 子どもは心身共に健全に成長することができるのです。

 小さな男の子は、最初に出会う異性である母親に、いわば恋をします。

 ところが、夫婦の絆が強ければ、お母さんにとってのNo.1は、

 その子ではなくお父さんということになります。

 男の子は、お父さんみたいになれば、そしてお父さんを越えれば、

 お母さんを振り向かせることができると思い、

 お父さんの持つ男らしさ、力強さ、倫理観などを吸収していくのです。

 そしてやがて、一人の男に育ちます。

 その頃には、父親からもらった力強さのおかげで、もう母親離れができていますから、

 別の女性と恋に落ちるというわけです。

 女の子の場合も同様に、父親に恋をし、母親に対抗しながら、

 母親の持つ女らしさ、優しさ、無私の愛などを吸収し、一人の女性に育つのです。



 しかし、現代日本の多くの家庭では、父親が物理的にも精神的にも、家庭の外にいるのです。

 ほとんど子どもと顔を合わせることのない週日。たまの休みには家でごろごろ。

 それを粗大ゴミ扱いし、尊敬の素振りも見せない母親。たとえ父親が家庭の中にいたとしても、

 夫婦の仲がピリピリしていたり、冷たい無感動の状態だったらどうなるでしょう…。

 男の子は、対抗すべき父親がいないので、母親と癒着し、立派な(?)マザコンに育ちます。

 女の子は、恋すべき父親がいないので、母親の優しさを学ぶ機会がない…。

 いずれ自分の夫に同じことをするような妻になるでしょう。

 第一、家庭が険悪だったり、冷たい雰囲気であるならば、

 子どもは存在不安を抱えながら育つことになります。

 そして、それは思春期以後に心の病や不登校、非行といった形で花開くことになるのです。

 『子どもは夫婦の愛情のこぼれで育つ』という名言があります。

 何気ない夫婦のいたわり合いが子供達の心に安らぎを与えるのです。



 かつて私は妻(同じ家に住んでいます)にクリスマスカードを出しました。

 数日経ってそのカードは戻ってきました。

 切手を貼り忘れていたのです。でも無事に妻の手にカードが届けられ、

 切手なしのユーモアと共に妻は喜んでくれました。また、私は妻が疲れているなと感じたとき、

 花を一本か二本を買ってプレゼントします。時には息子と二人で買いに行きます。

 たまにですが、妻のホッペにチュッとしたとき、子供達は大喜びです。

 子供というものは、お父さんとお母さんが仲良くしていることが本当に嬉しいのだと痛感しました。

 私を含め日本の男性は感情表現がものすごく下手です。

 でも下手は下手なりにやり方があるのではないでしょうか。


 お父さん、奥さんへの思いやりをちょっと工夫してあなたなりの言葉や方法で伝えてみませんか。

 きっと家庭が変わってくるでしょう。(テモテ)

2


 昔このようなCMがありました。朝、年頃の娘がお父さんに言うのです。

 「今日は彼が来るから、帰ってこないで…」。

 何だこれは~!聞き捨てならぬ言葉だ。こんなこと言わせておいていいのでしょうか、

 お父さん!でも、これはCMの中の世界だけの話ではなさそうです。

 家庭の中で、子どもたちの心の中で、お父さんの存在がどんどんどんどん薄くなっています。

 いてもいなくてもいい。いや、いない方がいい。単なる給料運搬人…。

 いいえ、違います。お父さんは、家族の大黒柱です。

 お父さんの地位を回復しなければなりません。

 しかし、それには相当の努力が必要です。子どもたちの中で、

 お父さんの存在がどんどん薄くなるのは、

 精神的にお父さんが子どもたちと一緒にいないからです。



 そして、その第一の理由は、物理的に一緒にいることがほとんどないからです。

 (反比例して、子育てにおけるお母さんの負担はますます増大します。

 ささやく新妻は、子育てのストレスから、怒鳴る母親に変身…)

 週日は子どもたちが起きる前から出勤し、子どもたちが寝静まってから帰宅。

 そして、休みの日にはゴロゴロ…。

 でも、これはお父さんだけのせいじゃない。日本は今のところそういう社会なのです。

 お父さんは疲れています。朝は早くからぎゅうぎゅう詰めで、

 1時間も2時間も立ちっ放しで電車に揺られ、

 リストラの恐怖と戦いながら、不景気だというのに業績アップを迫られる。

 上からはこづかれ、下の連中はちっとも思い通りに動いてくれず、こづかいはなし。

 残業時間が減らされても、仕事の量が減るじゃなく、やむなく無給で残業したり…。

 あっちに気を使い、こっちに気を使い、もう神経はぼろぼろです。

 だから、お父さんは叫ぶのです。『たまの休みくらい、ごろごろさせてくれ~!』

 そんなつらい立場のお父さんの気持ち、よく分かります。

 それでも子どもたちはお父さんとの触れ合いを待っているのです。

 「お父さん、遊ぼ」「お父さん、これ読んで」「お父さん、抱っこして」って。

 お休みの、1時間でいい、いや30分でいい。子どもたちと、

 一緒に何かをする時間(クオリティ・タイム)を取ってあげて下さい。

 一緒にバドミントンをする、一緒に模型を作る、

 一緒に散歩する、一緒にペットの毛づくろいをする…。

 でも、一緒にTVを観るとか、TVゲームをするというのはダメですよ。

 ゲームをするなら、向き合うことができるもの、

 相手を意識することができるものをやって下さい。

 私は牧師です。牧師の営みは、祈ることと聖書を教えることです。

 私が家で祈っていると、子供達が部屋にやってきます。

 彼等はこう言うのです。「お父さん、祈ってもらいに来た!」。「…」。

 そして順番に私の膝の上に乗ってきます。私は喜んでお祈りをしてあげます。

 祈りが終わったら部屋から出て行くかというとそうではありません。

 私の周りで遊んでいるのです。

 私と同じ空間にいたいというのでしょう。

 少しの時間でも子供達と同じ時間に同じ空間にいることの大切さを思わされます。

 子供達はオモチャが大好きです。

 でも子供達がもっとも必要としていうのは親と時間を共有することではないでしょうか。

 第二次大戦中、ヨーロッパで悲惨な体験をした子供達が、

 大勢アメリカに連れてこられたそうです。

 その子供達の援助活動の報告によると、戦乱による恐怖の経験の傷を負った後、

 でも正常な感覚を取り戻ることができた子供は、

 楽しい、良い家庭生活の記憶を持っていた者達だけであったということです。

 愛とは時間をプレゼントすること。心したいものです。ね、お父さん!(テモテ)

3


  九代目・林家正蔵を襲名する林家こぶ平さんがテレビで語っていた。

 落語家を志し、父三平さんのもとへ入門したとき、先輩に言われたという

 「孝行したね。男親は息子に認められるのが一番うれしいものなんだ」。

 客席喝采に慣れた昭和の爆笑王も、胸にかざしきた仕事への誇りを

 わが子と分かち合う喜びは、格別であったろう。「父の日」がある6月の声を聞くと、

 思い出す歌がある

 「父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色(こんじき)の獅子と映れよ」

 (佐佐木幸綱)…。

 どの仕事にも光があり、影がある。それを知り抜いた親心には複雑な思いもよぎろうが、

 子供の目に「金色の獅子」と映っていたことを確認する貴重な瞬間に違いない

 神戸の火災で崩れた屋根の下敷きになり、消防士13人が命を落とした。

 その一人石丸佑介さん(23)は親子二代の消防士である。

 父一彦さん(51)は大阪の消防署に勤務している

 日夜、危険と隣り合わせに身を置いて、市民生活の安寧を守る…。

 父親の使命感と誇りを仰ぎ見て育った子は、自らもいつの日か

 「金色の獅子」たらん、と念じていたことだろう

 息子から消防士になると告げられた父は、小さな事故ならば覚悟していたという。

 「命まで持って行かれるとは…。夢ならさめてほしい」。

 夢なら―無念の情がその一語に尽きている。

 幼きわが子の目に「金色の獅子と映れよ」とはすごい願いです。

 でも、お父さんなら心のどこかでこの願いをもっているのではないでしょうか。

 少し前、妻が性懲りもなく私達の結婚式のビデオを子供達と一緒に見ていたのです。

 すると娘(2歳)が「ママ、お嫁ちゃんダメ。

 アブちゃんがお嫁ちゃん」と言いながら妻を叩いたそうです。

 何とも可愛いことです。以前に書きましたが、息子は母親に、

 娘は父親に恋をしながら育っていくものなのだと再確認致しました。

 娘の目には私は世界でたった一人の

 全幅の信頼を寄せられる男性として映っているのでしょう。

 40歳を過ぎ、お腹もプックリ出ているにも拘わらず…。

 さて、息子(6歳)の目には私はどんなふうに映っているのでしょうか。

 牧師家庭という特殊な家庭の中で、息子は私を見ています。

 教会学校などではコメディアンのように面白い私を見ています。

 週日は聖書研究や祈っている姿だけでなく、カメの世話をしたり、掃除をしたり、

 寝っ転がってテレビを見ながら寝ている姿を見ています。たまに夫婦喧嘩も…。

 あヽ金色の獅子とはほど遠い…。しかし、息子が将来何になりたいと問われ、

 「イエス様のお仕事」と答えたと聞き、親ばかにも嬉しく思いました。

 それにしても「金色の獅子」とはどういう姿のことをいうのでしょう。

 私なりに考えてみました。

 勿論、髪を金色に染めることではないですよね。ではどういう姿でしょうか。


 ①健全な誇りをもって生きている姿です。雄ライオンはプライドの動物です。

 男性も同じなのです。男尊女卑というのではありません。

 お父さんが、家族・仕事・人生に健全な誇りをもって生きていることが

 大切ではなのではないでしょうか。


 ②ヴィジョンを向かって生きている姿です。人が最も輝いているのは、

 目標やヴィジョンに燃えて前進している時ではないでしょうか。

 自分と家族が良い生活ができればいいというだけではなく、日本のために、世界のため、

 後世のために、貢献するヴィジョンを持ちたいものです。


 ③勇敢に毅然として生きている姿です。失敗のない人生なんてありません。

 生きていく先々に失敗や恐れが待ち構えています。

 失敗することは失格者になることでは決してありません。

 失敗とは、勇気をもって何かを成し遂げようとした勲章なのです。

 ですから、失敗を恐れずに何かを成そうとしている姿は感動的です。

 もっと感動的なのは、失敗してもそこから教訓を学び取り、

 再び立ち上がって人生に挑んでいく姿です。

 お父さんとてスーパーマンではありません。

 手痛い失敗を喫して失意落胆している姿を子供達にさらけ出す時があるかも知れません。

 しかしそこから立ち直り、愛する者のために戦い始める姿は、

 子供達の心にどんなに感動を与えることでしょうか。

 金色の獅子…。ちょっと重たい言葉です。

 でも、お父さんの生き様は子供達の心に生き方の原型して焼き付き、

 強い影響を及ぼしていきます。

 共に頑張りましょう!(テモテ)

4


  爽快な夏の気分を満喫できるシーズンがやってまいりました。

 皆さんは、この夏、どのようにお過ごしになりますか。

 夏休みに入り、子供達が24時間家にいることは、

 ある面、私達親が子供達を通して試されているように感じます。

 子育ては親育てですね。お互い、親子のコミュニケーションを楽しみましょう。



  さて、今月のお話。

 「お願いだからいい子になってくれ」と言われ続けて育った子供がいました。

 見事にぐれてしまい、親にも学校にも政府にも反抗する人となりました。

 どうしてでしょうか。それは、この子が素直だったからです。

 え? 逆じゃないかと思われますでしょう。いいえ。

 「お願いだからいい子になって」という言葉の裏に、

 この子は「なぜならおまえはいい子じゃないから」という

 メッセージを受け取っていたのです。

 だから、その通り素直に「悪い子」になったのでした。



  子供は親の本音を見抜く天才です。

 私は和菓子が好きです。

 春は桜餅にかしわ餅、夏が近づくとわらび餅やくず餅が和菓子屋の前に並びます。

 6月のある暑い日、よく冷えたくず餅を買って家に帰りました。

 「お~い、みんなのためにくず餅を買ってきたぞ。さあ、食べよう!」といいました。

 子供達も喜んで集まってきましたが、長男が一言言いました。

 「みんなのためでちがうやろ。お父さんが食べたかったんやろう。」「…。」

 一本取られました。

 さすがに息子、私の本音をすかさず見抜きました。



  子供の感性は鋭いです。親の言葉や態度の表面的意味だけではなく、

 その背後に隠されている本音を、身体全体で感じ取るようです。

 そして、その本音のメッセージに従って成長してしまうのようです。

 ごまかしはききません。

 私達が子供をどう評価しているのか、彼らはそれを的確に察知し、

 それを無意識の「命令」として受け取るのです。



 ◆こんな問題もできないのか⇒おまえは馬鹿だ。馬鹿であり続けろ。

 ◆本当は男の子が良かったな⇒女らしくなってはいけない。

 ◆疲れてるんだから、一人で遊びなさい⇒人には近づくな。一匹狼でいろ。

 ◆おまえがいなきゃ新車が買えるんだが⇒おまえは生きていちゃいけない。

 ◆おまえは俺がいないと何もできない⇒自分で何もしないで助けてもらえ

 ◆どうせ長続きしないんだろう⇒何でも途中で投げ出しなさい。

 ◆できすぎ君を見習いなさい⇒おまえはうちにはいらない。

 ◆泣くな、うるさい⇒感情は素直に出しちゃいけない



  親のこんな口癖に隠されたメッセージが

 子供達の生き方の鋳型になっていきます。

  さて、お父さん。

 あなたを造られ愛しておられる天のお父さんである神様は、

 あなたをどんな目で見ておられるのでしょうか。


 ◆あなたは高価で尊い。わたしにとって大切な大切な、代わりのきかない存在だ。

 ◆あなたが何をしてもしなくても、またどんな性格でも、あなたは私の大切な子ども。

 ◆お前のためなら死んでも惜しくない。実際、一度死んだよ。

 ◆わたしは永遠の昔からお前の誕生を計画し、その時を待っていたんだ。

 ◆あなたには、あなたでなければならない使命を用意したよ。

 ◆あなたには山をも動かす可能性が眠っている。

 ◆たとえあなたの目には問題、逆境、不幸に見えても、それはあなたの宝になる。

 ◆たとえわたしを冒涜しても、わたしはあなたを赦す。

  だからわたしの前では正直でいておくれ。



  こんなメッセージを天のお父さんは、あなたに贈っているのです。

 一人部屋でじっくり味わうとウルッ…と来るのではないですか。

  そして、私達の子供達も、神様の目にはそう映っているのです。

 ならば、私達も神様の視点で子供達を見つめたいと思います。

 この夏、是非子供達にそんなメッセージを送ってあげて下さい。

 健闘を祈ります。

5


  残暑厳しい毎日が続いておりますが、私は小さい秋を見つけました。

 夜になると聞こえる虫の音です。涼しい秋がやってきます。

 秋にはアレが食べられるぞ…!とワクワクしている私です。



  夏休み中の子供達との関わりはどうでしたか…?

 子供達を愛している皆さんのことですから、

 きっと良い関わりができたと思います。



  さて、今月も「お父さん、出番ですよ」です。

 「まったくお前は愚図なんだから…」とお父さんは息子にそう言いました。

 「お前にはまともにやれることはないのか?お姉ちゃんを見習ったらどうだ」。

 息子はじんわりと涙を浮かべてうつむいています。

 それを見たお父さんは、とどめの一発を語ります。

 「ここまで言われたら、何くそってがんばろうとは思わんかなぁ」。



  先月号を読んで下さった方は、この子がこのあとどうなるかは想像できると思います。

 もちろん、お父さんは、息子を励ますためにこう言ったのです。

 きつい言葉かけをすれば、

 息子が奮起してがんばってくれる『はずだ』という予想が、このお父さんにはあったわけです。

 このお父さんは、誰にも負けないくらい愛情にあふれたお父さんでした。

 でも、残念ながら、その『予想』は自分本位の思いこみだったのですが…。



  ご自分のことを考えて下されば分かると思います。

 会社で上司から、仕事のやり方や態度について、何かにつけてガミガミガミガミ言われていたら、

 喜んで仕事したいと思います?

 同じアドバイスをもらうんなら、「こんなやり方じゃぁ、どんなにがんばったって効果は期待できんよ。

 教えてやるから、言うとおりにしたまえ」なんて言われるよりは、

 「君には見込みがあるね。このやり方は特にいい効果を期待できそうだ。

 ここをこんな風にすると、さらに効果が上がるんじゃないかな」って言われた方が、

 やる気が出て来るんじゃないですか?



  『ほめられるとうれしくなります。元気になります。やる気が出てきます。

 もし「叱られた方がかえって仕事したくなる」というお父さんがおられたら、それはすごい!

 でも知って下さい。あなたのお子さんは、あなたとは違うかも知れないんだってことを…。

 一般に、「叱責」が高い教育的効果を持つのは、

 相手が既に相当の動機付け(あるいはやる気)を持っているときです。

 ですから、叱ることも大切ですが、それはここぞという時にぴしりと用いることにして、

 まずはお子さんをほめることを重視なさってはいかがでしょうか。



  ハーバード大学の心理学者であったウィリアム・ジェイムズ氏は「人間性の最も深い基盤は、

 人にほめられたいという願いである」と述べています。

 この願いが自分の愛する者によって叶えられれば、私達はいろいろな面で成長し、

 良いものを身に付けていくのではないでしょうか。

  自分一人で何かができると子供は必ず「見て!見て!見て!お父さん(お母さん)、見てよ!」

 と言います。

 この前も、息子がゴマゲンゴロウとヤゴを採ってきました。

 私は「よく見つけた!」とほめてから、一緒に昆虫図鑑でその虫の正式名を調べました。

 娘は「アブちゃん、こんなんできる!」とジャンプをしながら回転しました。

 「すごいなぁ~」とほめると誇らしげな顔で満足していました。

 子供はほめられたいのです。

 親から良い評価をもらうことによって、子供は自信をつけますし、チャレンジ精神も育ちます、

 更には良いセルフ・イメージも養われます。

  え? ほめるところがない? そんなことないでしょう。あなたのお子さんですもの。

 一杯いっぱい素敵なところがあるはずです。

 それを一生懸命探し出して、口で、あるいは手紙などで伝えてあげましょう。

 こういう苦労は惜しまないことです。どうしても見つからなければ、

 短所と思えるところをひっくり返してみることです。



 ◆優柔不断→優しい。

 ◆怒りっぽい→正義感がある。いつも真剣。

 ◆愚図→あくせくしない性格。

 ◆わがまま→自分に正直。はっきりしている。

 ◆頑固→ひたむき。

 ◆短気→時間を節約している。

  …どうです。いくらでも出てくるでしょう?

 こういう言い換えリストを「天使の辞典」と呼んもいいでしょう。

 皆さんもご自分で作ってみて下さい。

  お父さん、子供達はあなたのほめ言葉を求めています。

6

 ひんやりとした秋気が心地よい季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

今月もホザナ通信をお読み下さってありがとうございます。

さて、今月も「お父さん出番ですよ」です。


 昔、怖いものの代表として、地震・雷・火事・親父が挙げられました。

このように、お父さんというのは、ある種「怖い」存在であるはずです。

ところが、最近、私も含めそうでなくなってきたように思います。


 子供というのは、時に私達の思い通りに動いてはくれないものです。

後片付けをしない。怠けて0点を取って来た。いつまでも夜ふかしをする。

汚い言葉を使う。弟を叩いて泣かす。おもちゃ売り場の前で「買って~」とバタバタする。

ありがとうを言わない。門限を守らない。

こういう時、お父さんは子供達を叱ります。そして、望ましい行動を教えなければなりません。


 聖書にはこんな言葉があります。「むちを控える者はその子を憎む者である」(箴言13章24節)。

意外に聖書の子育て論は厳しいのです。

『…それならしょっちゅうやってるよ。がみがみとね。

でも、子供たちは言うことを聞かないんだ。お互い気分が悪くなるばっかりで…』。

う~ん、どことも同じですね、お父さん!

でも、ちょっと待って下さい。本当に私達は「叱って」いるのでしょうか。

もしかしたら、単に怒りを子供にぶつけているだけで、

「愛のムチだ」なんて合理化しているんじゃないでしょうか?

「叱る」と「怒る」とでは大違いです。ダイヤとタイヤくらい違うのです。「叱る」は意志的、「怒る」は感情的です。


 トマス・ゴードン博士は、怒りは二次的感情だと説明しています。

何か別の感情がまず起こって、その結果として怒りが生じるということです。

たとえば、子どもが人前でモジモジして、大きな声で挨拶しなかったとしましょう。

その時、お父さんは「俺のしつけが疑われるかもしれない」と感じるかもしれません。

お父さんの一次的感情は恥ずかしさです。

そして、自分を恥ずかしくさせた子どもを罰するために怒りをぶつけるのです。



 また、子どもがデパートでサーッと一人で駆け出し、迷子になってしまったとしましょう。

この時の感情(一次的感情)は、あの子の身に何かとんでもないことが起こらないだろうかという不安です。

で、無事に子どもが発見された時、怒りが出てきます。

「一人で駆け出したりしたらだめじゃないか!」と怒ることにより、

自分を不安にさせた子どもを罰しているわけです。


 しかし、こういう場合、

子どもには「元気にはきはき挨拶するものだ」とか

「デパートで一人で駆け出してはいけない」という表のメッセージではなく、

「お前はダメな奴だ」という裏のメッセージしか伝わらないようです。

ならば、いくら怒っても、ちっとも子どもの行動は変わらないで、

ただ不愉快になるばかりだとしても不思議ではありません。



 ではどうすればいいのかというと、

まずは一次的感情に気が付くことです。

もしかしたら、「子どもの挨拶の問題で、

自分が恥ずかしく思うのも変かなあ」と感じて、

怒りの原因である一次的感情そのものが解消するかもしれません。

そして、一次的感情が妥当なものであるならば、それをストレートに口にしてみるのです。

「お父さんは、お前が見つからないんじゃないかって心配したよ」って。

しかも、「でも、見つかってホッとした」と肯定的な感情も付け加えれば100点です。



 ここで叱り方の勘所を紹介しましょう。

①ほめてから叱ること。

大概短所を裏返すとその人の長所ですから、それを認め、ほめてから物を言うことです。

②くどくど言わないこと。

あっさりと迫力を持ってピシリと言うことです。

③感情的にならず、論理的によくまとめて、明快に指導すること。

④人と比べたり、前の失敗を持ち出さないこと。

⑤私=裁判官、あなた=被告人、という関係ではなく、

あるべき姿の前に、同じ場所から共に立つという姿勢が最も有効な忠告の仕方です。



 私が子供を叱る場合、先ず子供と1対1になって叱るように心がけでいます。

怖い顔をして、目と目を合わせ、低い声で注意をしてから、歯を食いしばらせてバシッと叩きます。

叩いた後は、一緒にお祈りしたり、ギュッと抱きしめたりします。

叱った後、親の愛を子供に伝えてあげることがポイントです。


 子供は神様からの預かりもの。

私達親は神様に信頼されて、子育てを任されています。

暖かい愛と厳しい愛で子供達を育てていきたいものです。

お父さん、怒りのムチではなく、

本当の意味での愛のムチをふるえる「怖いけど優しいお父さん」を目指しましょう。

7

 いつの間にか行く秋を惜しむ季節となりました。

ホザナ通信をお読み下さっている皆様、お元気ですか。

今月も「お父さん、出番ですよ」で共に子供達への関わりについてを考えてみましょう。


 子育て勉強会に出たお父さんの話。

講師の先生が、「子供はほめて育てましょう。決してバカなんて言ってはいけませんよ」とおっしゃいました。

この連載でも、繰り返し述べていることです。

さて、このお父さん、講義に大変な感銘を受けて帰るのです。

よーし、今後再び子供たちをバカ呼ばわりしないぞ!

ところが、家に帰ってみますと、お兄ちゃんが弟を叱っているのです。

「このバカ、何でこんなことをするんだ!」これを聞いたお父さん、

カーッとなってお兄ちゃんを叱りつけました。

「おいっ、弟にバカなんて言うな。ひねくれて育っちまうじゃねえか、このバカ!」


 子供は親の言葉なんぞ聞いちゃあいません。

子供は親をじーっと観察して、親をモデルとしてその生き方を模倣しようとします。

このお父さんは、「バカって言うな」と口では教えているんですが、

実際には「人をバカ呼ばわりしろ」と教えているようなものです。

 『子供は物まねの天才です。

子供は親の言うようにはしないで、親のするようにします。

「朝はあいさつをしましょう」と100万回繰り返すよりも、

毎朝お父さんがお母さんに「おはよう!」と元気にあいさつすることです。

え? 出勤が早いから子供たちはまだ寝ているって?

ある人は、毎朝一筆箋に

「○○ちゃん、おはよう。

今日はプール開きだね。どれだけ泳げるかな?」とか書いて出勤なさるそうです。

要は熱意です。本気で「あいさつしよう」と思っていたら、アイデアは無尽蔵に出てきます。


 「お祈りしろ」「教会に行け」「聖書を読め」と教えることも大切ですが、

まずはお父さんが喜んで教会に行き、

いつも親しく主と交わり、神さまに喜んで従っていかれることが大切です。

子供に建前は通用しません。


 ちまたには、いろいろな子育てのHow to本があふれています。

それだけみんな悩んでいるのでしょうが、どうやら子育てはテクニックではないようです。

もちろんテクニックは大切なんですが、

結局はお父さんの本音の価値観や生き様が試されることになります。

子供が関心を示すのは、親が何を言っているかではなくて、『親が何者であるか』、なのです。

子供が求めているのは親という生きたモデルなのです。


 滋賀県にある止揚学園という施設での出来事です。

先生がアヒルのタマゴを数個もらってきました。

お友達は大喜びで大切に温めました。

やがて、卵が割れて雛が生まれました。

お友達は大切に雛を育てました。やがて雛はお友達の後を追っかけるようになりました。

そんなある日、一人のお友達が提案しました。

「この子達はアヒルだから池を作って泳がせてあげよう!」

先生もお友達も大賛成。力を合わせて池を掘りました。

いよいよアヒルの子達を池に放ちます。

池に放たれたアヒル達はバタバタと水の上を動いていました。

お友達は大満足。アヒル達をそのままにして部屋に戻り数時間が経ちました。

その間にアヒルの子達皆は溺れ死んでしまったというのです。


 水鳥が溺れるなんてことあるでしょうか?でも事実起こってしまったのです。

鳥は卵から孵った直後に見る動く物体を親だと思い込む習性があります。

ですから例のアヒル達は施設の子供達を親だと刷り込んでしまい、人間をモデルとして生きていたのです。

当然、泳ぐ見本もありませんから泳ぐ真似さえしていなかったことになります。

そこで突然、アヒルの子達は水上に放り出されたものですから、溺れてしまったというわけです。

動物たちにもモデルが必要なのです。

人間も同じです。子供だけじゃなく大人も同じです。モデルに倣って習熟していくのです。



 人を動かすのには5つの方法があります。

①脅す。

②欲に訴える。

③理論で説得する。

⑤ほめる。

⑥モデルを示す。

時と場合によって使い分けるのですが、

一番効果的で持続性があるのがモデルを示すことです。


 お父さん、あなたはもうモデルになっていますよ。

是非、お父さんの24時間の行動を棚卸ししてみて下さい。

その背後にある価値観をチェックしてみて下さい。

心の奥のコンプレックスを点検してみて下さい。

それらは、ばっちりと子供たちに吸収されています。

それが良きものであることを信じますが、ますます良きものへと研いていかれますように。

8

 メリー・クリスマス!

今年もクリスマスを祝う季節がやってきました。

幾つになっても楽しいクリスマス。

まして子供達にとってはどんなにかウキウキすることでしょう。

でもクリスマスを単なる喧噪にしないためにも、

その意味を知っておくことは必要なことですよね。

そんな訳で今月は「お父さん出番ですよ」はお休みにして、クリスマスについて綴ってみたいと思います。



 ドイツに「小さな飼い葉桶の前で」(ヴァルター・バウデート作)という

短いクリスマス童話があります。

ヨーロッパではクリスマスになると街角や教会には、

クリッペ(飼い葉桶)が飾られます。これはクリッペに眠るイエス様を囲む、

両親のマリアやヨセフ、羊飼い達の人形です。

日本でもカトリック教会に行けばクリッペが飾られており、

24日の夜になって赤ん坊イエス様が飼い葉桶の中に飾られるという演出がなされます。

この「小さな飼い葉桶の前で」はそのクリッペのお話しです。短いので全文をご紹介します。



 小さな坊やは、

 木彫りの上手なおじいちゃんのことが、とても自慢でした。

 なんでもない木切れから、“生きている”人形がだんだん出来ているのを見るのは、本当に好きです。

 おじいちゃんがクリスマスの人形を作っている間に、

 坊やは木彫り人形の世界に入り込んでしまいました。

 そして、羊飼いや学者達と一緒に動物たちのいる小屋を訪ね、

 飼い葉桶の中の赤ちゃんの前に立ちました。

 そこで坊やは気付いたのです。

 「赤ちゃんの手は空っぽだ!みんな何か持っているのに、赤ちゃんだけは何も持っていない。」


 びっくりして坊やは言いました。

 「ぼく、君に一番いいものをあげるよ。新しい自転車にしようか。

 …そうだ、電気で動く鉄道セットにしよう。」

 その赤ちゃんは、にっこり笑って言いました。

 「ぼく、鉄道セットはいらないよ。それより、君のこのあいだのテストをちょうだい。」

 坊やはおどろきました。

 「だって、あんなの…“やりなおし”って書いてあるんだよ。」

 「だから、ほしいんだよ。」と飼い葉桶に寝ている赤ちゃんイエス様は言いました。

 「ぼく、君の“やりなおし”が全部ほしいんだ。そのために生まれてきたんだから。」


 「それから、もっとほしいものがあるんだけどなぁ」と、赤ちゃんは言いました。

 「君のミルクコップなんだ。」 

 坊やは悲しくなりました。

 「ぼくのミルクコップ?…だって、あれ、こわれちゃったよ。」

 「だからほいしんだよ。」ちっちゃなイエス様は言いました。

 「こわれたものは、何でも持っておいで。ぼくがなおしてあげる。」


 「もうひとつ、ほしいものがあるんだけど。」

 赤ちゃんは、また坊やに言いました。

 「あのコップが割れたとき、君がお母さんにいった言葉がほしいんだよ。」

 坊やは泣き出して、しゃくり上げながら言いました。

 「あのとき、ぼく、うそついちゃった。ぼく、お母さんにわざとやったんじゃないって言ったけど、

 ほんとうは怒ってコップを投げたら、割れちゃったんだ。」


 「その言葉がほしかったんだよ。」と赤ちゃんのイエス様は言いました。

 「君が怒ったり、うそをついたり、いばったり、こそこそしたりしたときには、

 ぼくのところにおいで。君をゆるして、そうじゃないようにしてあげるから。

 そのために、ぼくは生まれたんだよ。」


 そして、赤ちゃんは坊やに、にっこり笑いかけました。

 坊やはじっと見つめ、じっと耳をかたむけ、びっくりしていました。



 どうです、なかなかの内容でしょう!

クリスマスの意味が見事に描かれています。

イエス・キリストは、私たちの人生途上における失敗や罪責感、汚れをすべてゆるし、

新しい人生に造り直すためにお生まれ下さったのです。

私達がイエス・キリストを救い主として心に迎え入れるならば、

私たちの人生に新しい創造が起こります。

あなたも飼い葉桶の中におられるイエス・キリストの前に行きませんか。


『だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。

古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。』  2コリント人5章17節

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 ついこの間までお正月気分でおりましたのに、

もうひと月が終わろうとしております。

みなさん、新しい年の1ヶ月はいかがでしたか。

我が家ではコマ回しが流行りました。

父親の私も、昔取った杵柄で息子と一緒にコマ回しに熱中しました。

今年もホザナ通信を宜しくお願い致します。


 「お父さん、出番ですよ」はいかがですか。

興味深く読んで下さっているとしたら大変嬉しく思います。

もしかしたらこんなお父さんがいらっしゃるかも知れません。

『どうして自分は子どもをほめてやれない』というお父さんです。

このことで心ひそかに悩んでおられるかも知れませんね。

いつも子どもの欠点や失敗ばかりが目について、つい小言を言ってしまうのです。

こういうお父さんは、子どもの頃、どんなにいい点数を取ってきても、

ご両親からちっともほめられたことがないばかりか、

失った1点2点のことで責められていたのかも知れません。

このように育ったお父さんは、

いつの間にか「完璧でない限り、お前は決して満足するな」

というメッセージをご両親から受け取り、

実際にお父さんになってからもそれを忠実に守ってしまうことになるのです。

そうです、完璧主義者の誕生です。

人間、完璧になんか生きられるはずがありませんから、

非難の種はどこにでも転がっています。

こうして、自分や他人の欠点を責めて、

「頑張れ、頑張れ」と駆り立てる性格ができあがるのです。

満足することを知らない完璧追求人間です。

自分も周囲も疲れ果ててしまいます。

逆に、「完璧にできないからやっても無駄だ…」と初めから諦めてしまう完璧主義になってしまうこともあります。



 どうしたらいいのでしょう。

自分の中にある「完璧であれ!」という親からのメッセージに気付き、

それを捨てることです。

代わりに「そのままで素晴らしい。完璧じゃないけど最高だ!だからもっと素晴らしくなれる!」というメッセージを

自分に語り聞かせることです。実は、これこそ聖書のメッセージなのです。

長い間の癖を矯正するのは大変ですが、

それでも根気よくしていると、「完璧であれ!」というメッセージの呪縛がほどけ、

本来の自分らしさを生きれるようになっていきます。

そして、欠点よりも長所を見られるようになり、ほめることもできるようになりますよ。


 こういう意味で、子育ては素晴らしいですね。

子供を育てているようで、実は親である私達が育てられているのですから。

子供の成長と共に親自身が新しい視点で自分の歩んできた道を踏み直すことができるのです。

嬉しかったこと、辛かったことなどを思い出し、

内面が探られ、気付きが与えられ、いやしが起こってきます。



 その時のポイントは、

親のそういう内面をしっかり受け止めてもらえる存在がいるかどうかです。

もしなかったならば、子供達に被害が及ぶかも知れません。

私の場合、息子や娘をだっこしながら、

自分の赤ちゃんの頃について何度も思いめぐらしました。

その時必ず、神様に抱っこされている私を思い浮かべたのです。

私がこの子を慈しむ以上の慈しみをもって、

神様は私を慈しみ大切にして下さっているのだと感受しました。

心が熱くなったのを覚えています。

神様と私のそのような関係が、子育てによって、よりリアルに実感できるようになりました。

実際、神様は私達をありのまま100%で受け入れて下さいます。

『私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している』という神様の言葉があります。

神様の目はどのような目でしょうか。

私達の人生すべてを残らず見てこられた目です。

その神様が『あなたは高価で尊い。あなたを愛している』と言って下さるのです。

 お父さん、子育てをしながら、神様と共に自分の人生を踏み直してみませんか。

きっと素晴らしいことが起こってくるでしょう。

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