ボランティアに参加して 2011年6月

小森康三 伝道師

 主の御名を讃美いたします。去る二〇一一年六月十三日〜十八日まで、私たち高砂教会から八名のチームで東日本大震災の復興支援の一環としてボランティアへ行かせていただきました。被災した範囲は非常に広範囲に渡り、どこも必要がありましたが、祈りの中で私たちは福島県いわき市へと導かれていきました。

 私たちボランティアチームを受け入れて下さったのは、自らが被災しておられながら復興のために全力を尽くしておられるグローバルミッションセンター(森章師・以下GMCと略す)という教会でした。非常にフレキシブルな教会であり、御霊がどのように導かれているかに敏感な教会でした。震災後の日曜日、礼拝直前にいわき市が捌ききれない物資をなんとか保管しいつでも配ることの出来る場所を探していた中で、広い礼拝堂を持つGMCに依頼が来たという事でした。森師は祈りました。「主よどうすべきですか?」と。主は「人々に仕える事も礼拝だ」と語られ、物資を教会の礼拝堂に運び入れる事を決意しました。その瞬間から、地域の為の働きが継続され続けています。また教会をフルオープンにし、世界各国からボランティアチームを受け入れ、常時数十名の人々がGMCを拠点として地域の復興の為に全力を尽くしています。

 ボランティアの内容は日々刻々と必要に応じて変わっていきますが、私たちが滞在させていただいたタイミングでの働きは、「がれき撤去」、「炊き出し」、「避難所での足湯・マッサージサービス」、また必要な物資を取りに来られる地域の方に物資を渡していく「生活支援センター」の働き、様々なストレスの中におられる方々とお茶をしながら交わりお話を聞かせていただく「カフェ」の働き、またボランティアチームを支えるための食事や教会を整えるための働きなどがなされていました。それら全ての働きの動機は「キリストのように」でした。キリストが人々に仕えたように、私たちも仕えることを通してキリストの愛を流し出したい…と。

 皆様の祈りの中で支えられ、たくさんの祝福があり、証ししたいことは山ほどありますが、その中で最も教えられた事をお証しさせていただきます。それは教会の底力でした。まるで迫害や困難の中でいよいよ熱く燃え上がる初代教会のようでした。毎日朝に夕に讃美と祈りが捧げられ続け、クリスチャン達が食を共にし、皆が一つとなり、地域の人々が口々に「教会にはお世話になっている」と言う程に人々に好意を持たれ、まるで使徒行伝二章四二節〜四七節に書かれてある初代教会の様子そのもののような有様がそこにはありました。わたし自身もその輪に加えていただき、共に主を礼拝させていただく恵みの中で、リバイバルの気配を肌で感じています。そして迫害や困難の中で初代教会がますます外に外にと出て行ったように、GMCもあらゆるチャンスを用いて教会を外に持ち出そう、世に出ていこうとしていました。

 巨大な地震、そして巨大な津波、そして甚大な被害…私たちはこの事を嘆くだけでありたくはありません。悲しみを復興の為の祈りに、嘆きを復興の為の行動に、リバイバルの為のアクションに繋げていきたいのです。被災地においてクリスチャン達がこの状況の中で確かに神の御手が共にあると信じ、立ち上がり、実際の行動を持って人々に仕えはじめています。またノンクリスチャン達も形あるいつかは崩れゆくものではなく天に目を向け始めています。いよいよクリスチャンの真価が問われているように思わされています。言葉だけ、語るだけでなく、実際の行動を伴ったクリスチャンとして歩ませていただきたいと強く思わさるのです。人々が真理を求め、救いを求め、永遠に変わらないものを求めています。それを知り、受け取った教会が(私であり、あなたが)世に出て行きそれを言葉と行いとによって示していこうではありませんか。教会が宗教を、そして宗教臭さを脱ぎ捨て、その生き生きとしたキリストに倣った生き様を持って世に出て行く時です。皆さん、共に励んでまいりましょう。

手束アンドリュー


 二〇一一年六月十三日、福島県いわき市へ向かう十四時間の旅の間中、私は「どうしたら影響力のあるクリスチャンになれるんだろう」と考えていました。それは最近ずっと私の思いの中にあったことで、このことについて新しい洞察を示して下さるようにと神様に切に求めていたことでした。それはもし私たちがクリスチャンとして魂を勝ち取り、キリストのために私たちの国を変えていきたいなら、私たちの周りの人たちに、また地域社会に、また私たちが住む国において、影響力を持つ必要があるということを深く確信していたからです。



 この福島でのボランティアの体験は霊的な面においても、交わりの面においても、信じられないほど意味深いものでした。賛美と礼拝を通して、主の臨在の中に戻ってリフレッシュするというだけでなく、「奉仕することを通してキリストの愛を分かち合う」というただひとつの目的のために、世界中からやってきた人々との交わりもありました。しかしながら最も意味深かったことは、私が思いめぐらしていたことへの答えを、主が明らかにして下さったことでした。



 ボランティアの初日、私たちには瓦礫(がれき)撤去・掃除の仕事が割り当てられました。男性七人のチームで津波の被害を受けた家と備蓄管設備へと向かいました。それはノンクリスチャンであるセブンイレブンの経営者のものでした。私たちは家屋から壊れたものを取り出し、それを細かに分別しました。手作業でそれらの仕事をしているときに、ふと私の目に同じチームのメンバーの一人が着ていたTシャツの言葉が飛び込んできました。それは「行動に表された信仰・自由・愛」という言葉でした。いかなる理由にせよ、それはとてもインパクトのあるもので、どういうわけか私の頭から離れませんでした。話を短くすると、その仕事の終わりに、チームメンバーの一人がその家の人に「チームであなたのために祈ってもいいですか?」と尋ねると、彼は何のためらいもなく「はい!」と答えたのです。私はこのような出来事を、このいわきでの滞在中に何度も何度も目撃しました。そこではノンクリスチャン達の心が開かれ、祈りを求めていたのです。



この経験を通して、私は「アンドリュー、これがあなたの問いへの答えだ」と神様が語って下さっていると感じました。「もしあなたが影響力のあるクリスチャンになりたいのなら、信仰・自由・愛を行動に表わすべきだと。あなたが信仰・自由・愛を行動に表していくなら、誰もイエス・キリストの福音を無視することも拒絶することもできない」と。



ヤコブが言っている通りです。「わたしの兄弟たちよ。ある人が自分には信仰があると称していても、もし行いがなかったら、なんの役に立つか。その信仰は彼を救うことができるか。… 霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。」(ヤコブ二・十四、二六)



兄弟姉妹、信仰・自由・愛を行動に表していく練習をしましょう。私たちの教会の中で、また私たちの地域において。そうするなら世の人々は私たちの主イエス・キリストの愛と救いの恵みを確かに体験することができるでしょう!アーメン!



三島こずえ

 三月十一日の震災以来、テレビの報道を見ながら、いつかボランティアとして何かをしたいと思い、ネットで受け入れてくれるところがないか調べていました。けれども還暦を過ぎたおばちゃんの出番はありません。そんな時に第二回震災ボランティア募集が教会で募集されました。現地へ行って迷惑ではと迷いましたが、寝るところと原発問題の為ボランティアが不足している福島である事、また色々なボランティアの仕事があるという事で「私でもなんとかなる」と、ただ主にゆだねようと思いました。

 六月十三日早朝、八名のメンバーで出発、夜八時過ぎに目的地である福島県いわき市のグローバルミッションセンターに到着しました。ちょうど夜のミーティングの時間で足の踏み場も無い様な中、半分は外国の人というボランティア構成に驚きつつも同世代の人を見つけてホッとしました。

 次の日は朝六時からの「感謝と讃美の時」に出ました。まず讃美リードがあり、その後は決まったプログラムはなく、導かれた人が自由に祈り、御言葉を読み、讃美するというものでした。前日からの緊張が讃美と祈りの中でほぐれ、心が解放され丸ごと受け入れられているそんな不思議な感覚でした。私の中で津波で崩壊した町にひざまずいておられるイエス様のイメージが浮かんで、神さまがどんなに、被災された人々のことを深く心を痛めて心配しておられるかが伝わってきて、私が来たのは間違いではなかったとの思いを強くしました。

 どんな作業をするかは朝のミーティングの中で、ボランティア要請(瓦礫撤去、炊き出し、ボランティアセンター内の清掃、物資を取りに来られた方へのお茶の接待、ボランティアの為の食事作り、避難所への足湯サービス等)によって、各自が自由に決めるようになっていました。必要に応じて、ボランティアをさせていただくという姿勢が貫かれておりそれぞれが、主の御用をしているという喜びに溢れていました。

 私はまず食事作りのグループに入りました。そこでこの教会がボランティアの拠点として人々を受け入れることがどれだけ大変な決断であったかを知りました。ボランティアのほとんどは四日から六日程滞在する人々であり、初めての場所であることで、細々とした説明から、部屋の割り当て、次々かかってくる電話の応対、朝早くから瓦礫撤去に出て行く人のためのおにぎり作り、トイレの掃除、疲れてお腹をすかせて帰ってくるボランティアにせめて夕食はちゃんとした物を出したいと食事作りをされているスタッフ、それは祈り無くしてはとても出来ないことでした。そのお手伝いが出来たことは迷惑をかけてしまうのではと思いながら参加した私にとって、とても嬉しいことでした。

 ボランティアには終わりがありますが、現地スタッフの方にとってはいつまで続くか分からない日々です。この方々が、疲れ果ててしまうことのないように支えていく事も主の喜ばれることと思います。これからも次々と震災ボランティアが計画され継続していくことを願っています。

ボランティアに参加して 2011年3月

新田恵一 副牧師

 未曾有の大地震と津波から一週間経った頃でしょうか。毎朝の教職者の祈祷会の後、手束主任牧師先生から
被災地支援ボランティアを派遣するとのお話かありました。他の教職の先生方も多分そうかも知れませんが、
まだ現地の状況もよく把握できていないような状況の中で、私は正直、困惑していました。何をどうしていいのかよく分からないまま数日が過ぎて行きましたが、牧師先生からは、「ボランティアの件どうなっている?」と問われると、「今、調べています。」としか言いようがありませんでした。実際の所、現地に行くにしても
受け入れてくれる教会や団体を知っている訳でもありません。親しくしている教会は東北には実際にはほとんどなかったのが現状でした。あまり気が乗らないまま、インターネットのコミュニティサイト、Facebookにボランティアを受け入れてくれるような教会・団体がないか問い合わせの投稿をしましたが、あまり実際的な情報は得られませんでした。それから数日後、いつものようにFacebookのページを見てみると、「ボランティア募集」の記事を発見しました。それが今回、私たちがボランティアに参加した、保守バプテスト同盟・塩釜聖書バプテスト教会(大友幸一牧師)だったのです。この教会でのボランティア活動のリーダー的な働きは副牧師の大友幸証先生(現在はこの働きが拡大され、ホープ宮城の代表をされています。)がされていました。
まったく、面識も交わりも一切ない、他教団の教会ですが、この議事を見つけた時に、私は「これだっ!」と思いました。
ボランティア派遣の話が出てから数日間、私の内側は何か悶々としていました。しかし、塩釜聖書バプテスト教会のボランティア募集の記事を見つけた時から、この事をやり過ごしてはいけないという思いが強まり、やがてそれは不思議なように、使命感へと変えられて行きました。
それから現地の大友先生と電話やメールで連絡を取りながら、準備を進めていきました。出発まで一週間ほどしか時間がありませんでしたが、メンバーが備えられ、多くの兄弟姉妹からのサポート献金や支援物資などの協力を頂き準備することができました。
出発前の土曜日、物資を車に積みこもうとした時、物資のあまりの多さに、全部積み込むことが不可能であることが分かりました。しかし、積み込めるだけ詰め込み、後は宅配業者に依頼することにして問題はクリアすることができました。宅配業者に依頼する程、多くの物資が集められたということは、兄弟姉妹の被災地や被災者の皆さんに何か出来ることはないかという思い、また、私たちを応援して下さる愛を感じ、本当に感謝の思いでいっぱいでした。(宅配業者によって送られた物資は道路事情のこともあって10日はかかるだろうと言われていましたが、私たちが現地教会に到着したまさにその時に荷物も届いていました。ハレルヤ!)
現地では、三日間、作業や物資配送のお手伝いをさせて頂きました。作業を始める前のミーティングではボランティアが過度にやる気になって作業するのではなく、徹底的に仕える心で作業させていただくことを強調されていました。被災地の人々に話しかける言葉も「頑張って下さい」ではなく、「応援しています」がいいとか、そこで聞くボランティアが持つべき姿勢は正直驚きでした。被災者の人々の立場に立ち、寄り添い、ニーズに応えて作業させて頂く。イエス様の心を学ばされる体験でした。
塩釜聖書バプテスト教会には、KGK(キリスト者学生会)の大学生たちも多く参加しており、ある女子大学生が「私はこの地震と津波のことを忘れないために今回参加しました。」とボランティアに来た理由を熱く?語っていました。震災からの復興には継続的支援が必要とされています。まず被災地を被災者の方々を覚えること、彼らのために祈ること、経済や物資をもって応援すること。小さな事だとしても私たちに出来ることはいろいろあります。ボランティアもそのひとつです。
あれから三ヶ月。現地の状況や必要は日に日に変わって来ていますがまだまだ働き手が必要とされています。第二陣も本当に祝福されたようで神様に感謝しています。第三陣はどこに誰がどのように派遣されるでしょうか。願わくば、私も参加したと思っています。次回はあなたも参加しませんか?

田中亜衣

 私は高砂教会の被災地支援ボランティアの第一陣メンバーとして3月27日から4月2日の一週間、宮城県多賀城市へ行きました。震災が起こってから二週間ほどしか経っていない時期でしたのでまだまだ現地の状況や情報は把握しづらく、東北へ向かう道路も通行禁止状態でした。出発の三日前にボランティアへ行くメンバーが決まり、そこから物資の調達、情報の収集などを行いました。時間がほとんどない中、ボランティアに行く私たちに必要な物資や被災地へ届けたい物資、また義援金がどんどんと教会員の方々から寄せられ、速やかに準備が整えられていったことに心から感動し、感謝しました。被災された方々を励ましたいという本当に純粋な優しさ、熱さを感じました。
 当初、東北への高速道路は通行禁止でしたので日本海側を通って青森へ行きそこから南下して宮城県へ入る予定でした。しかし、出発前日の土曜日に東北自動車道の一部が再開通し、多賀城市近くまで高速道路で行くことが出来るようになり、本当に感謝でした。また、最も心配していた車のガソリン給油についても、ほとんど並ぶことなくスムーズに各所で給油することができ、不足することはありませんでした。
 出発してから二日目の夕方にボランティアチームの受け入れをして下さっている宮城県多賀城市の塩釜バプテスト教会に到着しました。塩釜バプテスト教会は地震の揺れによる建物被害があり、またガスも寸断されていましたがボランティアを受け入れるために教会を開放して下さっていました。
 高砂教会を出発して三日目の朝からようやく被災地支援活動が始まりました。朝のミーティング時にボランティアチームをまとめる方から活動内容やチーム編成、支援活動を行う者が心得ておくべきことについて伺いました。様々な注意事項の中には思いもよらなかった注意事項がありました。それは「がつがつボランティア活動をしない」ということでした。ボランティアをする側は役に立ちたいという思いが強くなり、それがガツガツとした行動、ひとりよがりな行動になりかねないので気をつけるように言われました。ボランティアをする人たちは被災した方々の心に寄り添ってお手伝い出来ることをさせていただく、という心構えでなければならないのです。全てその家の方の要望を聞いてから行うことが必要なのです。私はボランティアというのは積極的活動であり、誰かに指図されて動くようでは遅いというふうに考えていました。しかし、この未曾有の大震災直後においてはそのような考えや行動は被災された方々を余計に疲れさせてしまうのです。ボランティア活動を始めるにあたり、無理やり力を出そうとしていた私は反省し、心を入れ変えました。
 支援活動が出来たのは三日間でした。二日間は多賀城市の津波の被害を受けた沿岸地域をまわって、泥出しや家財道具運びなどをさせていただきました。泥出しは大人10人くらいで半日かけても3部屋ほどしか出来ませんでした。泥を出せたからといってまた元通りに住めるとはいえないような状態です。それでも、津波で壊滅的な状態だった家が少しずつ片付けられていくと、その家の方の心も少しずつ落ち着いていくようでした。私たちが出来ることは本当に小さなことでしたが、泥を出しながら、ガラスの破片を拾いながら、主の御名によってこの家を大いに祝福して下さいと主に祈り続けました。活動三日目は雨のため、物資を石巻市の教会へ届けることになりました。石巻の沿岸部へ少し行ってみたのですが、その光景に絶句しました。町は津波が置いて行った泥によって灰色で、壊れたところを直すということさえ出来ない状況でした。
今なお行方不明者が数千名、避難所生活をする方は8万名以上います。多くの命が失われました。私たちが出来ることはわずかかもしれませんが支援を続けましょう。高砂教会の被災地支援ボランティア第二陣が6月13日から一週間、福島県いわき市へ行きました。日本の活力が失われないよう関西は元気を出しましょう。主にある希望を知っている私たち教会は元気を出しましょう!

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祈りの課題

1.福島原発の問題のために
 最も有効な対応策が講じられて、一日も早い収束に向かいますように。

2.被災されている方々のために
 復興構想計画が早急に講じられ、被災者の方々の経済と生活が一日も早く安定しますように。

3.被災地域の復興と、日本経済の立て直しのために

4.国のリーダーのために
 野田新内閣が日本の進路を誤ることなく、適切な国の復興ビジョンをもってリーダーシップをとることができますように。

5.被災した教会の復興のために
 被災地のキリスト教会が復興し、地域の希望となって力強い福音宣教が展開されますように。

6.日本のリバイバルのために
 この震災を機に、クリスチャン達が教団教派を越えて一致して祈り、大いなるリバイバルが起こされるように。

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