−刑務所訪問の感動-
松本こずえ
今回で四回目のフィリピン宣教キャンプです。今年も神様は私が求める以上に大きな恵みを与えて下さいました。
予定していたサントドミンゴには伝染病の影響で突然行くことができなくなりました。
でもそこに神様の大きな計画があったのです。私達は日本では体験することができない貴重な体験をすることができました。
特に私の心に響いたのは刑務所での伝道でした。
私は何年も前から、一般的に「悪い」と言われる人達に伝道したいなぁと思っていました。
非行を犯す少年、薬物で苦しむ人々、売春する人達にです。そもそも私が何故その様な犯罪を犯す人達に福音を伝えたいと思っているのかと言うと、
私も以前は悪い≠ニ言われることをしていたからです。でも今は神様に出会い、信じて変えられました。
もう犯罪を犯すこともなく、自分で自分を苦しめるようなこともありません。
だから私は自分が救われたから、「他の犯罪を犯して苦しんでいる人達も救われる!」と思うのです。
私はマスメディアを通して青少年の非行問題を見聞きする度、「何で神様を知らないで人を殺して、自分も自殺してしまったりするんだろう。
この人が神様を知っていたら、もしかしたら変われたかもしれないのに…」と強く思うのです。
私達の国日本においても、青少年の犯罪の輪が広がってきています。それらの人達に必要なのは、ただ神様だけだ≠ニ伝えられたらと強く思うのです。
私の心に信仰の火が燃える時も、火が小さい時も、不思議にそのことだけは離れませんでした。
神様は私の心をしっかりと見ていて下さり、今回フィリピンで刑務所を訪問するチャンスを与えて下さったのです。
その刑務所は本当に素晴らしい所でした。殺人や強盗などの重い刑に服する人達の刑務所でしたが、
所内には教会があり、更に神学校までもあるのです。またそこで働く宣教師先生も素晴らしい方でした。
刑務所伝道に熱く燃え、「すべては神様が助けて下さる。だから私は刑務所で伝道することができるのです」と、
アメリカでの裕福な生活も、お金も家もすべてを置いて神様に従った人でした。その先生自身も元ヤクザです。
その先生から「神様が一緒なら必ずできる」ということ、そして「神様なしで更正はできない」ということを学びました。
その先生を通して救われた囚人達の讃美にも感動しました。「ああ、これが神様の愛によって救われた人の姿やな」と本当に感動しました。
こんなに人々に影響を与えることができるのか、と驚きました。日本にもこんな刑務所があったらと思いました。
一度犯罪を犯した人は刑期を終え釈放されてもまた犯罪を繰り返すことがあります。
しかし、神様を信じて更正した囚人は真の更正をすると思うし、もし罪を再度犯したとしても、きっと神様を思い出すだろうと思います。
神様はそんな罪人達のために死んで下さったからです。だからそんな神様の熱い愛を受ければ、その人の人生は大きく変わるのです。
その刑務所にはまだノンクリスチャンの人もいましたが、その人達もいずれは神様を心に迎え入れざるを得なくなるだろうなと、
嬉しく思い、なぜか安心しました。「しょうもないことは卒業して、神様とまともに生きるんだぞ!」と心の中でつぶやき、刑務所を後にしました。
私はこの刑務所訪問をするまで「更正」ということにこだわっていました。
青少年の更正に関わる職業に就きたいと自分で決めていました。その反面、「私には無理だ」とも感じていました。
今回の刑務所訪問を通して、青少年の更正やその職種という自分勝手なこだわりを真っ白にされたように思います。
そんなこだわりよりも大事な「伝道・宣教をする」ということに気づかされました。
それなしで本当の更正はない、と。そしてもう一度祈れと言われているような気がしています。
私は勉強も真面目にしてきませんでしたし、これといって特技もないし、女だし、資格もない。
でも私には神様がついているから大丈夫だと確信を頂きました。将来のことはまだわかりません。
でも神様は私を助け、いつも導いて下さると信じています。今回のフィリピン宣教キャンプでまた道が開かれたことを感謝しています。
送る宣教師として働いて下さった兄姉に心から感謝しています。